10.リーダーとオーナーズ・オブ・ブレイド
カノアは、宣言を聞いた上で、目を開き、言葉を発した。
「では、そのリーダーは、トーキが務めるがよい」
「え?……」
突然のことに、困惑する刀気だったが、すぐに理由を求める。
「な、何故だ? リーダーなら引き続きカノアがするのがいいと思うんだが……、会って間もない俺に、そんな大役が務まるとは思わないけど」
突拍子がなく、意味不明なその指名に、理由を聞かざる負えなかった。
さっきも似たようなことがあり、その時は何も言えなかったが、今回ばかりは、口を出す。オーナーズ・オブ・ブレイドに入るのは、願っていたことだが、リーダーに指名されるのは、流石に意外過ぎることである。
それに、そう言ったのは、ブレイドガールズのリーダーである、カノアだ。リーダーが簡単に、集団名が変わったことにより、譲り受けるものなのか。
見た感じ、プライドが無いようには見えない。なので、ますます、刀気を選んだ訳が分からなかった。しかし、今までのことからカノアは、理由もなしに言うような少女ではないと、思われる。理由次第では、断ることを視野に入れている。
その言葉にカノアは、口角を上げてから、答えた。
「何故かとは……、フッ、愚問だな。妾はブレイドガールズのリーダーだが、今はもうない」
「しかし、オーナーズ・オブ・ブレイドと、生まれ変わったのなら、もう妾はリーダーではない。故に、新たに決めなくてはならぬ。妾は、強さの面から、トーキがふさわしいと判断した」
「え……、でも……」
この後のことは、胸中で言う。
――確かに、もうブレイドガールズではなくなったが、経験的に、新参者の俺よりカノアの方がいいはずだ。俺はただ、借り物の力を、勘違いさせているだけの奴に過ぎない。それに、借り物と言ったが、実際は盗品だ。つまり俺は犯罪者である。そんな奴をリーダーになど、イメージダウンどころの話ではない。メンバーであるなら、持ち主に謝れば、いくらかは済むと思うが、リーダーとなると、そうはいかないかもしれない。だから、俺はカノア達と共に戦えらればそれでいい。レイさんも、流石にこれは認めないと思う。新人の宣言と新人のリーダーでは、違い過ぎる。なので、今回はそうならないだろう。そういうことで、リーダーは、辞退しよう。なのに……。
刀気の心配を察したのか、カノアは、付け加える。
「言ったであろう、貴様の強さは、妾とランが保障すると」
その言葉を聞くと、何故か少し安心した。会ってからそんなに長くないのだが、確かに、そう感じている。たとえ、借り物の力によるものであっても、その一言には、頼もしさがあった。
そもそも、どうしてカノア達は、どこの馬の骨とも知らない者に信頼を寄せるのか。そう思う刀気も安心しているということは、カノア達に信頼に似たものを、抱いているのだろうか。……いや、それはまだ、分からない。会ってからそう時間が経っていない相手に、抱けるものなのか。
ふと、強さについての誤解を解くべきだろうか、と思ったが、誤解とはいえ、信頼を裏切ることは出来なかった。
せっかく、彼女らと仲間になったというのに、行き成り亀裂を生むわけにはいかない。しかしそうなると、彼女らを騙している、という罪悪感が、当然ながら生まれる。それを抱えながら一緒にいるのは、いつまで耐えられるかは、分からない。けど、亀裂を生みたくは無い。
二つの思いが、脳内でせめぎ合い、刀気は、葛藤する。
――う~ん、罪悪感か亀裂かぁ……。どっちを選べばいいんだ? 罪悪感を抱え込み続ける自信はない。けど、亀裂を生むのは、これからの戦いに支障をきたす。まあ、亀裂はあくまでも最悪の場合だけど、ゼロじゃないから、軽く考えられないんだよな。運が良ければ、両方とも解決するのは、本当のことを言う、がある。けど、罪悪感は消えるけど、亀裂はカノア達の反応次第だからなあ。場合によっては、これで今までのがナシになって、また一人になるっていうのも、あり得る。ああ……、一体、どうすればいいんだぁ?
葛藤の末、刀気はそれらを一旦置いておき、今決めなければならないことに、思考を移す。
刀気は、一度、逡巡し、胸中で呟く。
――まぁ……、少し恥ずかしいけど、女の子に頼られるのは、悪くないしな。……女の子に頼られるなんて、ゲームの中でしかなかったけどな。
そして、決意し、口を開く。
「そこまで言うなら、リーダーなっても……いいか?」
決意とは名ばかりで、人前で言うとなると、つい、許可を得にいくような、感じになってしまった。リーダーになる者が、言うような感じではないが、出てしまったものは仕方ない。
刀気がそう言うと、カノア達は顔をほころび、頷き、言葉を発する。
「ならは、これからよろしく頼む、リーダー」
「よろしくな、リーダー」
「では、オーナーズ・オブ・ブレイドのリーダーは、鶴元刀気とする」
行き成りのリーダー呼びに、戸惑う刀気だったが、両手を前に振りながら、慌て言う。
まさか、リーダーになった途端、そう言われるとは思っていなかったので、戸惑いを隠せていなかった。
「い、いや……、俺自身リーダーってガラじゃないし、トーキでいいよ。そっちの方がいいし。なんか、恥ずかしいし。それに、名前で呼ばれる方がマシだ」
リーダーになると決意したが、リーダー呼びには、恥かしさと抵抗があった。
刀気自身、率いる側になったのは、これが初めてである。学校でも、ゲームの協力プレイでも、それを担ったことはなかった。それに、自ら立候補することはなかった。
リーダーという感じではない、とのことは、その通りである。
自分から言技化丸という力を取れば、ゲーム以外とりえのない、ただの男子学生である。そんな刀気がリーダーを名乗るのは、違和感があった。なので、立場上のリーダーで十分である。
刀気の頼みに、カノアとランは、しぶしぶと首肯した。
――いや何で、しぶしぶ? 確かに、リーダーって呼ばれるのは嫌だけど、それはちょっと意外だ。単に、ちゃんと名前で呼んでほしいってのがあるが、嫌だったのか。それでも、リーダー呼びは、困るんだがなぁ。
心の中で、刀気はそう突っ込む。
そんなに、リーダー呼びがよかったのだろうか。そうなると、ブレイドガールズの時は、ランがカノアを、リーダーと呼ぶことになっていたはずだ。しかし、刀気の知る限り、ランがカノアを、リーダーと呼んだところは見たことはない。刀気とカノアで何が違うのだろうか、性別? 珍しさ? それとも……。
しかし、いくら考えても、答えは出なかった。本人のことは本人しか分からないので、思考を放棄する。
一応、リーダー呼びがよかったのか、と思っておくことにした。
刀気は、振っている手を止めから下げ、気を取り直すように、咳払いをし、二人の少女に声を掛ける。
「俺達、オーナーズ・オブ・ブレイドは、今、この時をもって誕生だ!」
高らかな宣言だが、今回は思わなかった。何故なら、さっき、こういうことによる反応を、知ったからだ。
その宣言に少女達は、同時に答える。
「ああ!」
「おう!」
その力強い言葉に、刀気は感銘を受けた。女の子に頼られるという、男なら一度は経験したいことを、ゲームなどではなく、実際にされていることにだ。
それを聞いたレイが、三人に向けて、言葉を発する。その時の顔は、気遣った時の、柔らかいものだった。既に、彼女の印象に、怖いというのは無くなっていた。今は、冷静沈着だが、優しさもある大人の女性、というものである。
「期待しているぞ」
その言葉を裏切らぬよう、カノア達と共に、頑張ることを、刀気は、感銘している顔を戻してから、心に誓う。
彼女らと会うまでは、ここがどこか分からなかったが、それでも、人が死ぬのは嫌だった。
異世界とか関係なく、どこにいようと、人は人なので、命は刀気もカノア達も同じだ。
なので、世界が違っても、死については、悲しむ。
この世界が『人間』の住む世界だとしたら、死んでしまえば、ゲームとは違い、永遠の終わりを意味する。
しかし、死のリスクは外獣と戦う刀気達の方が、上である。現に、マイや、レイ以外の先代ブレイドガールズが、戦いにより、命を落としていた。なので、刀気達が、戦闘中に死することは、十分あり得る。
異世界で倒れるつもりはないが、戦う限り、死と隣り合わせなのは、変わらないだろう。
誰一人として死なせたくない、などと大層なことではないが、刀気達でこの戦いと連鎖を終わらせ、この世界を救っていくと、改めて心の奥底に刻み込む。
死ぬのは、当然ながら怖いが、刻み込んだ以上、それを、果たさなければならない。
それともう一つ、外獣についてだ。怖さは、ある程度対処できるが、戦う以上、思い出しではなく、生で見ることは避けられない。そうなれば、自分はどうなっているのかは、断言出来ない。もしかしたら、あの時みたいに立ち尽くし、何も出来ずにいるのだろうか。かと言って、目を逸らしながら戦うのは難しい。しかし、立ち止まり、二人の足手まといになるのは、御免だ。それでは、果たすものも果たせなくなる。それに、足手まといになるということは、それだけ、彼女らが傷つく可能性が、上がるということだ。それは嫌だった。
自分のせいで誰かが傷つくのは、許容範囲外である。ゲームでは、そう思わなかったのに、いざ生身の相手となると、逆にそう思っていた。
ならば、何か対策が必要である。目に映るものにフィルターを掛けるのは、現実的には難しい。であれば、いっそ、目をつぶって戦うのは……いや、あまりにも危険過ぎる。それで傷つき、最悪、死んでしまったら、本末転倒である。だとしたら、彼女らに隠れて戦うか。だがそれは、男として避けておきたい行為であり、リーダーである以上、それでは、示しがつかない。
カノア達も、そんな刀気を見たくはないだろう。強さを認められているのに、それを発揮しないのは、カノア達の期待を裏切ることになる。それは、亀裂を生みたくない、という思いがあるので、裏切るわけにはいかない。
こうなると、後は、無理やりにでも、恐怖を克服するしかないのか。だが、それについては、確証があるわけではなく、ふとしたことで、戻ってくることはあり得る。それでは意味がない。それにもし、次に現れるのが、前のより怖いものだったら、行う前に棒立ちになるだろう。そうなれば待っているのは、二人が傷つき、最悪の場合、死に、そして自分も――。
――あれ? これって、詰みなんじゃねぇ。でも考えないと、最悪、俺だけじゃなくて、カノア達も死ぬことになる。俺のせいで仲間が死ぬという、重い罪を、罪人の俺が背負うとか、抱えた瞬間、ぺしゃんこになるじゃねぇかぁ。だから、何か一つ、一つだけでいいから、思いつかなけれは……。
刀気は考えているうちに、そう思った。
こうなれば、失敗すれば何も出来なくなるが、外獣が来るまで考え続ける、という最終手段を、取らざる負えない。なので、外獣が来る直前の自分に懸ける。
……ともかく色々と考えてしまったが、これにより、ここに、刀気を入れたブレイドガールズ改め、オーナーズ・オブ・ブレイドが発足した。