11.これからと誤解
「で、これからどうするんだ」
ランの一言に、答えたのは刀気である。
刀気は、間を開けてから、口を開く。未だに、誤解を解くべきか迷っているが、やはり、言っておかなければならない。亀裂は嫌だが、それも、言ってみなければ分からない。だからこそ、この機に、言うことにした。
「……、それじゃあ、カノア、ランに聞いてほしいことがあるんだ。あ、レイさんも、出来れば、聞いてくれませんか」
刀気の頼みに、三人は、それぞれ答える。
「ふむ、トーキが妾達に聞いてほしいこととは、一体何だ」
「リーダーなんだから、なんだって聞いてもいいぜ」
「鶴元、私もということは、単なる疑問ということではないのだな」
レイの言葉に、刀気は頷き、再び口を開く。
「はい……。聞いてほしいことは、本当の俺のことだ。カノアは俺を強さで、リーダーに決めたけど、俺はそんなに強くはない」
これにより、カノア達がどう思うかが、重要だ。刀気に失望し、亀裂が生まれるか、それとも、別の反応になるのかは、この後判明する。正直、前者の可能性が上だと、思っている。たとえ、そうであったとしたら、連鎖を断ち切るということの達成が、困難になるだろう。それは避けておきたい。
カノアは、眉をひそめてから、反論する。
「何を言う、一度は去ったものの、再び現れ、外獣を一撃で倒した貴様が、強くないわけがない」
その反論に、刀気は、顔を真剣にして言う。
「いや、そもそも外獣は、カノア達がダメージを与えたおかげだし。それに、あれは俺自身の力じゃなくて、言技化丸の力だ。つまり俺は、カノアとランには言った借り物の刀、その力で、君達を騙しているんだ。だから、本当にごめん! 俺なんて、言技化丸がなければ、ただの一般人に過ぎないからな」
そう言って頭を下げる刀気に、ランは言葉を発する。
「それは違うぜ。オレとカノアは、トーキに助けられたんだ。それに、一度逃げた場所に、もう一度来るなんて、普通じゃ出来ないことだ。それも、その剣の力か? いや、それは、アンタ自身の強さだ。だからさぁ……、なんて言ったらいいんだこれ」
困った顔をしているランに、眉を戻してから、カノアは視線を向け、フォローする。
「つまり、トーキの強さは心にあるということだ」
ランはそれを聞いて、左手を横向きに平たくし、右手で拳を作って縦向きにしてから、それを、ポンと左手に置いてから言う。
「そうそう、それだ。たまには、いいこと言うじゃねぇかぁ」
刀気はその動作が、この世界にもあることに、内心、驚く。といっても、元の世界では、日常会話などで、そうする人は、あまりいないと思われるが。
カノアは、ランの言葉に、短く返す。
「たまには、余計だ」
ランとカノアの言葉に、刀気は、頭を上げ、呟く。
「心の強さ……」
それに、カノアが返す。
「そうだ。強さというのは、なにも、体だけではない。心にも強さはある。戦場に戻って来るという、常人では適わぬことをしてみせたではないか。それだけ貴様は、心の強さを持っているというわけだ」
確かに、逃げた場所にもう一度行くというのは、普通は行わないことだ。だが、それをやってのけたということで、心が強いというのには、繋げにくかった。それに、理由が理由なので、強いと言っていいのか、という疑問がある。
刀気は、顔を不安そうにしながら、言う。
「けど……、それだって俺は、助ければ、イベントフラグが立って、ここのことが分かるかもしれないって、思ったわけだし。女の子を救うってのも、やってみたいからで……。心が強いとか、思えにくい」
そう、刀気にとって、カノア達を助けたのは、自己満足によるものであった。そんな自分の心が強いなど、他の強心な人達に対して、失礼にあたる。まあ……、100%それというわけではなく、万が一のことを考慮し、助けに行ったというのがある。
自己満足であるなら、言技化丸を使ってみたいというのも、その一つだ。一撃で倒したので、よくは使えなかったが、その事実は変わらない。
こう思うと、刀気が強心な人間であるなど、おこがましい気がした。
つい本音が漏れてしまった刀気に対し、カノアは、声を掛ける。
「イベント……、とかいうのは、分からぬが、そう卑屈になるな。何であれ、妾達を救ったのには変わりはしない。そのことに、自信を持て。自分の強さを信じろ。妾達もトーキを信じているのだからな。そうでなければ、貴様をリーダーに選びはしない」
つまりカノアは、刀気が一発で敵を倒したことによる強さから、リーダーに選んだかと思っていたが、本当は、戦場に戻るという心の強さからであった。ということは、刀気は勘違いしていたのである。
まさか、そうとは思わず、勘違いしていた自分を、刀気は、脳内で責める。
カノア達が刀気を信じているのは、今までのことで、薄々気づいていたが、疑問もなしに、納得しているわけではない。だが、その信頼を、自分の強さに向けろ、ということなのだろうか。
『自分の強さを信じろ』、それが刀気の心に響き、彼は、口を開く。
「俺は、心が強いのか……。俺を信じてくれるのか。こんな俺を――いや、卑屈になるな。……そうだな、俺にも強さがあるんだな。言技化丸じゃない、自分自身の強さが。ありがとう、カノア、君のおかげで、強さに気づけたよ」
カノアは、頬を赤くしつつも、そのままの口調で返す。
「フッ、それでよい。後、、礼は不要だ。それに気づけたのなら、十分だ。貴様は強い、それは、誇っていいことだ。これで、トーキの不安は晴れたか」
刀気は、カノアに頷く。まだ残っていることがあるが、それは、その時になったら、言うことにする。といっても、罪としては、こちらの方が重い。何故なら、こっちは、窃盗という犯罪を、犯しているからだ。
なのに、すぐに刀があった武器屋に行かないのは、開店時間が分からないからである。まあ……、それだと、どうしてあの時、ドアが開いていたのか気になるが。
窓から射してくる太陽光から察するに、今は午前中くらいだと思われる。といっても、ここには、時計がないので、推測になるが。だからといって、カノア達に店のことを訊こうにも、店名が分からないので、伝えるのは難しい。
ということで、出来れば、この後にでも、外に出て、その店を探しに行きたいところである。そこで、店員に謝り、カノア達に、こうなった経緯を話すつもりだ。それにより、どのような結果に至るかは、その時にならないと分からない。
ふと、刀気は、心に響いた、カノアの言葉を思い出し、胸中で言う。
――自分の強さを信じろ、か……。そうだな、自分が自分のことを信じられなくなったら、終わりだし。俺を信じているなら、俺もカノア達を信じなきゃな。リーダーとして、俺自身としてな。
今でも、カノアのあの言葉は、印象に残っている。記憶の引き出しから、すぐに出せるので、即座に、一言一句違わず、思い出すことが可能だ。それだけ、『自分の強さを信じろ』、というのは、刀気にとって、印象的な言葉である。
そういった台詞は、ゲームでよく見るが、現実で聞くことになるとは、思っていなかった。なのにこうも、感銘を受けるということは、自分では気付かなかったことと、心の強さの再認識が、あったからだろうか。
思えば、そんなことを言われたのは、初めてな気がした。元の世界では、そんな人はいなかった。刀気自身、強さは、ゲームにあると、思い込んでいたのである。といっても、家族仲が悪かったり、学校が嫌だったり、というわけではない。だが、このように接してくれたのは、カノア達が初めてだと思った。
地元にも多少、友人がいて、その中には女友達もいる。しかし、同じゲーマーとしての繋がりだったので、ゲームの話が多く、こういったことはなかった。今は、都内の高校に進学したのは、刀気だけなので、どうしているかは、詳しくは知らない。
とにかく、自分の知らない自分に気づかされたのは、カノア達――カノアのおかげである。
そういえば、この世界に来て最初に声を掛けたのも、仲間にするのを頼み、リーダーを指名したのも、カノアだった。何故、会ったばかりで、それに、異性の刀気に、ここまでするのか分からなかった。確かに、カノアにとっては命の恩人なのかもしれないが、一回助けられたことで、ここまでしてくれる理由が、見当たらない。これでは、恩返しの範疇を、超えている気がした。
なので、カノアの尽力の要因は見当もつかない。故に、何かしら訳があったと、思っておくことにする。
ふと、もしかしたら、異世界にこなければ刀気は、強さに気付かなかったのかもしれないのかと、思った。まあ……、入学するはずだった高校にも、そういった出会いが、あるのかもしれないが。けど、元の世界に戻れるかは分からないが、たとえ戻れるとしても、果たすべきことを果たすまでは、戻るつもりはない。なので、その世界については一旦、ここまでにする。
今、思っているのは、カノアに対しての、深い感謝である。といっても、きっかけはランではあるので、彼女にも感謝している。
カノアのもだが、もしかしたら、ランの言葉がなければ、気づけなかったのだろうか。そうだとしたら、彼女にも、カノアと同じくらいの感謝を、しなければならない。なので、改めて、ランにも深く感謝をする。
それを見たレイは、二人にそれぞれ顔を向けてから言う。
「どうやら、解決したようだな。それならば、この後のことで提案がある。カノア、ラン」
語尾で、二人の少女に視線を向け、レイは名前を言ってから、続ける。
「二人とも、鶴元にガードルを案内したらどうだ」
彼女の提案に、少女達は同時に頷き、口を開く。その時には、カノアの頬は、元に戻っていた。
「トーキはどうやら、ここを知らぬようだからな、レイに賛成だ」
「オレ達のことを知ったんだし、この街のことも知ってほしいしな」
二人の言葉を受けて、刀気は、首肯し、カノアとランに声を掛ける
「それなら、案内させてもらうとするか。俺もここのこと、知りたいしな」
正直、異世界の街には、興味があった。あの時は、無我夢中で走っていたりしたので、よく分からなかったが、二人なら、何かいい所を知っていると思った。それに、カノア達が住む世界がどんな世界なのか、知りたいというのは、確かな気持ちである。
それに、こちらにとって好都合である。街に行き、武器屋を探し、謝罪しに行く、という予定もとれるからだ。
刀気の同意を得て、ランが、手を引き、声を掛けた。
「じゃあ、さっさと行こうぜ」
その手は、男性の刀気の右手を握り、グイっと引き上げる。
自分がやせ型であることは、分かっているが、女の子に引っ張られる程、軽いとは思っていなかった。
しかし、身の丈程の大剣を片手で持ち、刀気を少しの力で持ち上げたことから、ランは、思ったより握力があると推測した。まあ……、後者は、鍛えていればあり得ることだが、前者は、鍛錬だけではないようだが。
もしかしたら、大剣の隠された力か、能力者による能力かと思っていたが、答えは、一向に出なかった。
ランに引かれるがまま、刀気は、彼女達と共に宿舎を出る。