124.三回戦と伸縮
一回戦が終わり、ランは自ら、アングスは未だ倒れたままだからか、闘技場の者らしき人物達に担がれ、退場していく。ちなみに防御結界は、戦闘終了と同時に解除された。
ランの傷については、メザリアが魔法で治したので傷は塞がった。ちなみに傷口から出た血は、既に乾いている。
それから暫くして、メザリア対スタジーの二回戦が始まったが、先程よりも早く決着が付いた。
結果は、メザリアの負けだった。それも、スタジーの圧勝でだ。
戦闘は、簡単に言えば一方的なもので、連続で放つスタジーの魔法の前にメザリアは詠唱をする暇もなく受け続け、その末倒れ込み、暫くして審判の判断が下されたのである。
こうして、オーナーズ・オブ・ブレイドとウエートウエポンズは、互いに一勝一敗となった。
そして、二回戦が終わり、ある程度時間が経った頃、後方から足音がしたのでシャリアは振り向く。
すると、メザリアが見えた。ちなみに彼女は、戦闘終了後に立ち上がったので、自ら退場した。それに、場内で見えた傷がなくなっているが、恐らくこちらへ行く途中に魔法で治したのだろう。
メザリアは空いた席に座り、頭を下げて謝る。
「……負けてしまいすみません。せっかくランさんが勝利し、先制したのですが」
シャリアは、首を数回横に振りつつ、口にする。
「ううん、謝ることないよ。あれは、仕方なかったし。それより、さっきのはあまりにも一方的だったから、メザリアが可哀想なくらいだったよ」
先程の戦いは、心が痛むものであり、戦いではなく、まるで拷問のようであった。故にシャリアは、メザリアを可哀想に思ったのである。それに、拷問に似たことをしているというのに、スタジーは表情を変えずに淡々と魔法を放ち続けていた。それにシャリアは、恐怖を抱いていた。
シャリアの言葉にランが同意した。
「ああ、オレも同じだ。ってか、オレはそっちより、このことで、オレの勝利がまぐれに思われていることが気になるけどな。……あ、でも、別にメザリアが悪いわけじゃないからな」
ランの言うように、二回戦での敗北により、シャリア達以外の観客は、一回戦のことはまぐれであるという雰囲気を出したのだ。事実としては、ランの勝利はまぐれではなく、実力によるものである。確かに、もし座り込んだときに当時より長く動きを見せなかったらやアングスから武器を離せなかったらなどという仮定はあるが、それら全てが必ずしも負けに繋がるとは限らないので、一回戦はまぐれで済むような戦いではないと少なくともシャリアは思っている。
だが、人の考えは簡単に変えられるものでないので、観客に考えを改めさせることはしない。
ランの同意後、ミウが悲し気な声で謝る。
「ごめんなさい、わたしが四連勝だなんで言ったばかりに……」
メザリアは微笑み、顔を少し下げ、口を開いた。
「いえ、ミウさんのせいではありませんわ。私が負けたのは事実ですので」
すると刀気が、言葉を発する。
「確かにそうだけど、『まだ』一敗だ。俺達の勝機は、十分にある」
どうやら刀気は、先程の一敗を『もう』ではなく『まだ』と考えていると思われる。シャリアとしては、勝機がある以上、彼とほぼ同じ考えだ。しかし、これでオーナーズ・オブ・ブレイドとしての敗北まであと三敗となったことは事実である。なので、過度な余裕や楽観は禁物だ。
金髪の少女は、頬を薄い赤に染めて礼を言う。
「ありがとうございます、刀気さん。そう、ですわね」
その後刀気が声を出し、途中からシャリアに問い掛けた。
「ああ。……そういえば次、シャリアだけど、入場口前で待つか?」
シャリアは向き直し、頷きと共に肯定する。
「うん、そうする」
そうしてシャリアは立ち上がり、左に進んで席と席の間にある通路に曲がり、その先にある入場口と同じ形をしたものへと向かって、観客席を出る。
入場口前着いたシャリアは、近くにいる男性に声を掛ける。
「あの、こちらで待っていいでしょうか?」
男性は、目を動かさずに短く答える
「構いません」
それから暫くして、審判の声が響く。
「それでは、いよいよ三回戦の開始です。まずは、槍を極めし者、ラズエル・ロングランの入場です!」
その後、彼の声よりも大きい観客の歓声が沸き、奥の入場口から、一人の青年が現れた。
青年――ラズエルは、金色の長髪と碧眼を持ち、顔立ちは整っていて、遠目でも分かる程の長身であり、背には槍があった。
ラズエルが場内に入ると、女性の声援が響き渡る。ウエートウエポンズとして入場した時と今回のことから、どうやら、異性からの人気が高いようだ。考えてみれば、見た目は絵に描いたような美男であるため、人気の高さに納得はいく。それに、シャリアも彼女らと同じ女性であるので、彼を見て何も思わないことはない。しかし、それだけであり、思ったこと以上の感情はない。それに、シャリアには付き合っている者がいるので、そういったものを抱くわけにはいかないのだ。
女性から人気があるのは、シャリアも経験があるので、解らなくもない。まあ……、こちらの場合は、同性にという違いがあるが。
ラズエルが入場を終えると、再び審判が言う。
「続きまして、オーナーズ・オブ・ブレイドのシャリアの入場です」
シャリアは前進し、場内へ入る。
ある程度進み、足を止めると、ラズエルが右腕を曲げて手を腹の辺りに横向きで移し、礼をしながら口を動かす。
「貴女が私の相手ですね。よろしくお願いします、レディ・シャリア」
シャリアは、姿勢は違うが礼で返し、体を伸ばした後、剣を抜き、構える。
「こちらこそよろしく、おだてても全力で相手をするくらいしかできないよ」
それにラズエルは、姿勢を戻し、槍を抜いて構える。槍は、柄が木製で、槍頭は円錐の金属製、石突も同様の製材であった。他は、槍頭の先が細く、柄に円形の線が恐らく三つ存在する。
瞬間、審判が開始の合図を宣言した。
「それでは、三回戦、ラズエル対シャリアの開始です!」
開始直後、ラズエルが口にする。
「では、突然ですが、こちらをお見せしましょう。……伸びろ!」
すると、槍が伸び始める。
シャリアは、普通ではあり得ないことを目にし瞠目するが、先のことを察知して顔を戻し、右に移動した。
「……!」
シャリアが左をちらりと見ると、彼女がいたところまで槍が伸びていた。槍頭の位置からして、もしそのままでいた場合もしくは回避が間に合わなければ、腹部を刺されるか掠めるかをされていただろう。
すると、ラズエルが口を開く。
「おや、避けますか。回避が速いですね。あなた達の中で一番速いというのも納得です。……戻れ!」
そして、槍が縮み、元の長さに戻った。
シャリアは、声を出し、浮かんだ推測について確認を取る。
「へえ~、その槍伸びるんだ。それがその武器の能力ってこと?」
長髪の槍使いは、首を数回横に振りつつ、答える。
「いえいえ、もう一つありますよ、……縮め!」
直後、槍が縮み、先程より短くなった。
槍の伸縮に、シャリアは褒める。
「伸び縮みするなんてすごいね、それ」
ラズエルは頷き、槍の長さが戻り、武器について言う。
「はい。……戻れ! こちらの武器は、伸縮自在の槍といいまして、能力は先程お見せした通り、特定の言葉で伸び縮みや元の長さにすることができます。ちなみに、イメージすれば、微調整も可能です」
どうやら、先程の伸縮は、彼が持つ槍の能力によるものだったようだ。それに、特定の言葉というのは、能力発動時の状況からして、伸びろや縮め、戻れの三つの単語のことだろう。言葉が発動の条件となるのは、刀気が持つ言技化丸や、歴代のブレイドガールズの中にもそのような発動条件の剣はあった為、驚愕するほどのことではない。
シャリアは理解し、細剣を構え、言い終えると同時に、力強く踏み込む。
「そうなんだね。……じゃあ、こうすればいいんだよ、ね!」
そうして、敵に接近し、刺突を行う。
シャリアが行ったことは、相手が能力を使う暇がないほど速さで接近し、攻撃を仕掛けるというものだ。
ラズエルは、彼女の速さから、能力を使うのは難しいと判断したのか、槍の柄を前に出す。
剣先と柄が触れ、槍を貫通するかと思われたその時――
「……え?」
そんな声が、シャリアから漏れた。
理由は、柄との接触で細剣が止まり、貫通しなかったからである。
シャリアが驚くと、ラズエルの声が聞こえた。
「どうやら、これは貫けられないようですね」
シャリアは、貫けないことに、胸中で言葉にする。
――くっ、これも貫けないなんて。前は、敵側の細工によるものだったけど、今回はどうしてだろう。……もしかして、能力を持っているものは貫けられないのかな。考えてみると、万物を貫く細剣の主な能力はあらゆるものを貫くで、対象はあらゆるものっていう、言ってしまえば具体性はないから、例外はあるかもしれない。もしそうなら、今回はそれが当てはまってしまい、貫くことができないということだと思う。
シャリアとて、万物を貫く細剣の能力を完全に検証したわけでない。故に、例外の存在は否定できない。
ちなみに、ラズエルの言い方から、恐らく今の状況について問うても無駄だろう。
シャリアは、柄を弾き、反動で後退して、更に数歩下がる。
ラズエルは、槍を下げ、口を動かした。
「おや、距離を取りますか。では、こちらで行きましょう。……縮め!」
そうして、槍が縮み、一回目より短くなった。
その後、片手を離し、シャリアへと駆けた。
そして、彼が間近に迫ると、槍を縦に振る。
それを、シャリアは細剣で受けた。
ラズエルが言い、シャリアが返して、彼が答える。
「私、こう見えて近接戦闘もできるのです」
「でも、さっきみたいに伸ばした方がよかったんじゃない?」
「いえいえ、私はウエートウエポンズの中では速い方ですが、貴女の速さに追いつくことは難しいので、こちらを選びました」
思えば、先程の接近は、シャリアほどではないにしろ、高速であることは変わりないので、彼の言はあながち間違いではないと推測される。といっても、ラズエルとアングス以外のウエートウエポンズの移動速度をよく知らないので、最速かどうかは分からないが。なお、それにスタジーが含まれている理由は、彼は、二回戦で入場を終えた位置から戦いが終わるまで一歩も動かずにいたからだ。
ラズエルとアングスの移動速度については、現時点で見せた速度が全力とは限らないので、明確な位置付けはできない。
シャリアが防御してからは、剣と槍での押し合いが続いた。
暫くそれが続いているとき、不意にラズエルが提案した。
「……こう押し合うのもなんですので、私の話を致しましょう。アングスが語ったようなので、私もと……。聞いてくれますか?」
シャリアは、警戒しつつも、案を受け入れる。何故なら、相手のことについては、関係性上聞くことができる機会がそうよくあるとは考えにくいからである。
「僕を油断させるためのものかもしれないけど、一応聞いてみるよ」
ちなみに、アングスの場合は油断などの為に語っているようには見えなかったが、ラズエルも同じとは限らないので、警戒するに越したことはない。
ラズエルは頷き、話し始めた。