137.帰国
刀気達を乗せた船が、デュルフングの港町、ポンメルトに近づくと、そこに大勢の女性がいた。
一部他の人に埋もれているようなので、正確な数は不明だが、数十人以上はいるだろう。
すると、シャリアの声が耳に入る。
「それにしても、何か前より増えてない?」
どういうことだと思い、刀気は、女性達を注視する。
その結果、確かに、ウエポニアに出発するときにいた者達より多いことが分かった。その差、数倍程である。
刀気が注視を解くと、カノアが言葉を発した。
「それだけ、妾達の帰還を待っていたのだろう」
暫くして船が船着き場に着き、音からして桟橋が設置され、刀気は、複数の足音と共に音がした方に向かい、船を降りる。
船着き場に足を付け、左に向き、その先にいる女性達に近づく。複数の足音がそれに続く。こうして、刀気達は、無事帰国した。
近くに着くと、彼女達の最前にいる栗色の髪をしていてスーツに似た服を着ている女性――レイが声を掛ける。
「お前達、戻ってきたということは……」
刀気は頷き、結果と相手側の状況を伝える。
「はい、ウエートウエポンズに勝利しました。彼らは、元の世界に戻るようです」
詳細については、宿舎に戻ってからにし、今は二つのことに止めた。
レイは目を閉じて顔を下げ、口にする。
「そうか、我が国を救ったことに感謝する」
すると、カノアの含み笑いなどが聞こえ、ランが続く。
「フッ、感謝は不要だ。当然のことをしただけだからな」
「っても、感謝されて悪い気はないけどな」
刀気は内心、ランの言葉に同感する。
そして、真剣な顔でレイを見詰め、口を動かす。
「けど、これで終わりじゃありません。はぐれ外獣の残存を確認しなければならないので」
と、そこで、レイの後ろから誰かが現れ、声を出す。
「……しかし、今は貴様らの帰還とデュルフングを救ったことを祝うべきだろう」
その者の姿が完全に見えた時、刀気は驚き、途切れ途切れに言う。
「! 国……主……様?」
現れた女性は、青色のロングヘアーに淡褐色の瞳を持つ、豪奢な服装の人物――デュルフング十代目国主、オルトリーベである。
すると、数人の女性も声と共に前に出る。順に、国主の娘ジークルーベ、国主の側近兼騎士団長のジャンヌ、副団長のティミーだ。加えて、国主とその娘の護衛だとされる全身鎧の者も数人いる。
「わたくしもいますわよ」
「無論、私もだ」
「わ、私も……」
ちなみによく見ると、見覚えのある鎧を着た者達と同じく覚えがある顔をした一人の女性がいた。ポンメルトの駐在騎士とその代表だ。
ふと、彼女と目が合うと、代表は恭しく礼をする。
刀気は視線を戻し、申し訳ない顔になり、謝る。
「す、すみません」
オルトリーベは、柔らかな声で返す。
「よい、今回の功労者は貴様らだからな。気にすることはない。……さて、今回の功績に対し褒美を与えたいところだが、それは後日としよう」
そこで刀気は気付く。国主が褒美と言ったことに。報酬ではなく、褒美だ。
思えば、ローメリアを撃退した時は、巨額の報酬であった。それも、国の財政を心配する程だったため、数週間経っているとしても、再び出すとしたら、流石に心配を表に出しざるを得ない。恐らく彼女もそのことを考慮し、褒美にしたのだろう。
しかしそうなると、困ることがある。異世界ものだと、国が与える褒美は、土地や地位などがあるが、刀気としては、それらに興味はない。故に、困っているのだ。
なので、褒美については、後で考えることにした。
刀気が顔を上げると、四人は下がり、代わって三人の女性が前に出る。見覚えのある姿で、確かシャリアとヤミとメザリアの母、リア、ミーヤ、メアリーである。
そして、差異はあるものの、皆嬉し気な顔をして、名を呼ぶ。
「シャリア!」
「ヤミ……!」
「メザリア!」
すると、複数の足音がし、暫くしてシャリアとヤミとメザリアが見え、両手を出す彼女達の母親の下へ行く。
そして、それぞれの親子は抱き、二人は言う。
「ただいま、お母さん」
「お帰りなさい」
そこで、レイも両手を出し、口を開いた。
「……お前達もするか?」
カノアは断り、言葉を続ける。
「不要だ。レイなら、妾達が勝つと思っていただろう」
その後、左から足音とランの声が聞こえ、レイが突っ込む。
「なら、オレは行こうかな。こんなこと珍しいし」
「おい」
数秒後、ランが見え、レイへと向かう。
その途中、ランが振り向き、口にして、レイが二度目の突っ込みをする。
「本当にいいのか? 今度いつ来るか分からないものだぜ」
「お前なぁ」
ランが向き直すと、カノアが素の口調で言い、ランの足が止まる。
「……し、仕方ないわね。行く、行くわよ! あたしにとっても、もう一人のお母さんなんだから」
そうして、やや早足で歩く音がし、暫くしてそのままのスピードで歩くカノアを目にした。その顔は、朱に染まっており、やや俯いていた。
そして、ランが歩みを再開し、レイの下に着いた二人を彼女はまとめて抱き、三人はシャリア達のように言葉を交わす。
すると、レイがこちらを見て、声を掛ける。
「二人もどうだ?」
刀気は、動揺しつつも口を動かし、最後にあることに気づき、後ろを向く。
「え? い、いえ、俺達はレイさんの子というわけではないし、それに……あ」
あることとは、一つの仮定で、もし、マーヤが殺されていないなら、この場にいたのではというものだ。といってもそれは、出発の時も同じであるが。
しかし彼女は、レイ達のところにいない。それでも恐らく、死後の世界か別のところで、見守りなり祝福をしているだろう。無論、カノアの実母であるマイもだ。
視線の先にいるミウは、微笑を浮かべ、声を出す。
「わたしのことは気にしないで。けど、わたしはいいかな。無事に帰れたことで十分だから」
このことから察するに、ミウは刀気が思っていたことをある程度分かっていたとされる。だとすると、彼女もまた、マーヤのことを浮かべていた可能性がある。
刀気は顔を戻し、一つの選択とその理由を言い、ミウが彼の名を零す。
「なら俺も行かない。ミウだけ、仲間はずれにするわけにはいかないからな」
「トーキ……」
実際には、もう一つ理由があり、この場に親がいない者同士で丁度いいと思ったからというものである。まあ……、親がいると思う場所に、他国と別世界という、規模が大きく違うが。
二人の答えにレイが口を出していないので、恐らく、それらを尊重しているのだろう。
他の者も言わないため、ミウと共に答えを実行することにした。
刀気が向き直すと、それぞれの親子は離れ、子は刀気の方に、レイ以外の親は後ろに下がった。
それらが終わると、両手を戻しているレイが口を開く。
「……それでは、ガードルへ――」
しかし、ある女性の声で途切れる。
「おいおい、アタシもいるぜ」
そうして、一人の人物が前に出る。
炎を思わせる赤色の短髪に灰色の双眸、上着は白のノースリーブ、下はサイズの大きいズボン、そして靴。ガードルにあるヴァルカル武具店店主ヘファリーである。
刀気は二度目の驚きをし、彼女の名を零した。
「! ヘファリー……さん」
ヘファリーは、首を傾け、両手を腰に当てて言う。
「何だよ、呼び捨てでいいのに」
刀気は、申し訳ない顔になり、返答する。
「いえ、人前ではちょっと……」
以前は、客と店員という関係だったが、今は年下と年上で、見知らぬ人も含む人前ということで、店内のようにくだけた言い方はできない。思えば、そうするようにしたきっかけはヘファリーの提案であるが、縦社会の国の一つである日本で生まれ育った以上、刀気はこういった状況などでは、自然と敬語を使ってしまうのだ。なのでそこに、ヘファリーの意に反することや、彼女の厚意を無下にするということはない。言い換えれば、半ば条件反射のようなものである。しかし、一部例外は存在する。例えば、同じく年代が違うレイとは同じ建物に同居していて、カノアやランの義母でもあり、それらは恐らく周知のことなので、ある程度くだけた言い方になる。
首と両手を戻し、ヘファリーは口にした。
「ふ~ん、まあいいけどさ。それより、もし、あそこでの戦いで剣に刃こぼれや疵があるなら、手入れはヴァルカル武具店で頼むな。救ってもらったし、安くしておくぜ」
刀気は、顔を改め、頷いて了解する。
「はい、その時はよろしくお願いします」
すると、レイが声を掛けた。
「……それで、そろそろ二人もこちらに来たらどうだ? 帰還したというのにそのまま立ち尽くす気か?」
刀気とミウは、同時に返事をした。
「あ、はい!」
「え、ええ!」
そして、二人は歩き、刀気は、胸中で思う。
――そうだな、せっかく帰ったんだし、見続けるのもなんだしな。けど、あそこでも言ったように、まだ終わりじゃない。外獣の残存を確認して、いなければそれで、いた場合は倒しきればそこでやっと本当の意味で救われ、終わる。この先何が起こるかは分からないけど、ひとまず今までのことに区切りがつくだろう。そしたら俺は――
続けて、刀気はこう締める。
元の世界に戻る方法を探す、と。