139.会議と領主
刀気達は街を歩き、刀気はその中、二つのことを考えていた。ポインティアとブリタニアスである。
前者は、デュルフング北部にある街だが、その実態は本にはあまり記されていない。それ故、情報は他の街より少ない。本によると、他の街とはあまり交流をしておらず、時期は不明だが、現在は断絶しているそうだ。他には、ポインティア前は、状態が二つに限られており、交流が断絶されている要因の一つである。その状態とは、砂漠の如き灼熱と猛吹雪の雪原の如き極寒の二つだ。状態が変わる法則はある程度判明しており、それから察するに、今の時期は前者だとされる。
後者――ブリタニアスは、バックラード大陸東部中央にある国で、別名『騎士の国』。その名の通り、騎士が存在し、『騎士王』なる者が統治しているという。ある本に描かれた絵の印象では、デュルフングに似ているが、こちらの方がテンプレートなファンタジー世界の国というものだった。ちなみに、国祖ヴァレリーの出身国でもある。
と、そこで刀気は、一つの推測を立てる。今回のデュルフングをブリタニアスの属国にするというのは、このことが関係してるのではないかというものだ。
もしそうだとしたら、国祖はブリタニアスの者でデュルフングは本来ブリタニアスの一部だとポインティアは考え、属国を提案したとされる。
しかしそこで、刀気は、引っ掛かりを覚える。
それは、デュルフングは国であり、国は一部の例外を除き、他国とは別の存在で、その一部にはならないというものだ。
なので、予想されるポインティアの考えは、成り立たなくなる。
それ故結局のところ、ポインティアの真意は不明のままで、推測はその域を出ていない。
宿舎を出て数十分後、デュルフング城へ着くと、門番が確認してきたので、レイが事情を説明した。
説明に門番が納得し、入城を許可した後、刀気達は城へ入った。
城内を暫く進み、ある扉の前でレイが止まる。刀気達も足を止める。
レイは、右を向き、口にした。
「ここで、会議が行われる」
刀気が顔を右斜め上に移すと、数メートルはある大きな扉があった。
扉自体は木製だが、二つある把手は、金属製である。
それによく見ると、扉の両隣に全身鎧の人物がいた。
刀気が向き直すと、レイがこちらを見、頷いたので、頷き返す。
そして、再び前を見た彼女は、左右を見てそれぞれ頷く。
すると、扉が開く音が聞こえ、レイが進み、刀気達も続く。
扉の先に着くと、閉まる音が響く。
刀気の眼前に見えたのは、四角形のテーブルとその周りにある椅子、そして、数人の女性だった。
レイが移動し、刀気達も追随して、彼女は右側の席に着く。
と、そこで、右から声が聞こえた。
「ふむ、もしやあなた方が、オーナーズ・オブ・ブレイドリーダーの鶴元刀気にミウではありませんか?」
刀気は、声の主の下へ向き、返事をして、ミウが続く。
「あ、はい。そうです」
「ええ」
声の主は、目を合わせており、その姿は、纏められた薄い金髪に鋭さがある緑色の双眸。そして眼鏡をかけており、緑を基調とした服を着ていた。ちなみに眼鏡は、ウエポニアで見たものと同じく、テンプルや鼻あてがないものだ。
薄い金髪の女性は頷き、口を動かした。
「そうですか。国主様はまだ来られないようなので、自己紹介をしましょう。私は、サウスガードル領主、サーラといいます。以後お見知りおきを」
すると、別の女性の声を耳にし、そちらを向く。
「では、私からも。私は、イーストガードル領主、レニーヤといいます。今回はよろしくお願いします」
女性――レニーヤは、レイと対面する位置に座っており、ウエーブのかかった栗色の髪に、先程とは対照的に垂れ下がった琥珀色の双眸。柔和な形の顔だが、口調や姿勢からは、気品があった。
続いて、明るい声がし、右斜め上を向く。
「そしてあたしが、ポンメルト領主、ツアータさ。まあ、気楽にしていくといいよ。あはははは!」
ツアータと名乗った女性は、ふくよかな体型に、薄赤い色の髪と淡褐色の双眸。顔のほうれい線や濃く塗られた唇が特徴的である。
自己紹介が終わると、レイが言葉を発した。
「お久しぶりです。皆さん」
刀気が向き直すと、あることに気付く。レニーヤの後ろにいる少女が、こちらを睨んでいることに。
刀気は右を向き、隣にいるカノアへ小声で質問した。
「なあ、俺を睨んでる奴がいるが、何でだ?」
「ふむ、あやつは確か……」
そう彼女が返すと、扉が開く音がして、言葉が途切れる。
刀気が顔の向きを戻して暫くすると、扉が閉まり、視界に二人の女性が見えた。
豪奢な服を着た者、軽装の者。国主オルトリーベと側近ジャンヌである。
数秒後、椅子に座る音が聞こえ、オルトリーベが言う。
「皆、集まって来たことに感謝する。さて、早速会議を始めたいところだが」
すると、彼女が言わんとしていることが分かっているかのように、サーラが発言する。
「自己紹介でしたら、既に終わらせています」
国主は納得し、二言目を続ける。
「そうか。では、会議を始める」
数瞬後、オルトリーベは改まった声で告げた。
「さて、今回集まってもらったのは、謀反を起こしたポインティアについてだ。……ジャンヌ」
彼女の呼びかけに側近は、短く応える。
「はい」
そして、テーブルに一枚の紙を広げた。
刀気がそれに目を向けると、羊皮紙のような色合いの紙に、横長で絵が描かれている。海と思しきものに囲まれた剣……いや、島だ。
これに似たものを刀気はある本で見た。デュルフングの全体図である。
今回の場合、一枚の紙一面にそれが描かれているので、恐らくこれは、デュルフングの地図だろう。
地図に描かれた島は、刀気から見て右側の横向きになってる剣の形をしている。しかし、本で全体図を見たときは、上向きだったので、この地図も本来は同じ向きだとされる。
すると、誰かの手と腕が視界外から現れ、人差し指だけを出した手は、デュルフング北部、剣で言うと剣先の部分を指し、ジャンヌの声を耳にした。つまり、この手と腕は、彼女のものだろう。
「一週間後、ポインティアは、ガードルへ進攻し、デュルフング城に向かいます。その数三万程。対して我々は、騎士団が二万程。そして、オーナーズ・オブ・ブレイドだが、貴様らも参戦するか?」
声の途中、指を横にスライドし、ガードルがある部分の直前で止まる。
刀気は目を戻して右斜め上を向き、ジャンヌの問いに答える。
「はい。一応、そのつもりで来ましたので」
と、そこで、レイが一言いう。
「なら今回は、私も出るとしよう」
彼女の言葉を意外と思い、同時にあることを思い出して、それによる懸念を、刀気は向き直してから口に出した。
「でも、レイさんの剣は……」
刀気が思い出したことと懸念は、レイは能力持ちの剣を持っていたことと、使用者の加齢により能力が衰え、能力が使えなくなっていることである。
しかし、当の本人は言葉で遮る。
「お前の言うことは分かる。だが、戦えないわけではない。それに、たまにでも使わなければ、腕が落ちるからな」
そこで刀気は、別のことを思い出す。以前、ランがレイと手合わせをした話だ。
それによると、彼女の腕自体は衰えておらず、こちらが能力を使ったとしても、勝利したそうだ。ちなみにその時は、レイは自身の剣ではなく、木剣を使っていたという。
そのことから、刀気は、レイの言葉に納得した。
その後、レイが参戦を改めて示すと、オルトリーベは言葉を発する。
「では、そちらは、どれだけ用意できる?」
すると領主達は、それぞれ用意できる人数を述べた。
その後、オルトリーベが落ち着いた声を出す。
「……四つの街含めて五万程か。数の上では有利だが、相手側の戦力が分からぬ以上、油断はできないだろう」
ジャンヌは、次の項目に進行させる。
「次に、進攻への対応ですが、私としては、ガードル北部外壁前で待ち構えることを提案します」
刀気が目線を地図に移すと、彼女の指が剣で言う鍔中央部にある円形のものから刀身側の手前を指す。ちなみに、その円形のものがガードルで、鍔両端にあたる部分にある類型のものが、サウスガードルとイーストガードルで、柄にあたる部分の下端にあるものがポンメルトだ。
そして、ジャンヌは発言を続ける。
「油断はできないとは言え、数的有利を利用するのがよいでしょう。外壁前であれば、住民への影響を抑えられると思います」
刀気は、その案に心の中で納得しつつも、ある懸念が過る。
――確かに、数というアドバンテージを使うのはありだ。しかし……。
すると、それに気づかれたのか、国主の側近が声を掛けた。
「貴様、何か言いたいようだな。申せ」
刀気は目線を上げ、ジャンヌを見、過った懸念を表に出す。
「お、恐れながら申し上げますが、その場合、もし突破されたときはどうするのですか?」
こちらを見るジャンヌは怪訝な顔をして、口を開く。
「国主様が仰ったように、油断は禁物だが、二万もの差をつけた相手に突破されるなどそうそうない。それとも何か? 他に方法があるのか?」
刀気は、逡巡の後、思い浮かべた方法を言う。
「はい。まず、部隊を三つに分けます。外壁前、街中、城門前。この三か所に部隊を配置します。外壁前は、サウス、イースト、両方のガードルによる部隊。街中は、ポンメルトの部隊。そして城門前は、騎士団と俺達オーナーズ・オブ・ブレイドとレイさんによる部隊。このようにすることで、たとえ突破されても、後方の部隊が対応します」
この案は、特定の建物などに向かう敵を、事前に配置したユニットで対応し、建物などを守っていく、タワーディフェンスゲームの防衛方法の一つを基にしたものである。といっても、今回はゲームではなく現実の戦いなので、通用するか分からないが。
配分については、外壁前は広さを利用した二種類の勢力で、街中は狭さに合わせて一種類だけに、城門前は言わば最終防衛ラインであるため、他よりも勢力を多めにしたのだ。
刀気の案に、ジャンヌは眉をひそめ、口にする。
「つまり貴様は、数的有利を捨てると言うのだな?」
刀気は頭を振り、返答した。
「いえ、確かに部隊として『は』少なくなり、そう思われるのは仕方ありません。ですが、敵が戦う相手は、一部隊ではなくこちら側全体です。なので、総数としては上回り、数的有利は変わりません」
ジャンヌは更に問う。
「ならば、民はどうする。街中にまで戦場を広げる以上、巻き込まれることは分かるはずだ」
刀気は、それにも答える。
「そちらについては、今までのように避難をさせます」
その後、ですがと続け、避難場所の複数指定やそれを住民に伝えることなどを補足した。
この国には、地下道はあるものの、シェルターに類するものがないため、幾つかの施設を避難所とする必要がある。故に、先程の補足をしたのだ。
ジャンヌは暫し唇を閉じたままだが、微かに聞こえる息をして、口を動かす。
「…………貴様の言うことは分かった。他に案がある者はいるか?」
それに意見する者はなく、ジャンヌも同様の判断をしたのか、声を出し、刀気の案に肯定する。
「では、その案に乗ろう」
こうして、ポインティアの進攻に対しての案は、刀気のものが採用された。