105.人質と戦い方
敵が人質を取る状況に駐在騎士代表は、苦し気な声を出したが、数瞬後に怒声を放った。
「くっ……、人質を取るとは卑怯な!」
人質の少女の首に腕を巻いている男は、開き直ったように怒り、針を首の寸前に寄せる。
「うるせぇ! 抵抗するってなら、こいつはどうなってもいいってことだからな」
よく見ると、先端辺りが紫色になっているので、恐らく、毒が塗ってあるのだろう。だとすれば、あれはただの針ではなく、毒針ということになる。どのような毒かは不明だが、それ故最悪の場合を考えるべきだろう。つまり、毒が致死性を持っている場合ということだ。
少女は、目に涙を滲ませ、怖がりながらも助けを乞うた。
「た、助けて……」
刀気は、その状況にあることが浮かび上がり、胸の痛みを感じた。
それは、かつて刀気が、ミウを除くカノア達と共に似た言葉を聞いたことである。その時は、外獣との戦いの黒幕である者が、少女の首を握り締めている状況で、少女が助けを乞うていた。刀気は、彼女を助けようとしたが間に合わず、その者が言い切る前に黒幕によって命を落とした。そこで初めて見た、人が死ぬ瞬間は、今でも鮮明に思い出せる。
駐在騎士代表は、敵に質問した。
「人質を取るということは、何か要求があるはず。貴様らは、我々に何を要求する?」
それに男は答え、最後に脅すような顔をする。
「決まってるだろうが、てめぇらの降伏だ。降伏さえすれば、人質は解放してやる。受け入れなければ、人質は殺す……!」
最後の殺すという言葉にだろうか、人質の少女は、引きつった声を出す。
「ヒッ……!」
男の言葉が本当であれば、こちらが降伏しない場合、怖がる少女は、あの時の少女のような末路を辿ると推測する。
その者と同じようになるのを阻止するため、刀気は、人質を救うことを決意した。
決意したものの、刀気は左斜めに向き、特徴的な装飾がある鎧を纏った女性に一応問う。理由としては、生死が関わっている以上、一個人の判断だけでなく、他の者の意見も聞いた方がいいからだ。
「……どうしますか?」
彼女は、こちらを向かずに返答した。
「我が国を守る以上、受け入れるわけにはいきません。しかし、そのために民一人を犠牲にするわけにもいきません。どうにかして、人質を救うべきです」
どうやら、人質を救うというところは刀気と同じだが、この者の場合、国と人質、両方を選んでいるようだ。
刀気は向き直し、今の状況について、口中で言葉にする。
――人質は、ゲームとかで何度か見たことがあったけど、確かそのときは、相手の気を引くようなことをしてその隙に救ったり、時間稼ぎをして他の者が救ったりなどがあったな。今回の場合は、どうするか……。俺としても、降伏はしたくないし、女の子が殺されるのも嫌だしな。気を引くにも、よくあるような何もないところを指して何かがあることを言うっていうのは、流石に引っ掛からないと思うし。時間稼ぎも、通じないかもしれない。それ以外で、相手に気づかれずに人質を救う方法かぁ。……ん? 相手に気づかれずに……? あ、あったわ、その方法。成功するかどうか分からないが、やってみる価値はあるな。
刀気は、右斜め下を向き、小声でそこにいるヤミに声を掛ける。
「ヤミ。俺、人質を救う方法を思いついたが、それにはヤミの協力が必要だ。やってくれるか?」
協力を求める以上、相手の同意が必要であるため、刀気は、それを行った。もし、ヤミが断っても、責めたり却下したりはしない。理由を訊き、それを基に判断する。刀気としては、仲間である彼女に無理強いするつもりはなく、それはもちろん、カノア達にもだ。ましてや、刀気が思いついた方法しかないとは限らないので、正当な理由の下での断りなら受け入れ、他の方法を考える。しかし、制限時間を決めていないとはいえ、いつ相手が待つことに限界を覚えるのか分からない以上、思考にあまり時間を掛けることはできない。
なので刀気は、固唾を飲んで少女の答えを待つ。
ヤミは、一度頷きつつ小声で返し、理由を付け加えた。
「……うん。実は、ヤミも多分トーキと同じことを思いついたから」
刀気は、頷き返しながら納得して、思いついた作戦を伝えることにした。
「分かった。互いに考えているけど、一応作戦を伝える」
そして、その内容を言うと、銀髪の少女は、了解を示すかのように首肯する。異論を唱えないということは、彼女の言う通り、そちらの考えもほぼ同じだと思われる。
すると、左耳に男の声が聞こえた。
「何こそこそと話してやがる。言っとくが、変な気は起こすなよ。した時点で、こいつの首に針をブッ射すからな」
刀気が向き直してから数秒後、右側に透明と化したヤミが駆けていくのが見えた。ちなみに、合図を出さないのは、敵に気づかれないようにするためである。
彼女は、人質を取っている男の影の隣に止まり、その左腕部分を斬る。
直後、男の腕から血が噴き出し、声を漏らして、驚いたように腕を離した。
「ぐわっ……!」
――よし、今だ!
刀気はそう思い、少女に対して叫ぶ。
「今すぐこっちに走って、そのまま逃げろ!」
後は、人質が逃げれば作戦は成功だが、それを伝えていないため、状況を察して動いてくれるかは不明だ。突然のことに驚き、それによって隙ができて、その間に敵が再び腕で人質の首を巻く可能性があり、もしかすると刀気達が何かしたと思い、人質を殺すこともあり得る。そう、今回の作戦の最大の懸念はそこであるため、少女がすぐ逃げることに懸けなくてはならない。
すると少女は、数瞬ハッとした顔になり、今度は必死そうな顔をして、こちらへ走ってきた。
「……!」
そして同時に、ヤミも表情こそ違うが、こちらへ走り始める。
少しして敵部隊が気づくが、時すでに遅く、少女二人は、刀気を通り過ぎていた。その少し前に刀気に近づいた少女が礼をしなかったのは、それをする暇はないと判断したのか、逃げるので精一杯だからなのかだとされる。しかし、状況が状況なので、礼より逃げることを優先したことは、間違ったことではない。刀気にとっては、感謝されるためにしたことではないので、あまり気にしていない。
通り過ぎてから数秒後に、足音が段々遠くなり、暫くしてから聞こえなくなった。音からして、人質にされていた少女だろう。
その一連の出来事に、カノアと駐在騎士代表が言葉を発した。
「そうか、そういうことだったのだな。よく考えたな、トーキ」
「まさか、人質を救えるとは……。ありがとうございます」
人質には逃げられ、傷を負った男は、針を腰掛けに入れてから傷口を抑えつつ口を開く。ちなみに、腰掛けにいくつか針があるところから、彼の武器は、針であるとされる。
「くっ……、てめぇら、何しやがった!」
するとランが、嘲るように返した。
「何って、てめぇが急に血ぃ出して、腕離したら人質が逃げたんだろうが」
「んなわけあるかっ!」
と、男が怒声と共に突っ込む。
確かに、突然出血することなど、通常ではあり得ない。なので、ちゃんと理由はある。
それは、刀気が思いついた作戦によるもので、内容は、ヤミが隠者の暗殺剣の能力で透明になり、敵の影を斬って腕の巻き付けが解かれた瞬間に人質を逃げさせるというものである。これならば、敵に気づかれずに人質を救うことができるのだ。
こうして、人質を救うことに成功した。
刀気は、かつての少女の時とは違う結末を迎えられたことに、安堵の息を吐く。
そうしていると、敵部隊の隊長が舌打ちし、言葉を続けた。
「……チッ、作戦は失敗か。だったら、一人残らず倒すだけだ!」
それに、彼以外の敵部隊から雄叫びが響く。
すると、駐在騎士代表の声が聞こえた。
「あの者達は、私達が倒します。皆さんは、部隊長の方をお願いします」
しかし、ランが異論を唱える。
「いや、オレ達もそっちに参加するぜ。あの野郎は、トーキとメザリアが行け」
指名された二人は、順に問う。
「え、いいのか?」
「皆さんと一緒に戦った方がいいのではないでしょうか?」
それに答えたのは、ランではなく、シャリアだった。
「ううん、ランの言う通り、二人の方がいいよ。だって、部隊長の武器、あれ遠距離武器だと思うし、人数が多いと、避けにくいからね」
続いてカノアが、同意を示した。
「そうだな。まあ、さらに避けやすくするなら、メザリアは自衛をした上で支援に徹するのもありだろう」
それらに刀気は、胸中で思考する。
――シャリアが言うように、遠距離武器相手に人数が多いと、避けにくいのは分かる。恐らく、真っ直ぐに飛ばしてくる以上、基本的には左右に回避しなければならない。だから、人が多いとぶつかったり、避けきれる幅を取れなかったりする。そうなると、上手く戦えなくなるので、断る理由はないな。
まあ……、メザリアがいるなら、魔法でバリアを張ってもらえば、ほぼ避けなくていいんだが。しかしそれは、刀気とメザリアの二人で戦う場合のことだ。以前、彼女から聞いたことによると、魔法の同時使用は、実質三つまでだという。なので、カノア達が加わると、バリアが足りなくなる。そのことを考えると、人数は二人の方が、メザリアが自衛しつつ支援しやすくなるだろう。故に、カノア達の提案には、異論はない。
遠距離武器相手との戦い方は、距離を詰めて接近戦に持ち込むのが主な戦法である。しかし、ただ単に距離を詰めればいいわけではなく、タイミングが重要だ。それを誤ると、場合によっては、敵が矢や弾を撃ったところに駆けてしまい、勢いのあまり避けきれず、直撃してしまう恐れがあるからだ。だが、タイミングを取るには、攻撃に対処しなければならない。その方法は、基本的に二つあり、それは防御と回避である。今回の場合、前者はバリアを張ってもらえばいいので、後者は不要のように思えるが、そう簡単にはいかない。
何故なら、魔法を剣に纏わせたときと同じ効果を得られる『ソードリンク』というものがあると、メザリアから聞いたことがあり、それを使う可能性があるからだ。もし、自衛のためのバリアにそれを使用した場合、魔法の同時使用数が二つとなり、残り一つになる。彼女が支援も行うとしたら、その一つはそれに使われるとされる。なので、刀気にバリアを張ることは難しい。そうなると、敵の攻撃を防御することも難しいだろう。故に、攻撃への対処は、回避になる可能性が高い。そのことも考慮すれば、少数で挑む方がいい。
結果的に刀気は、提案を受け入れ、二言目は、振り向いてから言う。
「……分かった、それでいこう。メザリアはどうだ?」
ここでもし断られても、ヤミのときと同じく理由を訊き、それを基に判断する。そもそも、少数にするのは戦いやすくするためのものであり、そうでないと勝てないわけではない。なので、その方法に拘る必要はない。
メザリアは、暫し考えてから、答えを出した。
「……確かに、カノアさん達の言う通りですので、私は構いませんわ」
刀気が向き直すと、駐在騎士代表が言葉を発する。
「お決まりのようですね。それでは、行きましょう」
そうして刀気達は、敵部隊へと駆け、同時に敵――部隊長は除く――も向かってきた。