141.実力者同士の戦いと軌跡のぶつかり合い
まず最初に動いたのはイリルで、踏み込みながら言う。
「それじゃ、あたしからいくわよ」
そして、カノアへと高速で接近し、間合いを取る。
刀気は、その速さに感嘆する。
「凄い速さだ……」
同時にこう思う。
――まあ、それに対応しているカノアも凄いけど。
そう、カノアは相手の斬撃に毎回対応しており、その方法は回避や剣での受け止めといったものだ。思い返すと、彼女は以前にも戦闘経験があり、その時のことを基に動いているのだろうか。
イリルは、そんなカノアを対して諦める素振りもなく、赤髪や服が靡くなか攻撃を続ける。ちなみにカノアも、同様の部分が揺れている。
するとシャリアが、イリルの攻撃を知っているような口調で声を出す。
「久しぶりに見るけど、やっぱり早いねぇ」
刀気は、右を向いてシャリアを見、問い掛ける。
「あれが、イリルの剣の能力なのか?」
黄色髪の少女は、前を向いたまま頷きつつ、口を開いた。
「うん。敏速の剣といって、能力は所持者の速度を格段に上昇させるもので、速さは僕の全力程だけど、使っているときは疲れないから、持久力はイリルの方が上だけどね」
敏速の剣は、先程見た姿から、刃は鋭く、刃先へと伸びる線が数本描かれていた。鍔は白く、平らになっている。握りは細いが、やや長い。柄頭には、白色の宝石が埋め込まれていた。ちなみに鞘は、鳥と馬の彫刻がされている。
刀気は、シャリアの説明にあることを思い出し、それを言葉にする。
「そういえば、俺も言技化丸で剣技を使うときは疲れなかったな。まあ、発動後にドッと来るけど。でも、最初はそうだったが、身体強化をしてからは、ほぼ軽減されたがな。そもそも、身体強化はその対策も兼ねているし」
ちなみに、身体強化をするときに使うパワー・オブ・ソードも能力を使用したことになる為、疲労遮断の条件は満たしているが、少なくとも言技化丸の場合、完全に遮断するのは攻撃系統の技だけだ。他の技も遮断自体はするものの、程度は攻撃技より低く、遮断というより軽減が近い。他にも、発動後の一気に訪れる疲れは、明確な終わりがあるものは、その時に発生する。しかし、パワー・オブ・ソードのような任意でも終わらせることができるものは、発動後の疲れも任意となる。つまり、前者は自動で、後者は条件付きの自動か手動ということだ。
その後、口中で今回見つかった新発見について考える。
――けど、まさか、どうやら能力使用時の疲労とかのシャットアウトは、他のにもあるようだ。てっきり、言技化丸だけだと思っていたからな。なら、カノア達の剣にも、同じのがあるのかもしれない。
ふと、刀気は、それを機に、何故言技化丸などの剣は、能力使用時に疲労などをシャットアウトするのか疑問に思う。
刀気は、色々と思い出すが、本や剣の情報からは、疑問の答えとなるものはなかった。推測としては、能力を使いやすくする為だとされる。
刀気がこの世界に転移した日、カノアとランを助けることができたのは、そのシャットアウトがあってこそである。もしなければ、速さに耐えられず、疲れて動きを止め、二人を救えなかっただろう。それだけ、刀気にとってその機能は、重要性やありがたみがあるものだ。なので、結果として推測通りの役割を果たしていると言える。だが、真実は不明の為、それが疑問の答えとは限らない。
このことから刀気は、疑問についてはこれ以上考えず、疲労などのシャットアウトは、便利な機能として捉えることにした。
そうしていると、シャリアが口にする。
「理由は分からないけど、あの時のイリルもそうだったな」
するとイリルの声が聞こえ、刀気は意識を切り替える。
「いつまでそうしているつもり? それだとあたしには勝てないわよ!」
二人は今、鍔迫り合いをしており、カノアが相手の言葉に返す。なお、靡きや揺れは止まっている。
「忘れたのか? 妾が貴様にどう勝利したのか。貴様の隙を見抜き、そこに一撃を与えたのだかな」
二人は、弾き飛ばされたように退き、再びイリルが攻撃を仕掛け、カノアが回避と剣で応じる。
それが暫く続いた時、イリルが方向転換すると、僅かに体勢が崩れ、声を漏らす。
「くっ……」
と、そこで、シャリアが言い連ねる。
「敏速の剣の能力は凄い。けど、欠点があるんだ。その速さ故に、安定しないっていうのがね。それでも、前より立ち直りが早いから、その時のようにはいかないと思う」
思えば、イリルは体勢を崩したが、それは数秒のことで、すぐに立て直していた。恐らく、以前の敗因を糧として対策を練り、その結果体得したものだろう。
赤髪の少女は、攻撃をしながら口を動かした。
「どうしたの? 隙を見抜くんじゃないのかしら?」
カノアは、斬撃を避けつつ、言葉を発する。
「そうしたいと思っているが、前とは違う――つまり、成長しているようだな。中々隙に入り込めぬ」
するとイリルが嬉し気な顔になり、同様の口調で言う。
「……! そう、そうでしょう! あれからも特訓を重ねて、ここまで来たんだから。でも、それだじゃないわよ」
そこで、ミウ、ヤミ、ランの声を耳にした。
「ね、ねえ、さっきイリルが嬉しそうしていた気がするけど」
「ヤミにもそう見えた」
「褒められて、嬉しがっているんじゃねぇのか?」
確かに、そのように見えるが、刀気としては、イリルの最後の言葉が気掛かりだった。言葉から察するに、立ち直りの早さ以外に何かあるとされる。その何かは不明だが、もしそれが奥の手なるもの、もしくはそれに準ずるものだとしたら、その使用により、戦況が変わる可能性は高い。
戦闘中の二人は、イリルが表情を改めて気合と共に大振りの一撃を放つが、カノアが横に避ける。
「やああああああ!」
「はっ!」
それから二人の攻防は続いていき、その最中、パトレーが呟くような声を出す。
「……これが、実力者同士の戦い……」
刀気は、胸中でそのことについて思い、カノアとイリルの動きを分析する。
――何か、パトレーが圧倒されているみたいだな。それもそうか、そう言う俺も圧倒されてるし。見た感じ、カノアがイリルを翻弄しているようだが、イリルもただ闇雲に攻撃しているんじゃなくて、噴水へと少しずつ誘導している。多分、そうすれば後方や側面に噴水があるから、相手が避けにくくなる。それを狙っているのだろう。高速でバランスが取りづらい中、そうしているから、選抜戦ファイナリストは伊達じゃないな。
その時、カノアが剣を構え、口を開く。
「ならば、これはどうだ?」
瞬間、彼女は凄まじい速さでイリルに接近する。
「くっ、この速さは……」
イリルがそう言う。
カノアは間合いを取ると、ほくそ笑み、口にする。
「貴様の技、写させてもらった」
よく見ると、速さがイリルと同等であり、時折体勢が崩れるが、すぐに直していた。それはまさに、敏速の剣の能力使った彼女の動きに似ていた。恐らく、相手の動きを想像して、それを想像の具現化剣で反映させたのだろう。つまり、カノアは、敏速の剣の能力をコピーしたと言える。
カノアの攻撃を、紙一重で躱したイリルは、少し荒い声で返す。
「ほんっと、あんたの剣は何でもありね。だったら、対抗するだけよ!」
そして二人は、裂帛の気合を上げ、同じ速度で接近した。
「はああああああ!」
「やああああああ!」
それからは、剣を合わせては離れ、再び向かい、衝突する。それを何度も繰り返していく。
速さによって二人の姿は曖昧となり、今の光景は、まるで二つの軌跡のぶつかり合いであった。
それと同時に風が吹き、刀気の髪と服が揺れる。恐らく、他の者達もそうだろう。ちなみに、気候の上での風は微風であり、今吹いている風は、彼女達の動きによるものだろう。
ぶつかり合いは暫く続き、何度目かの離れのとき、イリルがバランスを崩す。
それを好機と思ったのか、カノアはすぐさま接近し、攻撃を仕掛けていくその時――
「掛かったわね」
という、短い言葉を刀気は聞く。
直後、体勢を崩したイリルが、まるで先程の崩しがなかったかのように直す。
そして、剣を振り、驚くカノアに向かう。
剣が彼女の肩に触れる寸前でレイの声が響いて、イリルとカノアの動き、そして風が止まる。
「そこまで。勝者、イリル!」
二人は息を切らしながら剣を納め、先にカノアが整えた後、顔を俯かせ、笑みを浮かべてから喉の奥から押し出しているような声を出し、二言目からは顔を上げる。
「……クッ、見事。しかし、最後のは驚いたな。隙が急に消えたぞ」
イリルも整え、両手を腰に当ててから、得意げな顔で口を動かす。
「……そうでしょう。あれは、敏速の剣のもう一つの能力、安定化よ。これを使うことによって、高速移動時の不安定さを無くし、安定して移動できるの。まあ、そう何度は使えないから、ここぞというときだけだけどね」
どうやら、イリルも剣の能力を二つ持っていたようだ。しかし、あまり驚くことではない。理由としては、二つ目の能力の会得条件は国主なども知っており、そこから、恐らく公言したので、敏速の剣の能力が二つ存在してもおかしくないからだ。
と、そこで、刀気は、気掛かりであったイリルのそれだじゃないという言葉の正体がこの安定化だと得心した。
状況からして、刀気が推測していたものは、当たらずといえども遠からずといったものだろう。といっても、戦況が変わるどころか、決着が付いてしまったが。
更に刀気は、それらにより、決着が着く少し前のイリルの行動の意味に推測を立てる。あの時の崩れは意図的なものであり、カノアが飛びつくのを狙っていて、飛びついたら安定化を発動し、攻撃するつもりだったとされる。仮にそうだとしたら、あの崩れは、不意を突いて攻撃する為の罠ということになる。
敗者の少女は、含み笑いをして納得した。
「フッ、そうか」
勝者の少女は、勝者の権利を告げる。
「それじゃあ、あたしが勝ったんだから、言うことを聞いてもらうわよ」
カノアは、まるで覚悟するかのように、真剣な顔になる。
その後イリルは、カノアを指差し、顔を少し赤くして揚言した。
「カノア! あ、あたしと、ライバルになりなさい!」
瞬間、周囲が静寂に包まれるが、ランの呆れ声と、それに意見するようなメザリアの声が聞こえる。
「……はぁ?」
「ランさん……!」
刀気としては、呆れることはないにしても、困惑していた。何故なら、少なくとも刀気が知る以前までのイリルからして、今回の揚言は少々脈絡がないからである。ライバル――つまり、競争相手にしたということで、互いに競い合うことを望んだと思われる。何を競うかは、状況から察するに、戦いに関係している可能性が高く、そうなると、勝利数や単にどちらが強いかなどが挙げられる。ライバル関係というのは、ゲームで幾つか見てきたが、そうなった理由は、キャラクターごとに大体異なるものだ。なので、彼女も刀気が知らないことから、何らかの理由があると推測される。
カノアは頷き、揚言を受け入れる。
「……了解した。妾と貴様は、今から好敵手だ」
イリルは顔を改め、右手を下げてから、それを開く。
こうして、カノア対イリルの勝負は、イリルが勝利し、カノアはこちら側へと向かった。