戦士の盾 1
ディアンには珍しいことに、弓の腕を頼っての魔物討伐の仕事が入った。
他国からディアンの国に、援助要請が来たという。
「近距離の戦士はいるけれど、中・遠距離が足りないそうです。ディアンくんの弓の技量は見事です。威力が課題とも知っていますが、今回の討伐対象は小動物の大きさで威力より精度が欲しいと、ドルド国の勇者でトップクラスの弓の使い手のディアンくんに、ぜひともお願いしたいのです」
ちなみに国からの勇者への連絡手段はいろいろ。
今回は手紙を開いたら、幽霊みたいな白い顔が表れてそう話した。
「わかりました」
とディアンが答えれば、
「お返事は『わかりました』でいいですね?」
と確認される。
「はい。いつ向かえばいいですか? 場所も教えてください。どこで誰と合流すればいいですか?」
「この魔法はあなたの返事を自動的に届ける目的で作り、現在その能力しかありません。実験中の魔法です。つまり応答できる内容は限られています。わかりました、というのが返事だとわかりました。そのように返信いたします。詳しい依頼内容はこの後で手紙を読んでください」
「わかりました」
「ディアンくん。頑張ってくださいね」
急ににっこりと顔が笑い、消えた。直後、『わかりました』と書かれた紙が浮かび、折りたたまれ、光をまとって回転し消えた。そして1枚が急にボロボロと崩れるように消えた。『おことわりします』と書いてあったようだ。
ディアンは一緒に連絡を聞いていた、動く白いトラのぬいぐるみ、トピィに話しかけた。
「自動で僕の返事を手紙で送ってくれる魔法かな」
トピィも不思議そうにしつつ、うなずいた。
そして、そろって手元に残った手紙を読んだ。
詳しいことや注意点、持っていってほしいものが書いてあった。
***
向かう先は他国の山だった。
麓までは空の船で行けたが、そこから先には進めず、荷物と弓矢を背負い、山を登る。
今回は白いトラのぬいぐるみのトピィもディアンの荷物の一番上に乗っている。
ディアンは勇者になったが、本来は人見知りなので、知らない大勢を前にすると気後れする。
トピィはそんな時ディアンの不安を見抜き、一緒に行くよ! とアピールしてくれる。
そればかりか、背中から荷物を出してディアンに渡したりもしてくれて、助けられることも多い。
つまり、人前ではトピィが背中や肩に乗っている確率が高いディアンなので、ディアンが白いかわいいトラを連れた勇者、と有名になってきているぐらいだ。
とはいえ、トピィはぬいぐるみだ。非力だし汚れもするし破れる危険もある。
だから危ないところには連れて行きたくないという気持ちもディアンの本音だったりする。
さて、今回は離れたところからの弓の腕を期待されているので大丈夫、と判断し、トピィも一緒。
山の中腹でほかの人たちと合流できた。
みんな疲れている。
依頼通りにディアンが持ち込んだ食料に、大勢の目が輝いた。
一方、ディアンの連れているトピィに、いったい何を連れているんだ、と変な顔をする人もいる。
ただ、厳つい男の剣士が、実家の愛犬を思い出す、ととてもトピィを気に入って歓迎したので、他の皆もまぁいいか、別に、と落ち着いた様子だ。
トピィと食料の話題で、大勢と話すことができて、ディアンはほっとしつつ、現場での詳しい話をしっかり聞く。
大量発生しているのは、本来は土中でおとなしくしているはずの虫が多いという。
突然変異のようで、魔力を持ち巨大化し、ほかの生物を食い荒らす。ムカデが一番多いらしく、毒があるので危険極まりないそうだ。
木の上から襲ってくることもある。山の中では気を抜けないから、単独行動はしないよう注意を受けた。
日中はまだ動きが鈍く、夜になるにつれ活発化。
そして、この山自体がおかしいらしい。動くのだ、と。
足元が揺れて地形が変わる。
さらに大きいのが地中にいる可能性を考えている、という話だ。
危険な仕事だ。
ディアンは気を引き締めた。
魔法が得意な人が、ディアンの弓の弦が切れないよう、矢筒に矢が無くならないよう魔法をかけてくれる。
そんな中で、周囲の様子を探っていたという5人が戻ってきた。
討伐対象が群れている場所を見つけたらしい。
さっそくだが行けるか、と聞かれたディアンは、はい、大丈夫です、いけます、と答えた。
***
討伐はかなり大がかりだった。
ディアンは弓の腕をほめてもらった。相手に気づかれる前に多くを仕留めることができる。
どうしても漏れてしまう虫は出る。でもディアンの場合はその数が少ないそうだ。
なお、漏れた虫は当然襲い掛かってくる。
それを近距離が得意な戦士が戦い倒す。
ただし、真っ先に攻撃した弓や魔法の戦士にとびかかってくることもある。けれど近距離が得意ではないことが多く、中遠距離の戦士が負傷してしまう。だから数が足りなくなっていく。
さて、周りが感心してくれるほどには成果をあげたが、まだまだ終わらない。
徹夜。
朝になってからやっと、見張りをたてつつそれぞれ眠ることになった。
ディアンもテントを張って休もうと横になった時だ。
大きな生き物が鳴くような音が響いた。地面から。
驚いてディアンはテントから飛び出した。トピィもディアンに飛びついてきて肩によじ登ってくる。
周りも緊張したように寝床から外に出てきている。
地面が揺れだした。
「これが、山が動く、って言ってたやつだ。これで全部地形が変わりやがる。つまりまた振出しに戻るってことだ。元凶を調べたいが、魔物退治だけで一日終わっちまう」
説明してくれた人に、ディアンは蒼白になりつつも聞いた。
「チームを分けて調べるのも無理ですか?」
「今日体験しただろう。敵が多すぎる。分けたら分けえた分負傷者数が上がっちまったんだ。言葉通り、何人もの命取りになった」
「そう・・・。考えが浅かったです。すみません」
「いや、普通そう考える。気にするな。だけど埒があかない。何か新しい策を取らなきゃならん」
***
明るいから虫の危険はないはずだ、という話に、ディアンは休息を確保しようと地面が揺れる中眠りについた。ディアンの父たちは魔法の便利な道具を作る仕事をしていて、ディアンの荷物には父の愛情を感じる道具が詰まっている。つまり、道具の力も借りて、音と振動に負けることなく眠ることができた。
そして、昼食だと呼ばれる声に目が覚めた。時間的にはしっかり寝れた。
起床して、皆で食事をとる。そしてまた出発だ。
見張りの人が、まだ多くが眠っている状態のを見つけたそうで、討伐に。
これからしばらくこの繰り返しになりそうだ。
***
5日目のことだ。
ディアン目掛けて、矢から逃れた2匹がとびかかってきた。
そのうち1匹は迫りくる中、矢を打ち込み仕留めたが、もう1匹が間に合わなった。かわそうとしたが遅く、ディアンの背の、白いトラのぬいぐるみトピィが吹っ飛ばされた。
「トピィ!」
木々の中に勢いよく飛ばされたトピィをディアンは追った。
途中で何体もの虫に出くわすが、すべて矢で仕留めていく。
「トピィ!」
声を上げるせいか、ひっきりなしに襲われる。
ディアンは焦った。
トピィは声が出せない。つまり声を頼りにできない。
ディアンが見つけないと合流できない。
上から何かが落ちてきた。切り裂かれたぬいぐるみだった。
目を奪われたが、とっさに上の気配に矢を射た。上から虫が落ちてきた。
「くそっ!」
息絶えた虫を睨み悪態をつき、ディアンは落ちているトピィに手を伸ばし拾い上げた。
泣きそうだ。
「生きてる? 大丈夫か?」