12.案内と破壊力
「ここが商店街で、あそこが肉屋で……」
ランが指差しながら、場所や店を、案内した。
今いるのは、宿舎から徒歩十分ほどにある、商店街である。といっても、元の世界とは異なり、左右に並んでいるのは、建物というより、屋台のようなものであった。
けど、こちらの方が、風景と合っている気がした。言うなれば、ファンタジー世界の商店街、という感じだ。
店は多種多様で、売っているものは、知っているものに似たものや、見たことがないものまである。
ちなみに、刀気達は今、帯剣している。商店街に行く道すがら、疑問に思った刀気がカノアに問う。それに、答えたカノア曰く、外獣はいつどこで現れるか分からぬ故、常在戦場の心構えでいることが、大事であるという。なので、外出時は、ごく一部の例外を除き、常に帯剣しておくということだ。何故なら、外獣が現れたときに、丸腰だと危険であり、剣を取りに行く間に、人が死ぬかもしれないからである。
確かに、その意見に同意だ。剣を取りに戻ったばかりに、犠牲が生まれるなど、味気が悪い。そのような殺され方は、オーナーズ・オブ・ブレイド、最大の汚点となるだろう。それは、一生消えず、住人達に不信感を抱かれ、最悪、解散ということは、十分あり得る。
一人の失敗が、大きな犠牲に繋がる。これは、刀気にとっても、避けるべきことだ。死人ゼロというわけではないが、そのような殺され方は、許容範囲外である。
なので、刀気は、ごく一部の例外というのを除き、剣を常に近くにしておくことを、心に深く刻む。
そう思考していると、ランの案内を見たカノアは、嘲笑し、声を掛けた。
「フッ、貴様の案内は、大雑把すぎる。妾が、案内を代わろう」
そうして、カノアが案内する。
「そこに見えるは、赤き球状の果実などを売る店で、その先に見えるは、海の住民達を商品とする店で……」
「?……」
刀気が、何が何だか分からす、固まっていると、ランが頭を掻きながら、言う。
「あ~、お前の方が、何言っているのか、分かんねぇだろうが。普通に、果物屋とか、魚屋とかでいいんだよ」
確かに、カノアの言い回しは、難解なところがある。まあ……、キャラ的に、こう言ってくると思っていたが。けど、実際に聞くと、分かりにくいのは、変わらなかった。
すかさず、カノアが反論する。
「何? それを言うなら、貴様こそ、簡潔すぎるではないか。それでは、伝えるものも伝えられない、というものだ」
反論に刀気は、同意する。ランの案内方法は、場所の名前を簡略化して言っているのだ。なので、もう少し詳しくてもいいというのが、刀気の正直な意見である。
カノアの意見に、ランが、掻いていた手を下げ、対立論者の方を向き言った。
「それはオレのセリフだ。お前こそ、分かりづれぇ言い方だと、案内になってないんだよ」
あぁ……これは、と刀気は、ある予感をした。それは、宿舎のときにもあった、言い争いの予感である。しかし今は、レイがいないため、どう治めるべきか、分からなかった。
曲がりなりにもリーダーであるので、ここは一言いって、大事になる前に、鎮めるべきか。しかし何を言えばいいのか、分からなかった。変に口出しして、彼女達を怒らせてしまったら、逆効果である。なので、言葉は、ちゃんと選ぶべきだ。
刀気には、レイのような器量はないので、上手く治める自信はない。
元の世界にいた、女友達とは、ゲームの話が多く、日常会話など、あまりしたことはなかった。それ故、女の子の接し方に、慣れているわけではない。
けれども、早くなんとかしなければ、大事になるのは必至だ。それに、こんな街中だと、さらに面倒なことになる。
刀気は、必死で、答えを考え続ける・
すると、宿舎などで聞いたあの声で、カノアが慌てながら言う。
「な……、そもそもあんたは、案内するっていう感じじゃないでしょ。あたしの方が、案内向きなんだけど」
――なんか、一人称が変わった気が、したんだか、気のせいか。もしかしたら、さっきのが、素のときの、一人称なのか。
いつの間にか、さっきまでの思考そっちのけで、胸中で言っていると、二人が顔を近づけながら、交互に言い合う。
「オレ!」
「あたし!」
「オレ!」
「あたし!」
少女達の言い争いは、ヒートアップしていくが、不意にランが、刀気の左腕を組みながら言った――そのとき、破壊力のある柔らかさを感じた。
「オレが、トーキを案内するんだ」
瞬間、刀気は、顔を赤くし、口を硬く結びつつも、胸中で言う。
――!……、こ、これは、まさか、ランの……。確かに、最初見たときには、何だこのデカさは、と思っていたが、ここまでとは。今更だが、異世界に来てよかったと思――じゃなくて! 何で行き成り……。
刀気の脳内にはもう、カノアとランの争いを治めるための思考は、無くなっていた。それだけ、刀気にとって、衝撃的なことである。
心臓が、連打の達人もかくやという程に、鼓動し、心音が、鼓膜を響かせる。
その速度は、走って疲れたときを、遥かに上回っていた。
心臓が、ここまで速く鼓動することを、刀気は、初めて知った。
刀気にとって、このようなことは、初めてであり、ランの服装により、感触がほぼ直に伝わってくる。
ランも、触れているのは、気づいているはずだが、恥じる素振りはなく、組み続ける。
しかし、二人は、そんな刀気の心音に、全く気づかない。それだけ、論争に集中しているのだろうか。
それを見たカノアは、唸り声を上げ、言葉を発する。
「体を使うなんてずるいじゃない。そりゃあ、あんたの方が……だけども、あたしだって、あたしだってねぇ……」
勝ち誇ったように、ランは、鼻を鳴らしながら言う。
「フン、悔しかったら、オレくらいになってから、するんだな。ま、無理だろうがな」
すると、カノアは両腕で刀気の右腕をガッチリとホールドした――そのとき、破壊力はランほどではないにしろ、少し大きくもあるが、ギリギリ小さいとも言える柔らかさを感じる。
反射的に、刀気は胸中で、言葉を発する。
――! こっちには、カノアの……。ランほどではないけど、これはこれで――って! 何考えているんだ、俺は。確かに、男にとっては、役得な状況だけど、別の意味で、心臓に悪い。これ、鼓動の速さが、このまま続いたら、どうなるんだ。もしかして、死ぬのか? 俺。まあ、女の子二人に、サンドウィッチされてなら――いやいや、果たすべきことがあるから、死ぬわけにはいかない。とにかく今は、耐えなければ。
これにより、脳内はほぼ、二つの柔らかなものに、埋め尽くされた。しかし、残った部分で、なんとか耐えていく。
鼓動がさらに速くなり、音の後半は聞こえないくらいに、なってしまった。
こちらは、服装的に、感触がほぼ直に伝わることはないが、それでも、感じるものは感じている。
確かに、カノアとランとでは、大差があった。これでは、ランの言葉を実現するのは、難しいと、思ってしまった。
それに、不思議と、ランのを見てから、カノアのを見ると、さっきより小さく見えた気がする。
刀気自身、大きいのだけが、好きなわけではないが、こう見ると、カノアには申し訳ないが、思うところがある。
こうも大差があると、一歳差でこんなに差がでるものなのかと、思ってしまう。それに、これでは、カノアの小ささが、目立ってしまうという、何とも言えない感じになる。
ちなみに、カノアの方は、顔を赤くしつつも、離しはしなかった。それに、大きさによるものだろうか、距離が、ランより近い気がした。
カノアは組む強さを、少し強くし、口を開く。それにより、柔らかさは、右胸部に、少し伝わった。
「あたしが、トーキを案内するの」
その時、刀気は一瞬、心臓が止まったかのような感覚に、陥る。
が、すぐに意識を取り戻し、左手を胸に当てようとしたが、ランの胸の大きさにより、手が届かなかった。
仕方なく、右手で当てることにする。こちらは、普通に手が届いた。
その時、刀気は、何か嫌なことをした気分になり、手を下げる。
右の少女は、以前までのカノアはどこへやら、という風に、変わってしまった。
今の彼女だと、元ブレイドガールズのリーダーで、暗黒の剣士などと思う者は、ほぼいないだろう。
二人は、刀気を挟んで、顔を合わせて唸る。
どちらも、しかめ面をしており、一瞬たりとも、姿勢が崩れることはなかった。
不思議と、刀気は、二人の間に、火花が見えた気がした。
その時、刀気は複数の視線に、気づく。
それは、前後左右にいる、ガードルの住人達だった。それらは、一斉に刀気達の方に向いており、一部には、頭を低くし、ひそひそと話している者などがいる。
レイが言っていた通り、そこには、刀気を除く男性はなく、年齢の幅はあれど、女性だけであった。
それらの視線に対し、刀気は、心の中で言う。
――うう……、ここの人達の視線が痛い。というか、ほぼ俺の方に向いているのは、気のせいか。これは、早めにことを済まさせないと、あられもない噂とかの、嫌な予感がする。心臓だけでなく、視線にまで、耐えなきゃならないとか、ムリゲ―過ぎる。だから、何とか、早めにこの状況を、解決しなければ。
すると、カノア達は、急に刀気の方を、向いて同時に言う。その時、顔はしかめてはおらず、キッとした表情に、なっていた。
「トーキはどっちに案内されたいの!」
「トーキはどっちに案内されてぇんだ!」
二人の顔が近いので、左耳にランの、右耳にカノアの声が響いた。心音だけでも相当な高音であるのに、更に高音が響くので、それはもう、鼓膜が破れてもおかしくないくらいである。
「えっと……」
刀気は、上を見上げながら、考え込む。
――こういう時、確かどうすれば……。
ゲームで得た知識を総動員し、数瞬後、一つの結論に至り、それを口にする。
「二人の案内したい所を、それぞれ案内してほしいな。カノアと、ランの好きな所は、俺も見てみたいからな」
少女達は、顔を見合わせ、再び刀気の方を向いて、言った。
「こほん……、少々腑に落ちぬが、まあトーキがそう言うなら、それで我慢する」
「しょうがねぇ、トーキにそう言われたなら、受け入れてやるよ」
そして、少女達は、組んでいた腕を、ゆっくりと解いていく。
それにより、刀気の心音は治まり、顔が戻ったが、感触は未だに残っている。
注目していた、住人達は向きを変え、それぞれの行動に、戻った。
刀気は、内心、安堵の息を吐く。
しかし、安心するのも束の間、カノアが、だが、と言って言葉を続ける。
「それならば、トーキよ、妾とラン、どちらの方を先に見たいのだ」
その言葉に、納得した顔をしてから、胸中で言う。
――そう来たかぁ。これは、失敗かな。まあ、確証があるわけでは、なかったが、まさか、そうなるとはなぁ。
ランは一回、頷いてから、口を開く。
「そういえばそうだな。オレとカノア、どっちが先なんだ」
刀気は、考え込みながら、内心、言葉にする。
――もしかして、レイさんは、このことを見越して、案内を提案したんじゃ。……まさかな。レイさんは、そのようなことはしない人……だと思いたい。はぁ~、結局、選ぶのには変わらないのかぁ。一体どうすればいいんだ。