101.報告書と隠し事
刀気達と別れたミウは、宿舎隣の宿屋に行き、ドアを開ける。
宿屋は二階建てで、一階はカウンターに幾つかのテーブル席と階段があり、ここは受付兼食堂となっている。
宿屋に入りドアを閉めると、女性の声が聞こえたので、ミウは振り返る。
「あら、今日もマーヤさんのところにいくの?」
その言葉については、これまで何度かミウは宿屋に来ており、その度にマーヤの部屋と行っているからだ。なので、彼女とは顔見知りである。まあ……、宿舎があるため、一度も利用したことはないが。
ミウは微笑み、女性――宿屋の店主に返答した。
「はい、少し話したいことがありまして」
店主も微笑みを浮かべ、口にした。
「そうかい。なら、行っといで。今なら部屋にいるからさ」
ミウは、頷いてからある程度歩き、右に曲がり、顔を改めつつさらに数歩進み、左に曲がって階段を上る。
上り終え、宿屋の二階に着いたミウは、左側の手前にあるドアの前に行き、ノックした。ちなみに二階は寝室で、部屋数は左右三つずつの六部屋である。
すると、聞き慣れた女性の声がしたので、自分が来たことを伝える。
「はい」
「わたしよ」
「ミウさん。……どうぞ」
入室の許可を確認してからミウはドアを開け、部屋に入り、そこにいた女性――マーヤに言う。
「お邪魔するわねマーヤ。さっき、トーキ達と宿舎に帰ったところだけど、少し話したいことがあって来たわ」
部屋には、左側にベッドがあり、右側に机と椅子がある個室である。真ん中の奥には、両開きの窓があり、机にあるランプで見える限りは、備え付けられているものは以上だ。幅は、個室とあってあまり広くなく、ベッドと机の間は、人二人分しかない。
机に座っていて、背を向けているマーヤは、振り向かずに返す。
「そうですか。もう少しで報告書を書き終えるので、待っていてください」
報告書とは、ミウのアイドル活動のもので、基本定期的に書き、収益の一部と共に、メロディアスへと送るものである。
前方の女性に待つよう言われたミウだが、ただ待つのは退屈だと思い、ドアを閉めてから向き直して、机の左側に近づき、それを見る。
すると、報告書とは別に封蠟で閉じている封筒に気づき、彼女に問う。作業中の者に声を掛けることに何も思わないわけではないが、作業が終わるまで待つより、今質問することを選んだので、ミウは質問したのである。
「? マーヤ、これは?」
ちなみに封筒は、以前来ていた数日前にはなかったので、その後にあったものだろう。そういった、前にはなかったものということも、質問した訳の一つである。
ミウが質問しているものが分かったのか、マーヤは、まるで一瞬の出来事のようにペンを置いて、封筒を取り、抽斗に入れた。
そこでミウは、疑問に思う。何故、今封筒を抽斗に入れたのかと。ミウが部屋に入って来るとしたら、封筒を入れてから、入室の許可を出すと思われる。しかし、それをしなかった。考えられるのは、報告書を書き終えるまでミウが待っていると思い、封筒には気づかないとしていたか、集中していて、声を掛けられるまでミウが近くにいたことに気づかなかったかだとされる。前者なら、マーヤの思い違いで、後者なら、集中によるものだ。彼女は、集中すると周りに気づきにくくなるので、十分あり得ることである。真意は分からないものの、このどちらかだと、ミウは踏んでいる。
一連の行動を終えた女性は、こちらを見て答えた。
「い、いえ、何もありませんが?」
ミウは、首を横に振って否定し、隠したことを問い詰める。
「いいえ。わたしの目は誤魔化せないわ。マーヤ、何か隠したでしょう」
ミウとしては、別に怒っているわけではなく、行動を訝しく思った上の問いである。
ダークブロンドの女性は、申し訳なさそうな顔をして唇を開いた。
「大したものではないので……」
そんな反応を見てミウは、胸中で言葉を連ねる。
――マーヤが隠し事をするなんて、わたしが知る限りでは初めてだけど、何なのかしら。隠した時の動きは早かったけど、その後の目が泳いでたから、多分大したものではないわけじゃないのよね。あんな見え見えの動揺をするくらいだし。それにしても、少し見えた感じだと、手紙みたいだったけど、何で隠すのかしら。
マーヤのことは、数年経っても知らないことはあるが、真面目な性格のため、隠し事をするような人ではないと思っていたので、今回のことに疑問を抱いたのだ。そもそも、物を隠す行動自体初めて見るので、意外にも思っていた。
ちなみに、中身を見ていないものの手紙だと予想したのは、封蠟で閉じていたところから、中身があると推測し、封筒の中にあるものとして浮かんだのが手紙だからだ。といっても、他のものが入っていることも考慮しているので、断定はできないが。
ミウは、再び否定し、理由を付け加える。
「噓。何でもないと言っていて、目が泳いでいたわよ」
そう、隠した後に答えた彼女の目は泳いでいたのだ。マーヤは、普段あまり表情を変えないので、目が泳ぐなど、初めて見るものである。
マーヤの片眉がピクリとするが、彼女は表情と顔の向きを戻してペンを持ち、口を動かした。
「……もうすぐ書き終えますので、その後に――」
それをミウは、隠したものの正体を言うことで遮る。まあ……、断定できていないので、揺さぶりをかけるためのハッタリだが。
「さっき隠していたの、手紙でしょ」
マーヤは、再び目を泳がせて言う。
「そ、そうですが、今はまだ見せる時ではありません」
どうやら、予想通りあの封筒の中は手紙のようで、ハッタリのつもりが的中したようだ。
眼前の女性の言葉からミウは、浮かんだ推測を口にした。
「その口ぶりだと、わたしに関係あることなのね」
なので、恐らく、ミウに宛てられた手紙だとされる。
そして、心の中で、新たな疑問を抱く。
――それなら何故隠すのかしら? 今はまだ見せる時ではありませんっていうのが気になるけど、本当にそうなの?
ミウは、眼前の女性へ、確かめるように問い掛ける。
「本当に今はまだ見せる時ではないの?」
もし、本当だとしたら、見れないわけではないが、噓ならば、何故そうしたのか問わなければならない。ミウが知る限りでは、マーヤが嘘をついたことはなかったが、これまで見せた初めて見ることによって、彼女の知らなかったことを知っていく以上、必ずしも本当とは限らない。故に、本当か噓か、両方を想定する必要がある。
マーヤは、一度頷きつつ答え、二言目で新事実を告げる。
「はい、理由は言えませんがそうです。……それに、手紙を書いたのは私ですので」
肯定したということは、今はまだだが、いずれはその時は来るということなので、今すぐに手紙を見る必要はないだろう。見ることができないのなら、明確な理由を求めるが、いずれがあるのならば、その時を待つ。
その後、二言目についてミウは、引っかかりを覚え、言葉を零す。
「マーヤが、わたしに……?」
眼前の女性は、頷いてから口を開く。
「マネージャーが担当アイドルに手紙を書くのは、あまり聞かない話ですが、あの手紙はマネージャーとしてだけではなく一個人としても書いたものですので、ミウさんに宛てたマーヤの手紙でもあるのです」
「…………」
「どうしましたか?」
ミウが目を丸くしていると、マーヤがこちらを向き、声を掛けてきたので、顔を戻して応えた。
「い、いえ、マーヤでも私情を挟むことがあるのね」
彼女は、半眼を作りながら口にする。
「私を何だと思っているのですか」
「融通が利かない真面目マネージャー」
そう、ミウは即答する。といっても、マーヤについては他にもあるが、何故かあのように言ってしまったのだ。言い過ぎていることは自覚しているので、ミウは、頭の中で反省する。
マーヤは、目つきを戻し、息を吐いてから言い始めた。
「……そうですか。ですか、私とて個人的になることはあります。まあ、あの手紙以前は、あまりありませんが」
ミウは、少々面食らったものの、納得した。
「そう、なのね。考えてみれば、真面目とはいえ、マーヤも人間なのだから、そういうことくらいあるわよね」
それにしても、何故ミウ宛ての手紙を持っているかが分かった。マーヤが書いたのならば、送っていない限り、本人が持っているのは当然である。
ふと、ミウはそこで、あることに気づく。それは、今抽斗にある手紙が、来ていないうちにあったのではなく、椅子に座っている女性が書いて、封筒に入っている状態で机に置いていたことだ。それが、いつ書き始められ、終えたのか明確には分からないが、時期によっては、何故送らないのかが疑問になる。――いや、見せる時が決まっているのであれば、その疑問は発生しない。理由としては、その時に送ると思われるからである。故に、未だ手紙があるのだ。
数瞬後、ミウは息を吐き、これ以上このことに時間を使うわけにはいかないということもあって、内容不明の手紙についてはここまでにすることにした。何故なら、このままだと、なかなか本題に入れないからである。
「……いいわ。あなたが隠し事するなんて珍しいけれど、話したいことがあるから、これ以上詰めない」
マーヤは首肯し、報告書を書くのを再開させた。
それから暫くして、マーヤはペンを止めて、それを置き、声を出す。
「……書き終わりました。話とは何ですか?」
そうして、椅子の向きを変え、こちらに向くマーヤにミウは、踵を返して、その先にあるベッドに座る。
そしてミウは、一度頷きつつ、本題に入る。
「ええ、今日トーキ達とこの街の教会に行ってきたの。メザリアによると、そこは孤児院も兼ねているのよ」
メロディアスでは、そのような構造の教会はなかったため、当時、内心で驚いていた。
「孤児院、ですか」
マーヤは、小首をかしげてそう言う。
ミウは、少し顔を緩め、口を開く。
「そしたら、昔のことを思い出して」
その後、口中で、その時のことを思う。
――まあ、トーキに声を掛けられて、咄嗟に誤魔化したけど、何故か突っかかってこなかったのよね。でも、話すと長くなるから、あの時はそれでよかったんだけど。
しかし、考えてみると、何故刀気はあの時追及をしなかったのか、疑問に思った。当時の呟きは、何か意味ありげな感じだったと自覚していたので、誤魔化しても、何らかの追及が来ると予想していたのである。しかし刀気は、それをしなかった。考えられるとしたら、何かを汲み取った上のことか、誤魔化したつもりが納得されたのか、単に気になっただけで、それほど重要なことではなかったのかなどとされる。納得の方は、無言だったので他より考えにくいが、それ以外は無言でも十分にあり得る。その時の刀気の顔を思い出しても、無表情であったため、そこから感じ取ることはできなかった。結局、刀気が追及しなかった訳は分からずじまいである。
すると、ミウのマネージャーは、考え込むような仕草をして問い掛けた。
「昔……、もしかして、私と出会った頃のことですか?」
ミウは頷き、問いに答える。
「それもあるけど、初めてメロディアスの孤児院で歌った時のことをね」
そうして、当時のことを思い出す。
「あれは、確か――」