戦士の盾 3
空の船なので、陸路ほど移動に日数を必要としない。今回は7日ほどで帰宅できる。
その帰路で。
『待て。ディアンの父こそが、当時の戦火を生き抜いたものだ。そんな者と会うのに、私はこんなに落ちぶれて汚れはてた』
あと2日で家につく。そんな時に、急に盾が嘆き始めた。
泥だらけだし錆も出ている。曲がっているところもある。
そんな姿で、ディアンの父と対面したくないらしい。
それなら、とディアンが盾自身の指導を聞き、手入れをしたが、納得してもらえない。
『これでは、いや、ディアンの気持ちはありがたい、しかし・・・武具の手入れの専門の人間はいないだろうか』
ディアンを労いつつも、こんな調子である。
「僕に弓を教えてくれた冒険者なら盾の手入れもしてくれるし絶対に上手だとは思うけど、すぐに連絡が取れないし・・・家に着く方が早いよ」
ディアンが困ってそう話したところ、盾は大人しくなったのだ。
しかし、どうやら納得していなかったらしい。
『町に寄ってくれないか。私を磨いてもらいたい』
と盾が再び訴え始めた時、家は窓の外に見えていた。
うーん・・・。
ディアンはとても困った。
いつもならトピィに相談に乗ってもらうが、今はボロボロで動かさない方が良いから、頼りたくない。
諦めて欲しい。どうすれば良いのか。と悩むディアンの脳裏、尊敬する親友の顔がポンと浮かんだ。
そうだ。ルルドくんなら。
ディアンは顔を上げた。
「同じ家に、僕の親友の、ルルドくんっていう人が住んでいるんだ。すごく頼りになって、僕より船の操縦がうまくて、修理も得意で、この船のメンテナンスもルルドくんなら上手にできる。武器の職人ではないけど、ルルドくんに手入れをお願いしてみよう。少なくとも僕よりうまくやってくれる、絶対に」
『いや、しかし、専門の職人でないというなら・・・』
「納得できなかったら、仕方ないというか、町に行くけど・・・。先にルルド君に見てもらってほしい。だって、もう家はそこだ。窓からお母様たちが手を振ってるの、見える?」
ほら、と盾を起こして窓の外、6階建ての家の窓から手を振る人影を見せてみると、盾は少しおとなしくなった。
『わかった・・・』
***
船から降り、ディアンは居間に向かう。
ディアンの母と、親友ルルドの母であるケーテルおばさんの2人がにこやかに迎えてくれた。
おかえり、ただいま、の挨拶と抱擁を交わす。
それからすぐ、ディアンは荷物から大事に取り出したトピィを母に見せた。
「腕だけ動いて、生きているんだけど、直して欲しい」
母たちはトピィの状態に驚いたが、ピョコリと動いた腕に少しだけ安心したようだ。
分かったわ、すぐに直すわ、と母は急いでトピィを持って部屋を出ていった。母が家にあるぬいぐるみを作ったのだ。
さて残ったケーテルおばさんに、
「ルルドくんはどこですか?」
と確認する。
「いつものルルドのお仕事部屋にいるはずよ」
「ありがとう」
手渡されたお菓子を受け取り、荷物にいれて背負い、部屋の外に立てかけていた盾を掴む。
見送りに部屋から出てきたケーテルおばさんが見ていて、不思議がられた。
「それ、とても大きなものね」
「今回の仕事で、持ち帰った方がいいと思ったので持ってきたんです」
亡国の、という説明は家族以外にしない約束だから、大雑把な説明だ。
とはいえ、以前に別の伝説の武器を持ち帰った時は、感激した父が具体的な国名などは出さずに、素晴らしいものだと親友一家にも披露したが。
重そうね、気を付けて、という言葉をもらって、ディアンは盾を連れて親友ルルドのいるはずの場所に向かった。
ところで今日は客人が来ていないらしい。静かだ。
人の気配が無い廊下で、盾の幽霊がいぶかしむように聞いてきた。
『生き残りは、父親だと言っていたが、母親もか?』
「いいえ。父だけです」
『今のが、母親か?』
「いえ、先に部屋から出た人がいたでしょう。ボロボロのぬいぐるみを持って。そっちが母です」
『では、今のは誰だ』
不思議なことを聞く、とディアンは思った。ケーテルおばさんに興味を持っている様子。
「ケーテルさんで、今から会うルルドくんのお母様です」
幽霊は納得していない妙な表情で、黙り込んだ。
***
さて、ディアンは親友のルルドの元にいって、大きな盾を見せた。
手入れできるかを聞いてみると、盾の手入れなんてやったことがない、むしろ持った事さえない、という返答だ。
そうだよね。
傍で幽霊がじぃっと物言いたげに見てくる。
ディアンはルルドにお願いしてみた。
「手入れの方法はわかるんだけど、僕では足りないみたいで、技術とか」
「ふぅん?」
「方法を隣でいうから、手入れをしてみてもらえたら、すごくありがたいんだ」
「わかった。やってみる」
親友はあっさりと引き受けてくれた。
快諾の後に気になりディアンが尋ねたところ、仕事の方は、別に1日2日遅れても大丈夫だから大丈夫、という回答だ。
彼らしいし、本心からだと分かるので安心できる。
さて。そんなわけで。
「その突起、裏から回転させて引いて、隙間を調整するんだって。その際に汚れをふき取ってきれいにする」
伝えておいてなんだが、盾の要望は細かい気がする。
「んー。ここかな。あ、なるほど。汚れかぁ。薬品使った方がよさそうだ。使っていいかな」
「変色しない? あと、劣化しない?」
と、盾がすぐ横で言ってるんだ。
「うん。金属だから、そこは大丈夫なの選んで使うよ」
「じゃあお願いします」
道具を使いながらてきぱきと手を動かして要望に応えてくれる親友が、ふと宙を見上げ何かを探すような仕草をした。
そして、不思議そうに手元を見る。
「どうかした? ルルドくん」
「これたぶん、伝説の武器とかだろ、たぶん」
「うん」
すごい。親友にはわかるらしい。
「やっぱり。なんかわからないけど、何かいる気配がたまにするんだよな。イーシスくんのところの武器もそんな感じだから、仲間かなって思ったんだけど、当たりか」
「うん、当たりだよ」
ディアンが感心していると、盾がそっと聞いてきた。
『ルルドくんは、盾を使う気はないか』
え。何を突然。
ルルドくんを気に入ったのか?
『ルルドくんは、ケーテルさんの息子だろう。間違いない』
幽霊がここにいる、というと怖がらせそうでルルドには言っていないので、ディアンは小さくうなずくだけに留めた。
すると、盾は酷く真剣な顔で頷く。
『ルルドくんなら、私を扱える。十分に。素晴らしい。彼に、私を使う気はないかと、聞いてくれないか』
どうしよう。
要らない、と言われると予想できたディアンは困惑したが、この幽霊の話を聞けるのは自分だけだ。ルルドに伝えてみなければ。
「あの、良かったら、ルルドくん、この盾ほしい? 大きいから僕には使えないけど、ルルドくんなら使える気がするよ」
「え? なんで? 盾なんて使わないから要らないよ。僕が貰っても仕方ないだろ?」
不思議そうに首を傾げられた。
うん、分かるよ。
『頼むから私を持って構えてくれないか!』
聞こえないルルドに向かって幽霊が懇願しだした。
「えー。あの、ちょっと、お願いがあるんだ」
「うん。何?」
『立って、こう、構えてくれ!』
「僕にはできないんだけど、ルルドくんならできるかなって、あの、立って、こんな、こんな風になるように、持ってみてくれない?」
ディアンがしどろもどろになっているのを不思議そうにしつつ、気の良い親友は手入れを止めて立ち上がり、要望に答えてくれた。
立ち上がり、構える。ぐっと力を込めて、押し出すようにして少し上に傾ける。左に、右に。
確かにルルドくんなら扱える。
とディアンにも分かる気がした。
親友は、大柄でがっしりしていて、力持ちだ。
本人はデブだデブだと言うが、筋肉や体力がある。普通の人以上に。それでいて器用。
「こんな感じ?」
「うん。やっぱりルルドくんって力があるね」
「デブだから力があるんだ」
笑う親友に対して、
『こう、向こうからくる勢いを受け流すように上にはね上げるんだ』
ディアンの隣で、幽霊がさらなる動かし方を、熱の入った口調で訴えるようだ。