戦士の盾 4
扱えるのは分かったけど。
困った。
たぶん親友ルルドは、幽霊のこととか全て話したら受け入れてくれる。そういう優しい性格だ。
ただ、本当は不要なのを、押し付けてしまう事になるだろう。
それが発端でディアンを嫌うことは絶対にないし、盾もぞんざいに扱ったりしない。
しかし、ずっと扱いと置き場所に困ったりしそう。
イーシスのように、便利な使い方をこの盾に見つけてくれたらいいんだけど。
この盾の方も、何に使われる事なく倉庫の置物にされる事に耐えられるだろうか。
さて、盾が一生懸命頼む動きを3つほどやってくれた親友は、不思議そうに言った。
「運動になるけど、それよりこれ、急いで手入れしたほうが良いんじゃないのか?」
話を戻してくれて、手入れに戻ることができた。
***
盾は親友の手入れにも感嘆した。
積もった汚れを取りきれいに磨いてもらい、緩んでいた部分もしっかりしめてもらい、ゆがみや凹みも直してもらった。
お礼に、先程ケーテルおばさんに貰ったお菓子を進呈しようとしたが、出所を見抜かれて笑われ、クッキー数枚であとはディアンくんが食べなよ、ということだ。
ディアンも照れ笑いして残り全てを受け取り直す。
この後どうするの、陸の船のスピード競争する? と親友に聞かれたが、盾の取り扱いを早く慎重に終えたいディアンである。
ひとまず、親友ルルドのところは退出し、そもそもの予定通りに父に盾を見せに行くことにした。
父たちは仕事中だったが、
「おかえり。ディアン」
「おかえり、ディアンくん」
自分の父と、親友の父ブルドンおじさんがディアンに気づいて声をかけてくれる。
とはいえ忙しそうな雰囲気だ。
食事の時間まで待つべきかと迷ったディアンに父が気づいた。
「どうした」
「聞きたいことというか、相談があって」
「久しぶりに戻ってきたんだ、ディアンくんを優先してあげて、ノア」
父の雇用主であるブルドンおじさんに言われ父がうなずく。
「お言葉に甘えます」
部屋を出て、廊下の壁に立てかけておいた盾を取り上げるディアンに、父が目を丸くした。
「戦士ギンの大楯か?」
傍で幽霊がうなずいている。感激に目を潤ませ始めている様子を見て、ディアンはうなずいた。
「そうみたい」
「相談とは、どうしたんだ?」
「今回の勇者の仕事の原因が、多分この盾だったんだ。影響と被害が酷くて、置いておけないと思った。イーシスが他の武器を使ってくれているし、お父様に見せたくて、とにかく家に持ってきたんだ」
別室に移って、お菓子の残りを父と食べつつ、ディアンは相談する。
盾の幽霊が確認してほしい、と言ってきた事を、ディアンは父に尋ねた。
「僕には幽霊が見えてて、ほかの武器もそうだったんだけど、会話もできるんだ」
「血筋だけなら俺やイーシスにも見えるはずだから、ディアンの力かもしれないな」
「理由は僕にもわからないけど、とにかくこの盾の幽霊が、ルルドくんなら自分を使いこなせるって言うんだ。それで、ケーテルおばさんは、お父様と同じ国の生き残りじゃないのかって、お父様に聞いてほしいって言ってる」
ディアンの言葉に、急に父が真顔になり黙り込んだ。
それから難しい顔になり、尋ねられた。
「それを、ケーテル様やルルドくんに話したか?」
「ううん。言ってないよ」
ディアンの答えに、父は明らかにほっとした。
「・・・ディアンは勇者だ。だから、隠されているものを知ることも増えるのかもしれない。お父様の事も、ディアンが伝説の武器を見つけるまで、昔の滅んだ国のことなど、話さなかっただろう?」
「うん」
「俺が話したのは、話すきっかけがあったからで、ディアンが俺の息子だからだ。息子たちだから、俺は打ち明けようと思った。ディアンたちは約束を守ってくれる。そう確信できた。外に漏らせば今の暮らしが壊れかねない。それを十分理解してくれると判断できたからだ」
「うん」
「それでいて、俺が伝えたかった。祖先や、国や、伝説や英雄のことだ。消えてしまう。誰も覚えず無くなってしまう。俺が子どもの時に憧れて胸を躍らせた伝説なんかを、ディアンたちに伝えたかった。表に出してはいけないが、親から子に秘密に伝えていける。俺は、息子たちには知ってもらいたかったんだ。・・・アイシャはまだ話していないがな。もう少し大人になったら話そうと思う」
「・・・うん」
「ただ。それは俺が、俺自身の家族に対して下した判断で、考えだ」
「うん」
ひょっとして、という思いが強くなる。
ケーテルおばさんも、生き残りなのだ。
だけど、今まで、ディアンはそう聞いたことが無い。
違う家族だからかもしれない。
「・・・ディアン。秘密を守るな?」
「うん」
「ディアンに盾の幽霊が見えて、その幽霊が言ったと、ケーテル様に伝えてくる。ただ、お母様でさえ、ケーテル様も生き残りだと知らないだろう。そもそも俺のことだって詳しく分かっていなかっただろう。まぁ、お母様はそういう、細かな事を気にしないからだろうが。これ、悪口じゃないぞ」
「うん」
「だから、お父様とディアンの秘密だ。今から来てくれるなら、ケーテル様との秘密になる。良いな」
「うん。あ、そうだ、お母様は今、トピィを直してくれてるはずなんだ。だからケーテルおばさんは一人でいると思う」
「わかった。捕まえやすい。ディアンはこのまま待っていてくれ」
「うん」
父が部屋を出て行ってから、ディアンは盾の幽霊を見た。
無言で難しい顔をして、父が出て行った扉の先を見つめている。
***
父がケーテルおばさんを連れて戻ってきた。
ディアンを見て、仕方なさそうに笑まれてしまって、ディアンは失敗した、と思った。
ケーテルおばさんは生き残りだと知られたくなかったのだ。間違いなく。
ケーテルおばさんは盾を見てから、困った様子で言った。
ディアンに視線を戻してから、こういった。
「話を聞いたわ。幽霊が見えているのね。体調は大丈夫?」
「はい・・・」
「ごめんなさいね。私、確かに、あなたのお父様と同じ国の生まれよ。でもね、私には、不愉快で暗い気持ちしかない国なの。嫌いなのよ」
どこか視線を落として、苦笑を浮かべて話し始めたケーテルおばさんが、ディアンに視線を戻す。
「私はとても今幸せなのよ。だから、私の子どもたちには、そんな国の血筋なんて、知らないで生きていて欲しいの。知ってほしくない。私はね、ディアンくんのお母様の侍女だったのよ。滅んだ国の生まれだという事は隠して働き出したの。幸せになれたのはそこからよ。お陰で、旦那様のブルドン様と出会って結婚までしてもらえたの。私は、元の国の事は、無かったことにしたい。誰にも分からない箱に入れて鍵をしっかりかけて、誰も来ないところに隠して捨てる。そうしたい。子どもたちが絶対に知らなくていいように」
どこか自嘲する笑みで。
父とケーテルおばさんの二人ともが、いつもの雰囲気と全く違った。
重くて暗い。
ディアンの緊張に先に気づいたのは父だった。
父が困ったように表情を緩めた。
「申し訳ないが、ディアンに考えを話してやってもらえませんか、ケーテル様」
父は、雇用主の妻であるケーテルおばさんをこう呼ぶ。丁寧に。
いつもの雰囲気に、ケーテルおばさんも少し雰囲気を戻してくれた。
「怖い顔になってしまってごめんなさい。言いたかったのは、私は、自分の本当の出自の事は、一生子どもたちには教えないし教えたくないという事。継がせたくないの。盾がルルドを気に入ったそうだけど、嫌なの。ルルドに持たせたくない。ルルドが欲しがったなら仕方ないけど、でも嫌なの。盾が素晴らしくてもなんでもよ」
ケーテルおばさんは途中から視線を盾そのものに移していた。
「生き残りを尊重してくれるなら、私の気持ちを、願いを守って。私は今、盾に話しています。むしろ命令したい。私の息子に関わらないで。永久に!」
『わかった・・・』
小さな声が聞こえた。盾の幽霊だ。
ケーテルおばさんの前に行き、考えるような、申し訳なさそうな、それでいて真摯な様子に見える。
『守ろう。それが私の役割なのだから』
「盾の幽霊が、守ろう、それが自分の役割だ、って言っています」
ディアンが通訳すると、ケーテルおばさんは肩の力をぬいた。
「それなら、良かった。ごめんなさいね、ディアンくん。怖いところを見せてしまったわ」
「いいえ。僕が、悪かった」
「いえ。ディアンくんは幽霊のことを伝えてくれただけ。嫌な役割をさせてごめんなさい」
「ディアン。ルルドくんたちに絶対言わないと、今しっかり約束して欲しい。ケーテル様に」
父の言葉に、ディアンはしっかりうなずいた。
ケーテルおばさんを安心させたいからだ。
「僕、ルルドくんたちに、ケーテルおばさんが滅んだ国の人だと、絶対に言わないし、教えません。他の誰にも言いません。誓います。こういう武器の幽霊と会った時だけ、お父様の事だけを、話します」
「ありがとう。ごめんなさい。ディアン君に、ルルドへの秘密を持たせてしまうわ。ごめんなさい」
「ううん。僕が秘密にする事を、ルルドくんなら分かってくれると思うから、大丈夫です」
自分こそ、知られたくない秘密を知ってしまった申し訳なさが膨らむ。
知ろうとして知ったわけではないけれど。




