戦士の盾 5
「それで、この盾はどうするの? 北の国ならソリ代わりにもできたでしょうけど」
暗くなった雰囲気を明るく変えたいのだろう、ケーテルおばさんが話の方向を変えた。
父が眉をひそめた。
「ソリ扱いするな。武器だぞ。灰色熊を跳ね上げた伝説の、戦士ギンの大楯だ」
抗議の口調は少し偉そうでディアンは驚いたが、ケーテルおばさんは肩をすくめただけだ。
「とりあえず、この盾もイーシスに見せようと思っているんです」
「イーシスくんって、本当にすごい。伝説の武器に料理を手伝わせるなんて。王様みたいね」
くすり、とケーテルおばさんが笑う。
父も笑う。
「俺も否定できない。イーシスには、王のようだ、なんて冗談でも言わないが」
『イーシス』
盾の幽霊がつぶやいて、ディアンを見てくる。
弟が気になってきた様子だ。
「これからイーシスに見せてきます」
「あぁ。困ったらいつでも来い、ディアン」
「・・・私は、無関係の、知らない立場で良いかしら」
「はい。大丈夫です」
「大丈夫だ」
ケーテルおばさんは安心したようで、いつも通りの雰囲気で優しく笑んだ。
***
さて。
ディアンはイーシスの元に盾を運んだ。本当に重い。
イーシスはこの盾を扱ってくれるだろうか。調理目的でも。
盾も納得するだろうか。
心配を抱えたディアンに対し、会ったイーシスは伝説の盾だと聞いて手放して喜んだ。
完全に、素敵な贈り物を貰った子どもの笑顔である。
間違いなく便利道具扱い。
「重くても大きくても大歓迎だよ。新しい力を見せてくれると思うんだ」
そう言うイーシスには、やはり幽霊は見えていない。
妖精の笛ツィカは見えているし、会話もできるのに、どうしてだろう。
笛は妖精なのだろうか? 幽霊は見えないけど妖精的なものは見える? わからない。
さてその笛は盾を見て、明らかにゲッ、と嫌そうな顔だ。
盾の方も不機嫌そう。ひょっとして仲が悪い?
ただ、イーシスの大歓迎に、盾の幽霊はそわそわしてもいる。嬉しそうな様子を隠しきれていない。
尋ねられ、幽霊が答えた逸話をイーシスに伝えておく。
一番有名なのは、父も話していたが、狂暴で巨大なクマの突撃を受け流し、上空に跳ね上げた伝説らしい。
この盾は、守りつつ、敵の力をいかに攻撃に転じるか、という部分が有名な雰囲気。
「わかった。じゃあ、できることがあったら自発的にやってみてほしい。できれば僕が気づくように。頼めるかな」
力を料理に使う気満々のイーシスの傍、妖精の笛ツィカが口を出してきた。
『何もこいつを使わなくても』
イーシスがツィカを見た途端、盾の幽霊が声を荒げた。
『貴様! いつもふらふら適当にしている者が、誠実実直かつ勤勉さを誇る私を侮辱する気か!』
『黙れ。見てももらえていない者が吠えるな。邪魔なんだよオッサン!』
「完全に仲が悪い」
ディアンは困ってつぶやいたが、イーシスは妖精の笛ツィカに話しかけた。
「ツィカはこの盾と話せるのか。じゃあ、僕に通訳をして欲しい。助かるよ!」
『は!?』
妖精の笛ツィカが驚いている。
ディアンも口を出した。
「それなら、斧も、槍の幽霊も、いる。王冠を被ってるんだ、それぞれ別の幽霊だけど」
「ツィカ! お願いしたい。すごく助かる。ツィカが頼りだ。通訳、してくれないか?」
イーシスの真剣みを帯びた表情と声に、妖精の笛ツィカが飲まれてる。
チラッと盾の幽霊を気にしたものの、徐々に照れたようになってきた。
うつむき加減に、文句口調ながら、イーシスに答えた。
『イーシスに、感謝してもらえるなら、分かったよ。俺、凄いし。何でも出来るからさ』
イーシス、どれだけ好かれてるんだ。
一方のイーシスは笑顔になった。
「ありがとう、ツィカ!」
『まぁな。うん、俺は最高だろ!』
と胸を張りだした妖精の笛。
ディアンは、盾の幽霊にそっとつぶやいた。
「仲良く過ごしてね。悩んだ時には、僕が帰ってきた時に、聞くから。思いつめないで過ごして欲しい」
『わかった。世話になる』
盾の幽霊がうなずいた。真剣に。
ただ、元気になっている様子に見える。
少なくとも、イーシスが安心させてくれた。
「イーシス。また次に僕が帰ってきた時に様子を教えて」
「うん」
イーシスは新しい武器に非常にうれしそうだ。
盾も落ち着いている。
ひとまずは大丈夫、とディアンは胸をなでおろした。
***
家に戻って3日目に、国からの手紙が届いた。
ちなみに今回は顔が現れることなく普通だった。不評だったのかな。
内容だが、ディアンが盾を持ち出した日から、山が動くこともなく、討伐しただけ敵の数が減り、平和を取り戻した、と連絡があったということだ。
ディアンへの感謝と、白いトラのぬいぐるみが直ったか気にしている、との事。
ディアンは返事に、トピィは母が丁寧に慎重に直してくれている最中、山の異常は解決して本当に良かった、と書いた。
元凶となった盾は、幽霊がこちらを気に入った様子なので、こちらで保管させてもらいます、とも書いておく。
そしてさらに3日。
親友ルルドのところで船の整備をしたり話をしたりして過ごすディアンの元に、妹のアイシャが走ってきた。
「ディアンお兄様、トピィがとても綺麗に直ったのよ!」
目をキラキラさせて、抱きしめていたトピィを差し出してくれる。
トピィがパタパタと両手両足、頭しっぽ、と動かした。
元通りだ!
「ありがとう! お母様は?」
「ぬいぐるみ作りのお部屋よ。ディアンお兄様に早く見せてあげてって!」
「良かったな、トピィ」
親友ルルドも覗き込んできて嬉しそうだ。
母が無事にトピィを直してくれた。
本当に良かった。嬉しくて少し泣きそう。
「あと3日で、トピィの旅の服を作ってあげるってお母様が言っているのよ。トピィの服に、防火とか色んな魔法をつけてもらいましょう、って」
「トピィにはつけないのか?」
と不思議そうな親友に、トピィがふるふると首を横に振った。
「トピィに不都合なのかもしれない」
「そっか」
「急いで作って欲しいなら、トピィを持ってまたすぐお母様のところにきて、ってお母様が言っていたわ」
「うん、わかった」
***
お礼を直接言うためにも、ディアンはアイシャも連れて母の元に向かう。
トピィがディアンの背中や頭によじ登ってみせてくる。
ディアンは嬉しくて笑顔になる。
妹のアイシャも嬉しそうだ。
もう子どもではないのにぬいぐるみを大事にしている、と他の人から馬鹿にされることもある。
でも、友達だ。
大事なのは当たり前だ。
トピィは、勇者の相棒もしてくれる。
会えた母に、トピィを抱くようにしつつお礼を言ったディアンに、母も嬉しそうだ。
無事に元通りで良かった、と母も言う。
ただの動かないぬいぐるみになる可能性もあった。
作り手の母ですら、動くぬいぐるみと動かないぬいぐるみの違いが分からないのだから。
「トピィはディアンのお守りでディアンの騎士だもの。トピィ、これからもどうかディアンを守ってね。どうかよろしくお願いね」
そんなお願いにディアンの腕の中のトピィが頷いている。
「トピィの方が僕より大人みたいだ」
「あら。実際、トピィの方が年上よ。あなたたちが生まれる前からの付き合いだもの」
母がどこか懐かしげにする。
そうなんだよな。
外見と動きに、幼く見てしまうけど。
「もし、僕が勇者で有名になって伝説を残すなんてことがあったら、トピィは伝説のぬいぐるみになるのかな」
最近、伝説の武器との関わりが発生するディアンだ。ふと冗談で話しかけると、トピィは少し困ったらしい。見上げてくる。
「調子に乗らないのよ。伝説や名誉なんかより、二人とも無事で帰ってくる方が大事なの。良いわね?」
と母親が真面目にディアンに言った。
「例え歴史に悪く思われても、ディアンが望んでしたなら、お母様もきっとお父様も全く構わないの。無事でいてくれる事が何よりも大事なのよ。分かった?」
「うん。悪くはなるのは嫌だけど」
「そうね。でも栄光なんかどうでも良いレベルなのよ」
笑って、母はディアンの腕、そしてトピィの頭を撫でた。
***
さて。ディアンはトピィを連れ、イーシスたちを見に行った。
するとイーシスがニコニコしていた。
今、盾が料理の配膳が出来た、と。
テーブルの上にセッティングされている皿。そこに向かって、鍋から、熱々の料理が飛び上がっていく。
そしてすべての皿に料理が着地した。すごい。
でも・・・。
ちょっと・・・。汚れもだ。
イーシスが言った。
「槍の手は丁寧で本当に安心できるんだけど、盾の方は一瞬で配膳してくれそうだ。今は見ての通り、乱暴な感じだけど」
説明してくれるイーシスの傍、妖精の笛が豆のような物を盾に放り投げ、盾の幽霊がそれを皿に向け飛ばし上げはじめた。
豆は皿に着地し、消えていく。幽霊的?
何にしても、自主的な練習を始め出した様子。
「色々できそうで楽しみ」
嬉しげなイーシス。
盾の幽霊は真剣。
妖精の笛は協力的。
イーシスが、やはり凄い。
「イーシスがいてくれて安心する」
「僕はディアンに感謝してる。本当にありがとう」
「また、持ってくるつもりでいて、大丈夫だよね?」
「ぜひ!」
快諾するイーシスに、幽霊たちが幸せそうに笑った。




