130.片手剣と弓
アロア・アルテミアは、弓の名家と呼ばれているアルテミア伯爵家の長女として生まれた。
幼い頃から弓に触れ、徐々にその才覚を見せていく。
そんな彼女がウエートウエポンズになるきっかけとなったのが、十六となったある日、訪れた者達であった。訪問者は二人で、うち一人は見知った人物だった。
その人物が、現ウエートウエポンズリーダーのガルムであり、アロアの幼馴染でもある。
二人の家――アルテミアとバレッティスは、爵位は違えど治める領地が隣同士であり、長年の付き合いがあった。その繋がりで、アロアとガルムも知り合った。
もう一人は、杖を持った老人で、始めて見る人物である。
すると、二人の自己紹介の後、ガルムが訪問の要件を告げた。それによると、二人は今代のウエートウエポンズで、とある事情により急遽人員を集めなければならず、アロアを勧誘しに来たという。ちなみに、自己紹介で、老人はスタジーと名乗った。
突然のことにアロアは驚き、ガルムに問うと、彼はアロアの勧誘理由を話す。
それは、弓の才や冷静沈着な性格、それでいて応用性のある考え方を持っており、名家の者であるからというものだった。といっても、その後に小声で一人くらいは顔見知りがいた方がいいということを続けていたが。
アロアは、理由に納得するものの勧誘を受け入れるか決めかねていた。何故なら、自分は貴族の令嬢であるため、いずれは他の家に嫁がなければならず、ウエートウエポンズの一員になることは、立場や家柄からして難しいからである。世継ぎも、アロアには兄がいるが、様々な要因から、必ずしも継げるとは限らないので、自分が別の事をするのは気が引けているのだ。それに、彼以外の兄弟姉妹がいないので、家のことを考えるとしたら、万一のことに備え、世継ぎに協力するべきだろう。これも、勧誘の受け入れを決めかねている理由の一つである。
そうしていると、その兄である青年が受けてみないかと言う。彼は、弓の才ではアロアに劣るものの、知には長けており、国政や領主についてなどに精通している。それ故か、家の跡は自分が継ぐことを続けた。
両親も勧誘に賛成する。どうやら、アロアの才を戦いに活かすことを勧め、ウエートウエポンズになることは光栄であるということからだそうだ。確かに、国の守護者の一つであるウエートウエポンズの一員は、光栄なことであり、過去にアルテリアの者がいたことは、何度かあったと言われている。
アロアは暫し考え、結果、勧誘を受け入れることにした。彼女とて、ここまで言われて断るほど薄情ではなく、むしろ周りの期待に応える判断をし、それ故、受け入れる決断をしたのだ。
そうしてアロアはウエートウエポンズの一員となり、今に至っている。
アロアが締めの言葉を発する。
「……以上、これが私の今に至るまでのことよ」
彼女の話を聞いて、カノアは心の中で言った。
――ふむ、そのようなことがあったとはな。しかし、リーダーのガルムと幼馴染とは。まあ奴が貴様の歓声に嫉妬しているような顔をしていたから何か関係があると思っていたが、そうか、そういうことか。それにして、奴を語るときの顔、もしや……。
カノアが言うように、先程アロアは、ガルムのことを語るとき、顔がそれ以外と少し異なっていたのである。頬が僅かに赤くなり、口角が同程度に上がっていたのだ。
カノアは顔を上げ、口を開く。
「ならば、一つ問うが、貴様はガルムのことをどう思っておる」
栗色の髪の少女は、頬を少し赤くし、答える。
「……先程も言ったように、領地が隣同士の幼馴染よ」
カノアは、アロアの顔を指し、反論する。
「そうは言うが、それだけではないと言わんばかりに顔は正直だぞ」
アロアは、首を横に振り、否定した。
「それは見間違い。……私を揺さぶるつもりなら無駄よ。貴女は毒で暫くは動けないから」
しかし、カノアは左腕を下げて左手を開き、その否定を否定する。
「いや、妾には分かる。恋人を持ちし女ならな」
アロアは、カノアの言葉の一つを口にし、見解を述べる。
「恋人……。つまり、あのトーキという男と付き合っているのね」
カノアは、平静を装いつつ、肯定した。まあ……、装っているのは態度だけで、頬は赤く、顔に汗を垂らしているのだが。
「ま、まあ、その通りだ」
――そうなんだけど、言われると何か恥ずかしいわね。確かに、付き合っているし、それにトーキのことは好きなんだけど。……って! それより今は、アロアの方でしょう! あたしがドキドキしてどうするのよ!
と、口中で言い連ねる。
カノアは、冷静になるため左手で咳払いをした後、顔を戻してアロアに問う。
「それはともかく、だとすれば貴様は、ガルムのことを何も思わないのだな?」
カノアとしては否だが、こちらの勘違いということはあり得るので、問い掛けたのだ。
すると彼女は、頬の赤みを少し増して一瞬言葉に詰まるが、答えた。
「……っ、そうとは言ってない」
カノアはほくそ笑み、一つの見解を突きつける。
「つまり、何か思うことはあるのだな。結論を言おう、貴様はガルムを好いているのであろう」
アロアは無言で驚き、言葉を詰まらせるが、間を開けてから自白した。
「わ、私は、……ええ、そうよ。私は、ガルムのことが異性として好き。でも、ガルムが私のことを好きなのか分からないから、自信がない」
カノアは、胸中で言う。
――そういうことね。けど、あたしとしてはガルムも何か思うことがあるだろうから、あまり心配しなくていいと思う。それに、同性だけど、幼馴染で付き合っているのが身近にいるから、有り得ない話じゃないないしね。
そして、カノアは顔を改め、話題を終わらせる。
「そうか、ならこれくらいにしよう。この話は終わりだ。……さて、この状況をどうするかだが」
アロアは、顔を戻し、口を動かす。
「それは出来ないわ。でも安心して、その毒は動きにくくするだけで、死ぬことはないから。それに、貴女の負けは、私に撃たれることよ」
どうやら、致死性の毒ではなく、動き封じるためのもの――所謂麻痺毒であるとされる。更に、動きを封じられているということは、恐らく、攻撃を防ぐどころか避けることもできないので、受けるしかないだろう。
しかしそれは、毒が効いている場合の話だ。
カノアは、顔を伏せ、含み笑いをし、口を開いた。
「フッ、情報を得ているであろう者が忘れたのか? 妾の剣の能力を」
そうしてカノアは、剣を支えにして、立ち上がり、途中、剣を抜く。
アロアは、そんな彼女に驚きの声を出す。
「な……」
立ち上がり終えたカノアはほくそ笑み、事態の真実を告げる。
「まあ、驚くだろう。だが、妾が行ったことは単純だ。我が身を侵す毒の進行を止めただけだ。故に、毒自体は残っておるがな」
実は、跪いた後、カノアは、想像の具現化剣の能力で、毒の進行を止めたのだ。それでも立ち上がらなかったのは、相手に毒が効いていると思わせるためだった。状況をどうするかを表に出したのも同じく理由である。つまり、カノアは、相手を騙すため、噓の状態をしていたのだ。
カノアは、砂煙が晴れ、アロアを見た時に卑怯と言っていたが、そのような者が卑怯ではないとは限らないので、躊躇いなく言い、相手を騙したのである。何しろ、カノア――暗黒の剣士カノアは、卑怯を褒め言葉とし、そのような自分を恥じることはないからだ。
前方の少女は、顔を引き締め、口にし、矢を抜き、弓にあてがって構える。
「……では、本気を出さざるを得ないようね」
カノアは笑みを零し、言葉を続け、剣を構える。
「フッ、ようやくか。妾は既に本気だ!」
そうして接近すると、アロアが弓を引き、矢を放つ。
カノアは宣言し、移動しながら矢を避ける。
「貴様の矢など、見切っておるわ!」
しかし、その数瞬後、背中に痛みが発生し、苦し気な声を漏らす。
「うぐっ……!」
カノアは、急停止し、後ろを向くと、背中に矢が刺さっており、驚きの声を出す。
「な、避けたはずの矢が背にあるだと?」
アロアが、言葉を発した。
「避けても無駄よ。その矢は、貴女を撃つまで止まらないから」
だとすると、恐らく、避けられた矢は、アーチ状に戻り、カノアの背中を刺したのだろう。つまり、この矢は、相手を追い掛けるものだと推測される。
カノアは向き直し、敵の本気を再確認する。
「どうやら、本気というのは、事実のようだな」
その後、左手で矢を抜いて放り投げ、剣を構えて、技名を言う。
「……ならば! 暗黒七分身!」
すると、アロアの周囲に、真っ黒な物体が現れ、それが変形していき、やがてカノアと同じ形になった。暗黒七分身とは、暗黒分身で七体の分身を作る場合の技である。といっても、剣の能力からして、数を指定する必要はないが、カノアは大抵技名を言って能力を発動させるので、その時の区別として指定しているのだ。
カノアは、心の中で自信を持つ。
――貴様を囲みながらの一斉攻撃、これなら避けれぬまい。
この状況にアロアは息を吐き、口を動かした。
「これは普通無理よね。それなら、こうする」
彼女は矢を抜き、弓にあてがうと、矢が白一色へと変わり、それらを上に向けて顔も上げる。
その動作にカノアは疑問を抱くが、攻撃を優先し、分身と共に敵に迫る。
すると、射手は矢を上へ放つ。
敵の意図が分からず、カノアは更に疑問を抱くが、今更攻撃を止めるわけにはいかないので、剣を振ろうとしたその瞬間――
突然、敵が放った矢と同色のものがカノアの腹に迫り、彼女を刺す。ちなみにこれは、カノアだけではなく、分身も同じである。つまり、一本のはずの矢が、突然七本になり、カノアと分身を刺したのだ。理由は不明で、そもそも、矢は上に放たれたので、こちらへ来ることは考えにくい。……いや、アロアの武器――自由創造の弓は、存在しない矢も作れるので、カノアが計り知れないものであっても、不思議ではない。現に、爆発、追い掛けとカノアが知る限り存在しないものが使われたので、先程のようなものが作れることは、あり得る。
カノアは顔を歪ませ、声を漏らした。
「何っ……?!」
分身は、射抜かれたことにより四散して、消滅する。
それから少し遅れて、矢も消滅する。
カノアは、咄嗟に踏み止まる。
姿勢を戻したアロアは、射出体勢になり、口を開く。
「これで、終わりよ」
そして矢を放ち、カノアを射抜く。
カノアは、苦し気な声を出す。
「くっ……」
しかし、痛みに耐えつつ虚勢を張り、矢を抜いて捨てるが、瞼が重くなり、瞬きをする。
「このようなもので、妾が負けると思ったか! ……うっ、これは、目が……」
その後、体全体が脱力し、目を閉じて倒れ込む。
刀気達が一斉に叫ぶ。
「カノア――!」
しかし、カノアは起き上がらず、倒れたままである。
アロアが言葉を発する。
「先程撃った矢は、相手を眠らせる矢よ。眠れば、暫くは起きない。戦闘不能判定がされるくらいは、優に超えるわ」
そう、カノアは敵の矢で眠られ、地に伏したのだ。故に、手足が動かなくても、呼吸はしている。
それから暫くして、審判が判定を下す。
「勝者、アロア――!」
こうして、六回戦は、カノアが負けてしまい、決着は、次の最終戦に持ち越された。