115.内談
ウエポニア某所。
その薄暗い一室に、髭の男と細身の男の二人がいた。
ふと、髭の男は何かを感じ、声を漏らす。
「……そろそろ来る頃か」
すると、細身の男が言葉を発する。
「へっ、そうか。けどよぉ、本当にやるのか?」
髭の男は、一度頷きつつ答える。
「ああ、先日の作戦が失敗したとなれば、この作戦もするしかない」
この作戦とは、前の作戦が失敗した場合に行うものとして考えていたことだ。内容は、簡単に言えば夜襲で、オーナーズ・オブ・ブレイドをこちらが決めた宿に泊まらせ、夜に特定の人物の部屋へ行き、襲うというものだ。
ふと、そこで髭の男は、数日前にあった報告を思い出す。
それは、髭と細身、それぞれの部下の一人、ローブ姿の男と鎌を持った男が、ある人物を殺すことに成功したというものだ。といっても、実際に殺したのは細身の男の部下で、こちらの部下はその補助をしていたが。ちなみに、ある人物というのは、オーナーズ・オブ・ブレイドの一人、ミウの関係者マーヤである。
殺害方法は、まず敵国に転移し、裏路地に身を隠す。このとき場所は、殺害対象が宿泊しているという宿屋の側面にある裏路地とする。次にマーヤが宿屋を出た時に、認識阻害の魔法をかけた髭の男の部下が宿屋に入り、店主に催眠魔法を気づかれないようにかけ、マーヤの部屋の場所を聞き出す。そして、その部屋へ行き、入室した後すぐに出て、宿屋を後にする。その後、細身の男の部下のところに戻り、合図があるまで待つ。それから、合図――砲弾の爆発が聞こえた後、実行役である鎌を持った男をマーヤの部屋へ転移させ、彼が彼女を背後から斬りつけ、殺害したというものだ。
その後は、鎌を持った男が窓を開けたのを合図に、男をこちらへ転移させ、一応魔法で窓を閉める。
そして、自国へ転移して帰還する。
これが、彼らからの報告であった。
だが、作戦は失敗した。何故なら、ウエートウエポンズの元へ戻って来たオーナーズ・オブ・ブレイドの中にいるミウの顔は、絶望などしておらず、むしろ何かを決意したような目をしていたからである。
と、そこで、細身の男の声が耳に入った為、意識をそちらに向ける。
「俺としては、あの場でやり合いたいんだが……」
あの場とは、明日、オーナーズ・オブ・ブレイドと決着を付ける場所のことである。
彼の愚痴に、髭の男は、胸中で言葉を連ねた。
――フン、戦闘狂め。こちらとしては、少しでも勝利に近づかせるために、この作戦は必要だ。目的のため、敗北は許されない。……本当の目的のためにな。それまでは、敵味方共々、利用させてもらう。
髭の男は、首を横に振り、口を開いた。
「心配は不要だ。狙うのは、一人だけだからな」
それに、前方の男が返す。
「まあ、それならいいけどさ」
髭の男は頷きつつ、口にする。
「なら、予定通り決行だ。実行役の人選は、お前に任せる。こちらは、撤退役を決める」
細身の男は、短く了承した。
「分かった」
髭の男は、両手で閉じ、握りながら口を動かす。
「我らの目的のため、今度こそ成功させねばならぬ」
すると、細身の男が両手を後頭部に移し、問い掛けた。
「けどよぉ、それも失敗したらどうするんだ?」
その問いに、髭の男は即答する。
「問題点ない。別の作戦はある。まあ、これは、あやつらを裏切ることになるが」
細身の男は、下卑た笑みをしながら言う。
「何を今更、はなっからあいつらとは仲間じゃねぇだろう。そんなことくらい、とっくに知ってるぜ」
髭の男は、口角を少し上げ、声を出す。
「フッ、その通りだ。しかしそれは、お前も同じだろう? お前の過去からして」
細身の男は、手振りを交えて答える。
「そりゃそうだ。あいつらを仲間だなんて思ったこと、一度もねぇよ。それに、あの時のことは、死んでも忘れられねぇからさ」
髭の男は、口角を戻してから一度頷き、口を開く。
「まあ、仲間だと思っていないことには同感だ。あやつらはもとより、この国は、我が目的のための駒に過ぎないからな」
そうすると、細身の男は、からかうように問う。
「そうなると俺も、お前にとっては駒の一つになるが?」
髭の男は、すまし顔で返す。
「さて、どうかな」
細身の男は、両手を戻してから、言葉を発する。
「ケッ、そうかよ。まあ、てめえの目的には協力し続けるから、安心しな。その代り、俺の目的に協力し続けろよ」
髭の男は、表情を変えずに口にした。
「勿論そのつもりだ。お前の目的には、こちらにも利があるからな」
「なら、いいけどさ」
細身の男は、顔を戻し、そう言う。
そして、移動しながら退室を告げた。
「……それじゃ、俺はこれで」
髭の男は、頷きと同時に短く応えた。
「ああ」
その数秒後、細身の男が扉の前で止まり、こちらを向いて言った。
「……そうそう、あんたやっぱり、その素の方が俺にはいいな。まあ、本当にそうかは分かんねぇけど。だから、あんな芝居する意味あるのか?」
髭の男は、表情を戻し、腕を組んで、口を動かした。
「見た目に合わせることは重要だ。あやつらに本当の目的を知られるわけにはいかないからな。それに、勘違いされないために言うが、この姿と口調は、『俺』自身の意思でしていることだ」
そう、今の彼の姿、ましてや声は、本来のものではなく、複数の魔法で装っているものである。このことを知っているのは、この場にいる二人だけであり、細身の男には、目的に協力することになった為、正体を明かしたのだ。装いの精度は、たとえ自分とほぼ同じの強さを持った魔法使いにでも、気づかれることはないと自負している。
自分の意思でしているというのは本音で、この姿や口調に後悔したことはない。
ちなみに彼が言った、俺という一人称は、本来のものであり、このような場合を除けば、この姿のときは別のものを使っている。このことも、細身の男は知っているので、ここで使っても問題ない。
更に、この姿と本来のものでは、名前も異なる。つまり、髭の男は、偽名を使っているのだ。彼の本名を知っているのは、前方の男を含め、何人かいるが、彼以外はこの姿が偽りであることを知らないため、この姿であれば偽名の方で呼ばれる。
細身の男は、呆れたように言い、向き直した。
「はいはいそうかよ。んじゃ、今度こそここから出るか」
そうして彼は、退室した。
こうして、男二人の内談が終わった。
扉が閉じてから暫くして、髭の男が、小声で呟く。
「……まあ、さっきのも素じゃないけどな。そう簡単に、表に出すわけないだろう」
協力者とはいえ、全てをさらけ出しているわけではない。そもそもこちらは、あの男ことをよく知っているとはいえないので、何でも表に出す筋合いはない。
その後、暫くして、この世界に来てからのこと振り返り、思ったことを心の中で言葉にする。
――まさか、ここまで手こずるとはな。このようなことは、久しぶりだ。流石は、俺らとは異なる世界の者達ということか。しかし、情報を得、二度会ったことにより、トーキとかいう奴に、他の者とは違う何かを感じた。あれは、一体何だ? 性別ではなく、何か別の……。まさか、あいつは――いや、まだそうとは限らない。そういえば、あいつが倒したとされる者達は皆、実際には倒されたのではなく、気を失っただけであったな。まあ、一部、骨折などをしている者もいたが。つまり、殺していないということだ。戦っている者として、どうかと思うが……。もしかしてあいつ、人を殺したことがないのか? それなら、作戦変更だ。
そうして立てた推測を確かめるために、作戦を変更――正確には、内容追加だが――することにした。
それは、もし作戦が失敗した場合に、実行役と撤退役にあることをさせるものだった。そうすることで、相手がどうなるのかを検証する。そのため、路地裏などに隠れ、それを確認させる監視役を追加することにした。
細身の男には、後で伝えることにする、
ふと、そこで振り返り、机を見る。
そこにあった、開かれていた本には、異形のものと、ウエポニアに似た建物群が書かれていた。