戦士の盾 2
ぴょこ、とぬいぐるみの腕が動いた。
「ボロボロだけど、中は大丈夫?」
ディアンの確認に、ぴょこぴょこ、とまた腕が動いた。
ディアンはほっとして深く息を吐いた。
トピィは顔と首が裂けて中の白い綿が飛び出ている。
片腕はもう落ちそうにぶら下がっている。
動くのは、無事に胴についたままの片腕だ。
「これが終わったら、お母様に直してもらおう」
ぴょこ、とまた腕が動いたが、どうもこの腕しか動かせない雰囲気だ。
また泣きそうになりながら、ディアンは荷物の中に大事にトピィをしまいこんだ。
さぁ、落ち着け。
ディアンは深呼吸を2度繰り返して気持ちを切り替えようとした。
そして周囲を見回してみる。
まずい。
完全にはぐれた。単独行動は禁止なのに。
集団は、毎日移動するので、このあとどこに向かうか、どこで合流できるかわからない。
そもそもトピィを探し、勘も使って走り続けてここにいる。つまりここがどこか分からない。
あたりに敵の気配がないのだけ幸いだ。
あらかたディアンが倒したのかもしれない。
ディアンは周囲に気を付けつつ、自分が行きたい方に行くことにした。
ドルド国の人たちから、困ったときは自分の感覚を信じなさい、とアドバスしてもらっている。
***
どれぐらい歩いただろうか。
ディアンは樹木が途切れ、小石が積もっている場所にたどり着いた。
そして気づいた。
中央、小石の山の上に。
幽霊だと思える暗い紺色の男が座って途方に暮れている。盾の上に。
「こんばんは」
あたりは暗くなっていて、ディアンはそう声をかけた。
『誰だ?』
小石の山の上、座っている男が暗い目をディアンに向けた。
「名前はディアンといいます。あなたは誰ですか?」
『私は、役目を果たせなかった、出来の悪い、出来損ないの盾だ』
この幽霊もひょっとして、とディアンは思った。
ディアンが出会ってきた、「幽霊と武器の組み合わせ」は例のパターンばかりだから。
「詳しい話を、聞いてみて、良いですか? 僕、伝説の武器や笛の幽霊とも、話したことがあって」
『憑り付かれているのか? 哀れだな』
「いいえ。むしろ協力してくれているみたいです。僕ではなくて、僕の弟に」
ディアンの話に興味を惹かれたようで、幽霊は少し首を傾げた。
『なら、この情けない男の話も、聞くか』
「はい、ぜひ」
***
私は。名家で代々受け継がれる盾だった。
扱える人間を選ぶ。威力は確かだが、重くて普通には大きいのでな。
代々、私を最もうまく扱えるものがその家の当主になり、扱えないようになった時が当主を降りる頃合いだった。
私は愛されていたさ。
代々の当主から話しかけられた。悩みや迷いをな。
盾だから聞くことしかできなかったが、頼られていたのさ。
戦いには当主が私を携えて出向くんだ。
そんな時は、家族や使用人たちに、懇願を受ける。
無事にあの人が帰ってきますように、どうかお守りください、とな。
私は、持ち主だけでない、大勢を守る盾だった。守り神で、それが役割で、私の誇りだった。
だが、最後、あの重要な時に、私は使えなかった。
当主の傍にいることもできなかった。
戦いではなく、話し合いの場で殺されたと聞いた。
当主の弟がそう私に話し、報復と勝利をもたらしてほしいと私に願った。
私を携えて、報復の戦いに挑んだ。
大勢からも祈られたよ。私も守ると誓い返した。
だけど、私は役に立たなかった。
弟には私を扱えなかった。今までその鍛錬をしていない。大きく重すぎる私は致命的だった。弟はあっという間に殺された。
私は。無念で悔しくて、悔しくて仕方がない。
重要な時に。
私は、あまりにも重くて役に立たない。何もできなかった。ふがいない。
私は大勢の願いを守れなかった。
彼らを、無事に帰せなかった。
***
話しながら、幽霊は徐々に大粒の涙を落としだし、ついに顔を覆って大声で泣きはじめた。その声は徐々に獣のように大きく叫ぶようになった。
地面が揺れ始めた。地面から、大きな唸るような音が聞こえだした。
揺れのためにディアンがとっさに態勢を低くしている中、強い風が吹き始め、盾のところで回転を始めだした。竜巻だ。
これって。
幽霊が激しく泣く。連動して揺れが激しくなり、竜巻がどんどん膨らんでいく。
突然、盾から何かの力が空に放たれた。竜巻に乗って空に。そして散らばって広がっていく。
「まさか、虫の、突然変異の原因か」
ディアンは直感した。
今までの武器も、周囲の地形を変えたりしていた。
この山の異常さは、この盾のせいでは。
ディアンは揺れに耐えながら大声を上げた。
「あなたの、守ってきた国の名前って・・・!」
***
ディアンの言葉は幽霊の耳に届いた。
幽霊は顔を上げてディアンを見た。
そのあと少しのやり取りをしただけで、やっぱりこの盾は、あの亡き国の武器だと確信できた。
よほど武器たちは無念や後悔を抱いている、そう思える。
一方、幽霊はディアンの正体に驚き、急ぐように聞いてきた。
『なら、きみは、私を使ってくれるのか? 私に役割を? いや、きみには無理だ。私を持ち上げるのがせいぜい。私を使いこなす力がない』
今や泣き止んだ幽霊は、まじまじとディアンを観察している。
「はい。僕は弓を使うから、盾を持つことも普段ないし、話を聞いて、あなたは重くて僕には扱えないと思います」
『なら、私のことなどもう忘れてしまえ。こんな役に立たない、大勢を殺してしまった盾のことなど』
幽霊がうつむき深く沈むのを察し、ディアンは慌てて、他の武器の現状を伝える手法に出た。
「名前を僕は忘れてしまったけど、今までに斧と、槍と、妖精の笛と出会いました。武器は今、僕の弟の手伝いをしてくれています。その、ここにいるより、少なくとも、他の武器のいるところに、連れていけるので、僕と一緒にいきませんか」
『一緒に、いきませんか。そう言ったのか。きみは。私に』
幽霊がまた驚いて顔を上げる。
「はい。あの、それから、事実をお伝えしたいのですが、この山の異変は、ここにあなたがある影響ではありませんか? 山が毎日揺れて地形を変えたり、本来はおとなしいはずの虫が狂暴化しています」
『・・・世界がどうなろうが、もうかまわない』
つまり自分のせいだと言っている。
幽霊の暗い目と表情にディアンはそう思った。
「この国は、敵とは違う国です。大勢が疲れ果てています。死人も出ている。あなたは盾で、守る役目のはずです。目を覚ましてください。一緒に、僕の家族のいる国に行きませんか」
***
ディアンが他の大勢と合流できたのは、山のふもとだった。
ディアンは非常に重い盾を持っていて、下山にも日数をとってしまったため、皆に死んだと思われていた。
ディアンの姿に、泣くものが出たほど皆が喜んだ。
なお、ディアンの死亡の連絡と全体の立て直しと休息のために麓に降りたらしく、誤報は広まる前に止めることができた。
トピィについても確認されて、ディアンはトピィを荷物から出し、ボロボロの状態を少しだけ見せた。
こんな状態だけど、動いて生きている、というディアンの話に痛ましそうにしながら、良かった、と皆が少しほっとしたようだ。
それから、ディアンは盾について皆に話した。
おそらく異常の原因だと思う、という事も話したが、今は滅んだ国の、という部分は伏せている。
トピィも直したいから、この盾を持ってこの山から離れようと思う、とも報告した。
ディアンの決断を止める人はいない。半信半疑だからだろう。
ディアンの離脱は惜しまれたが、トピィの事で止めるのを躊躇うようだ。
なお、彼らは休息をとった後、また山に入るという。
すぐに異常が収まるとも思えないから、多分その方が良いと思う。
収まるにしても、一瞬で元通りのはずはないだろうから、様子を見なければならない。
一方のディアンは、元凶と思われる盾を持って彼らと別れ、空の船で家に向かうことにした。