126.四回戦と長話
三回戦終了後、暫くして大きな鐘の音がして、昼休憩となり、闘技場の者と思われる男から、控室に行くよう言われた。
指示を聞いたミウは立ち上がり、刀気達と共に観客席を出る。
そうして、控室前に着くと先にいたシャリアと合流した。
控室に入り、待っていると、コンコンコンという音がし、女性の声で、「昼食をお持ちしました」と聞こえた。
刀気が返事をすると、扉が開き、テーブルに皿が置かれ、そこには二つの食べ物らしきものが載せられている。
それは、恐らく半分に切られた二枚のパンに様々な野菜、肉が挟まれているもので、形状は長方形である。
ミウは右を向き、給仕服姿の数人の女性に皿に置かれたものについて問うと、手前にいる人物が答えた。
それによると、名前はハンドリッチといい、片手で持てて具が多いことが特徴だという。実は闘技場で売っているものの一つで、本来は有料だが、特別に無料で用意してくれているそうだ。無論、闘技場以外にも、パン屋や飲食店などでも買ったり食べたりできる。
ミウは特別に無料というところに疑念を抱くが、こちらはこの国の通貨を持っていないので、好都合だと考えることにした。まあ……、それでも、裏がないと決まったわけではないが。
女性が答え終えると、刀気の「サンドイッチ……」という呟き声が聞こえた。少なくとも、ミウにとっては聞いたことがないものだが、恐らく刀気がいたところにあるもので、ハンドリッチに似ているのだろう。
そのことについて彼に訊こうとしたが、刀気はカノア達に会う前のことをあまり思い出せないようなので、実行には移さなかった。
その後は、先程の人物が後で自分達が片付けるため、皿はそのままでも問題ごさいませんと言い、女性達が退室した。
扉が閉じ、ミウが向き直すと、刀気が食べることを促し、オーナーズ・オブ・ブレイドは、昼食を摂る。
まずは、皆同時に一口食べる。これは、毒などが入ってないかを確かめるためだ。
結界、全員分にそれらしきものはなく、それからは、各々自由に食すこととなった。
ミウは、改めてハンドリッチを食べる。すると、パンの柔らかさとレタスや肉の噛み応えのある食感といったものが一気に来て、美味な食べ物であった。
それに、具が多いものの、手に取りやすく、食べやすさもある。
昼食後、ミウ達は立ち上がり、控室を出た。
ミウは口を動かし、入場口がある左に移動して、刀気達と別れる。
「それじゃあ、行ってくるわね」
それに、刀気達は応じ、それぞれ逆の方向へ歩を進めた。
ミウが入場口前で待ってから暫くして、審判の声が聞こえた。
「お待たせしました、四回戦の準備が完了しました。それではまず、トンファーを極めし者、トール・ファーカスの入場です!」
観客の歓声が響く。
すると、奥の入場口から小柄な少年――トールが現れた。彼は、刀気に似た色合いの黒髪と兎のような赤い目をしており、垂直に付けられた短い棒と膝近くまである棒を腰に巻いているホルスターに着けている。恐らく、あれがトンファーなのだろう。
トンファーは、左右二つで形状や色が同じところから、二つで一組の武器で、作りは木製である。
トールが場内に入ると、大勢の女性の声がした。
観客席の方を見ると、どうやら発言者は、扇情的な服装の女性であった。
向き直すと、審判が発言する。
「続きまして、オーナーズ・オブ・ブレイドのミウの出場です」
ミウは前進し、入場した。
ある程度進んだところで止まると、トールがからかうような口調で言う。
「お姉さんが僕の相手? ま、せいぜい頑張ってねぇ」
近づいて分かったが、身長はヤミより少し低めであった。
ミウは微笑み、口にする。しかし――
「ええ、そうするわ」
――何あの言い方! イライラする。こうなったら、絶対に勝って、鼻をへし折ってやるんだから。
と、本音を心の中で言う。
審判の合図が響く。
「それでは、四回戦、トール対ミウの開始です!」
ミウは、開始直後顔を戻し、歌い始めた。
「――――」
それにより、歌姫の双剣が剣帯から出て、トールへと向かう。
トールは、ホルスターからトンファーを出し、構える。
双剣が間合いに入ると、歌に合わせて踊る。
小柄なトンファー使いは、声を出しながら双剣に対応していく。
「ふっ、ほっ、はっ、よっと」
その状況を見てミウは、口中で言葉にする。
――くっ、トンファー? っていうのでうまく防いでるわね。だったら、これでどう……?!
ミウは、曲の盛り上がるところで、剣の動きを速めた。
急な加速にトールは、動揺を露わにし、口を開く。
「わわっ、急に速くなった」
動揺によるものなのか、対応に綻びが発生し、双剣が敵を斬って、傷を負わせる。
トールは、苦し気な顔をし、声を漏らす。
「痛っ、これは難しいかも」
すると、数人の女性の声が耳に入る。
「ああ、トール様に傷が……」
「なんてことをするの!」
「きっと、トール様の可愛さが分からないのよ」
ミウは、胸中で応じる。
――見た目はそうかもしれないけど、性格がアレだからあまり感じないのよね。まあ、わたしが言えたことじゃないけど。
それから暫くして、歌が終わり、双剣が剣帯に戻る。
トールは顔を戻し、右手を顎に当て、言葉を発した。
「う~ん、防ぐの面倒くさいから、能力使っちゃおう」
そうして彼は、両腕を曲げ、前傾姿勢になる。
と、その時、トンファーの後ろから火が噴き出し、トールが突進する。
ミウは、すかさず大声を出す。
「――――!」
すると、双剣が剣帯から出て、ミウの前に移る。
そうして、迫る敵の内、トンファーを左右それぞれで受け止める。
このように、歌姫の双剣は所持者が一つの音を伸ばしながら発すると、剣はその前に行き、相手の攻撃を防ぐのだ。ちなみにこれは、声が高いほど強さが増す。
トールは、こちらを見て、口を動かす。
「驚いた? せっかくだし教えてあげるよ。この武器は噴射のトンファーといって、決まった持ち方をすると後から火が噴き出して、その勢いで相手に急接近する能力を持ってるんだ」
ミウは声を張り上げ、敵の突進を撥ね返す。
双剣が剣帯に戻る。
ミウは、肩を上下にし、息を切らせる。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
トールは、両腕を下げ、口角を上げながら言う。
「お姉さんすごいねぇ、これを受け止めるだけじゃなくて撥ね返すなんて。止めた人はいたけど、撥ね返したのは、お姉さんが初めてだよ。こうなるなんて思ってもみなかった」
ミウは、息を整えつつ、短く返す。
「そうなのね」
――こうなるなんては余計よ! こうなるなんては!
そう、内心怒る。
赤目の少年は、興奮したように声を上げる。
「そうだよ! この能力を使ったときの速さはすごいんだから。人の速さを超えているし、対応した人はそう多くはないしね。それに――」
それからも彼の言葉は続き、ミウは、心の中で言い連ねる。ちなみに、その途中で、ミウは、息を整え終えた。
――随分と喋るのね、戦いの最中なのに。そろそろ攻撃しようかしら。それにしても、長いわね。時間稼ぎだとしても、何のためか分からないし、今は多分わたし達以外入れないから、誰か待っているとは思えない。ただ単に喋ってるならそれだけなんだけど、そうじゃない気がするのよね。人をからかったりしてるけど、初めて会ったときからこんなにお喋りじゃなかったから、何だかいきなりな感じだわ。まあ、とにかく攻撃しましょう。
予定を実行するため、ミウが息を吸う。
同時にトールが話し終える。直後に口角を下げ、突進前の姿勢になり、数瞬後、再び後から火が噴き出し、接近する。
「……ということなんだよ。それじゃあ、再開しよう……か!」
ミウは、歌唱を寸前で止め、先程と同じように、大声を出すことにした。理由としては、突進を防ぐためで、こちらの方が防御に適しているからだ。
「――――!」
双剣が、再びミウの前に来る。
そして、二度目の突進を防ぐ。この状況は、当初の予定とは異なるが、防御より攻撃の方が突破される危険性があるので、ミウはあまり気にしていない。
暫しのぶつかり合いの後、今回も撥ね返す。
撥ね返されたトールは、右手を顎に当て、口にした。
「う~ん、これでも駄目かぁ。それにしても、二回とも撥ね返すなんて凄いね! じゃあ僕も僕のことを話そうかな」
そうして彼は、話し始めた。
トール・ファーカスは、ウエポニアの辺境にあるところにいるファーカス家の三男として生まれた。
ファーカス家は貴族であると同時に、辺境の領主家でもあり、それ故爵位は、所謂辺境伯である。
この家は、当時は作られて間もないトンファーをウエポニアの中でいち早く使い始めた家系でもあった。
トールは、高身長な者が多い家族の中で唯一小柄であるが、親からは甘やかされてきた。
しかし、二人の兄は、それが気に入らないようで、両親の知らないところで、トールを虐めていた。
何故両親が知らないかは、次男が回復魔法を使えて、虐めた後回復させ、証拠を消していたからと、兄が怖くトール本人が言えないからである。
体の傷は治せても、心の傷は治せない。故に、心の傷を蓄積し続けてきた。
ある時、トールは初めてトンファーを使い、早くも才覚を発揮させた。
それにより自信がつき、後に、兄達を見返し、両親に虐めを明かす。以降は、虐められることはなくなった。その時には、虐められないことへの安心感か、見返したときの爽快感か、心の傷が消えていたという。
ウエートウエポンズになるきっかけとなったのは、トールが十三になって暫くした頃で、ある日、数人の男女が訪れたことから始まる。
その者達は、自らをウエートウエポンズと名乗り、トールを勧誘したのだ。
トールは、躊躇うことなく勧誘を快諾する。
こうして、ウエートウエポンズの一員となり、後に噴射のトンファーと得て、今に至った。
トールが締めの言葉を言うと、三度能力発動の構えをし、続ける。
「……って感じかな。話も終わったし、いっくよ~!」
瞬間、トンファー後部から火が噴き出し、トールが迫る。
ミウは、三度目の大声を出し、防御態勢に入る。
「――――!」
その後は、攻撃を防ぎ、撥ね返す。
すると次は、トールが武器の能力を使わずに接近したので、ミウは歌い、双剣を向かわせる。
双剣がトンファーに斬りかかっている中、ミウは口中で考える。
――思ったけどこいつ、こっちが撥ね返した後は、長話するか能力を使わずに攻撃を防いでいるのよね。それも、三回とも。これはもう偶然じゃないのかしら。だとしたら、何らかの理由があるはず。それに、どれも能力を使った突進を撥ね返した後という共通点がある。なら、考えられるのは――
それから、歌が終わった後、赤目の少年は四度目の突進をする。
これもまた、ミウは防いで撥ね返す。
トールは、両腕を下げ、口を開く。
「これも駄目なんて、お姉さん、一体何者? それよりも……」
ミウは、右掌を出し、彼の言葉を遮って言う。
「待って。その前に言わせてもらいことがあるの」
トールは、困惑顔で問う。
「え? 何?」
右掌をゆっくりと下げて、ミウは口を動かし、言い終えると同時に指を差す。
「……貴方、ううん、あんた、その喋りや攻撃は、噴射のトンファーの能力に関係しているんでしょ!」