121.入場と戦い方
闘技場に入ると、ここの制服なのか、スーツに似た服を着た男がいた。
男は声を掛け、途中、右手で左斜め上を示した。
「……お待ちしておりました。この後、各員の入場がありますので、こちらの控室でお待ちください」
刀気は返事をし、カノア達と共に、示された場所へ行く。
控室に着き、ドアを開けると、そこには、石造りの部屋があった。内部は、同じく石で出来たテーブルと椅子、そして照明だろうか、幾つかの光を灯すものが設置されているだけの簡素のものである。故に、内部に窓はない。しかし、ドアに小さくはあるものの窓があることは確認済みなので、部屋全体で言えば、窓は存在する。だが、それだけでは光源として心許ないと考えた為、照明が設置されていると思われる。ちなみに照明は、恐らく魔力か他のもので発光しているのだろう。なお、テーブルは縦に長い長方形で、椅子は手前と奥に一つずつ、左右に三つずつあった。
刀気達は控室に入り、ドアを閉め、椅子に座り、待機した。配置については特に何かをすることもなく決まり、手前に刀気、奥にカノア。左右は手前から順にミウ、シャリア、メザリア、ヤミ、ランとなっている。
暫く経った頃、ノック音が聞こえ、男の声を耳にする。
「オーナーズ・オブ・ブレイドの皆さん、準備が整いましたので、入場口前に来てください」
刀気は、返事した後立ち上がり、少女達もそれに続いて、控室を出る。
刀気達は、左に進み入場口前に着く。
その先に見えたのは、恐らく円形に囲まれている地面と、同形の壁、その上に横に長い段差があり、そこに様々な人達がいた。どうやらそこが、観客席なのだろう。そして奥に、ここと対を成すようにある、アーチ状の穴があった。位置からして、あそこからウエートウエポンズが現れるのだろう。
すると、近くにいた男性からここで待つよう言われたので、それに従う。
その後、どこからともなく大きな声が響いた。
「観客の皆さん、お待たせしました。いよいよ決戦の場で戦う者達の入場となります。まずは、我が国最強の七人、ウエートウエポンズからです!」
刀気は、聞こえたところだとされる上を向けると、立体的な部分が見えた。真ん中辺りが開いており、そこに一人の男性がいて、その前に緑色をした結晶もしくは鉱石があり、中心に魔法陣が現れている。このことから察するに、結晶なのか鉱石なのか不明なものは、元の世界で言うマイクに相当するものだとされ、それにより声が広がり、響いたのだとされる。さらに、魔法陣があるということは、拡声効果は、魔法によるものだと推測する。そして恐らく、あの場にいる男性が、馬車でローブ姿の女性が言った審判だろう。しかしどうやら、審判だけでなく、進行も兼ねているようだ。
刀気は、もしかしてと思い左右を見るが、審判兼進行の男性以外に人はなく、どうやら実況と解説はいないと推測する。といっても、彼がそれも兼ねているかもしれないが。しかし、考えた結果、流石に一人四役は無理があると思い、可能性を下げた。
刀気が顔を戻すと、奥側の穴から、七人の男女が現れ、入場した。それは、予測通りウエートウエポンズであった。並びは、初めて彼等を見た時と同じものである。同時に、先程の声以上に響く歓声が耳に入る。
その中には、特定の人物に対するものもあった。
「ラズエル様~~!」
「アロア様、今日も可愛いなぁ」
「トール様、頑張ってくださ~い!」
声の方向を向くと、発言者は、少女、ふくよかな男性、扇情的な服装の女性の三種類のようだ。さらに、少女達は、黄色い声援を出していた。
声に、名前を言われた三人は、微笑や無反応、苦笑と、三者三葉の反応を示す。微笑には黄色い声援が、無反応には感嘆に似た声が、苦笑には色気のある声が返された。
ちなみに、アロアに対しての声があった時に、ガルムが不機嫌そうな顔をした……ように見えた。
刀気が向き直すと、ウエートウエポンズが場内に着き、歩みを止めると、進行の声が響く。
「続きまして、敵国デュルフングから、オーナーズ・オブ・ブレイドの入場です」
入場口前の男性が頷いたので、合図だと捉え、刀気は前進する。カノア達もそれに続く。
すると、聞こえてきたのは、予測していたことだが、ブーイングであった。しかし、唯一、予測と異なることがあり、それは、何かを投げるといったことがないということである。恐らく、観客にも防御結界のことが知らされているか、元々そういう要素があると周知されているかだろう。
思えば、初めてウエポニアを見た時に天井が開いた建物があり、形が円形であった為、闘技場は、元からあるものだとされる。もし、そうであるとしたら、使用は今回が初めてではなく、以前から使われていた可能性が高い。ならば、防御結界を観客達が周知していても、何ら不思議ではない。まあ……、ともかく、何かを投げられることはないので、それにより傷つくこともないが。
ブーイングの中には――
「死ねぇええ!」
「あのお方達に挑むだなんて、無礼にも程がありますわ」
「てめえらなんか、相手になるわけがねぇ」
声の方向を見ると、発言者は、粗雑な服装の男性、ドレスを着た貴族のような女性、つり目で細身の男性の三種類である。
他にも、一部、親指を下に向ける――サムズダウンをする者もいた。
向き直した刀気としては、親指を下げられるのは思っていなかったが、大方予測通りなので、心が揺らぐことはなかった。しかし、何も感じないわけではなく、少しであるが怒りと嫌悪感はある。だが、少しであるため、心を揺らすには至っていない。
他の者も不満を漏らしていない。……一人を除いては。
その一人は、ランであった。
「何だと! くそ~、見とけよ」
彼女の怒りを、シャリアが抑える。
「まあまあ、落ち着いて」
それが成功したのか、ランは舌打ちしつつも、それ以上反発することはなかった。
そして、刀気達がウエートウエポンズの近くで止まると、三度進行の声が響く。
「……それではこれより、ウエートウエポンズとオーナーズ・オブ・ブレイドの決戦を始めます」
こうして、デュルフングとウエポニア、両国の運命が決まる戦いが始まった。
刀気達は、控室に戻り、椅子に座った。何故なら、開戦直後に始まる訳ではなく、一回戦は準備が整い次第開始されるということだからだ。これは、進行が伝えたことから得たものである。
すると、その一回戦に出場するランが、言葉を発する。
「いよいよだな。くぅ~~、うずうずしてくるぜ」
カノアがランの方を向いて、口にした。
「……一応訊くが、作戦はあるのか?」
ランは、カノアを見、答えた。
「は? んなもんあるわけねぇだろう。ぶっ倒しゃあいいだろうが」
答えにカノアは、右手を顔に当て、「貴様に訊いた妾が馬鹿だった……」とでも言うかのように、呆れ顔で息を吐く。
刀気としては、このまま戦うのは危険なので、ランを見て口を動かす。
「けど、相手は未知数の敵だ。戦い方くらいは、考えた方がいいと思う」
刀気の指摘に、シャリアが同意する。
「確かにそうだね。それに、ウエートウエポンズには今まで他の敵で見てきたように、能力がある武器を持っているだろうし、僕達はその能力が分からないから、尚更考えた方がいいよ」
彼女が言うように、彼等が持つ武器の能力を刀気達は知らない。能力の逸脱さは、他の敵で知ったものの、もしその度合いが別物だとしたら、少なくとも刀気では計り知れないだろう。故に、見た目に反したものや、意外なものだとしても不思議ではない。そのような相手に無策で挑むことを是とするわけにはいかない。それに、相手との戦い方はあった方が、勝率、そして生存率の上昇の可能性がある。
黒髪の少女は、腕を組み、首をかしげて言う。
「ってもよぉ、どう戦えはいいんだ?」
すると、カノアが問い掛けた。
「そう言う貴様はどうなんだ? まあ、期待しておらぬが」
ランは反論し、顔を暫し下げ、思いついたのか、顔を上げて首を戻し、提言する。
「だったら言うなよ。けど、そうだな、う~ん……、なら、あいつよりつえー力をぶつければいいじゃねぇか?」
刀気は、首を横に振り、異を唱える。
「いや、そもそも、相手の力が分からないから、どれだけの力が必要かも分からないだろう」
超過は、対象の量を分かっていることが前提の一つであるため、そうでない場合は、こちらとしては超過に必要な量が不明なので、実質超えることはできない。それ故、ランの提言は成り立たないのだ。だからといって、全否定しているわけではなく、条件が満たされていないということであり、してはいけないとは言ってない。ランの力がアングスを上回る可能性はゼロではないため、試す価値はある。しかしこれは賭けであり、生死を賭けた場で行うにはリスクが大きいので、刀気としては、推奨出来ない。
刀気の異に、カノアが同意し、考えを求めた。
「それもそうだな。なら、トーキはどう考える」
刀気は考え込み、胸中で言葉を連ねる。
――俺だったら、あのアングスってのは、見た目からして力で押してくると思うから、回避するか押し込まれないように防御するかして、最初は様子見だな。大体のパワータイプは、一撃一撃が重いが、その分隙が大きい攻撃が多い。それに、足が遅いことも多い。だから、スピードで惑わすか、隙が出来たら逃さず攻撃する。これが大体のセオリーだ。ランは、回避するより防御するタイプだから、難しいかもしれないが、方法がないわけじゃない。パワータイプ同士なら先制攻撃をして、相手に防御させ、体力……いや、疲れさせる。そして、動きが鈍ったり、力の衰えが分かったりしたら、すかさず強力な一撃を食らわせる。更に攻撃を続けて最終的には倒す。
しかしこれは、確約されたものでなく、あくまでもアングスが先に疲れた場合のことだ。もし、ランが先に疲れたとしたら、逆に攻撃を食らわれ、大ダメージを受ける恐れがある。そうなれば、更に攻撃が襲い掛かり、場合によっては敗北となり、最悪、死すらあり得る。
思考を終えた刀気は、顔の向きを戻してからその考えを口に出し、しかしと言った後、続けた。ちなみにカノアは、既に手と顔を戻していた。
「問題が一つある。それは、あいつが持っている斧の能力だ」
刀気は、その問題について、口中で言う。
――そう、一番の懸念はそれだ。もし、能力がパワータイプの欠点を補うものだったとしたら、さっき考えてたことが通じない可能性がある。けど、だからこそか、様子見をした方いいと思う。まあ、能力が分かったら、それに対した戦法を考えなくちゃいけないが。
問題に、メザリアが提案した。
「でしたら、能力が分かるまでは、様子を見るのでしょうか?」
刀気は頷きつつ、口を開く。
「ああ、その後は悪いが、ラン次第だ」
ランは、暫く黙った後、了承する。
「……解った。確かに、分かんねぇもの相手なら、そうした方がいいかもな」
と、そこで、ノック音が聞こえ、男性の声がした。
「オーナーズ・オブ・ブレイドのランさん、場内へと来てください」
ランは、腕を解き、張りのある声で返事をしつつ立ち上がった。
「ああ!」
その後彼女は、控室を出た。