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妖精の笛

ディアンは他の国に行くことも多い。


ちなみに他の国にも、勇者と呼ばれる人たちはいる。一緒に動いたり情報交換したり助け合ったりだ。


さて今回も、ディアンは他の国に行くように指示を受けた。

「多くの勇者が調査に行ったのですが、困ったことに全てやる気を失くして役に立たなくなってしまったそうです。地味な仕事だからじゃないかと。でも、ディアンくんは地味なお仕事が得意だから」


ディアンが

「分かりました」

と返事をした後に、

「その国、その仕事で5人も勇者をやめてしまったらしいんですよ。あ、あとは病気とか途中で放棄したとか」

なんて話も聞いた。


それって、よっぽどじゃないんだろうか。


***


さて、今回の目的地は沼地。つまり水が近い現場なので、空の船で直接行くことができた。


だけど空から見回っても良く分からない。


ディアンは、相棒のトピィと相談して、近くの町に降りて情報収集をしてみようと考えた。

ちなみに、トピィは、生きている白いトラのぬいぐるみ。話せないが、頷くジェスチャーや、文字を書いたりして考えを伝えてくれる。


そして町に降りて聞き込みをして考えてみた結果、空からでは良く分からないから、沼地を歩いて調査した方が良いだろうと決心した。


というわけで、ディアンは聞き込みに基づいた大きな荷物、それから武器の弓を背負って沼地に入った。

トピィは空の船に残って、空からディアンについてきてくれる。


***


確かに地味なお仕事だ。沼地を黙々と進むだけなのだから。


それに、ディアンの場合は、上空にトピィが運転して空の船がついていてくれるから、疲れた時は、空の船に戻ってそこで休むことができる。

でも、他の勇者はそんな休憩は難しそうだ。だとしたら、寝るときだって大変だ。

きっと疲れ果ててしまうのだろう。


そんな事を感じつつ、ディアンが9日間そんな調査を続けた時だ。


ゴポッ、と沼から大きな泡が上がってきた。

中に何か生き物でもいるのだろうか。


待ってみたがそれから何もない。

試しに、背に担いだ弓に矢をつがえて放ってみた。

すると、泡が弾けたようになって、沼が窪んだ。


「あれ」

沼が凹んだところの中央に、男がいる。ディアンが呟いてしまった事で目が合った。


暗い目をしている。多分人間ではない。全体的に茶色だ。


『なんで、ここに、これたんだよぅ』

と恨むような声がした。


「きみは誰?」

とディアンは聞いた。


『自分から先に名乗るべきじゃないのかよぅ。常識だろぅ?』


「僕は、ドルド国の勇者で、ここには調査に来た。ディアンっていう名前だ」


『ディアン。ディアン。あー、俺その名前知ってる。昔の仲間に、すっげぇ、良いやつなんだけど硬くて真面目でさぁ、ちょっとつまらない、でも、良いやつが居た、なぁ。昔にな』


「僕の名前は、お父様が、昔の英雄からつけてくれた。清廉潔白な、剣の使い手の勇敢な騎士だって」

『・・・一緒だ』


暗い目の男はディアンを見つめ目を細めた。


『・・・俺はな。ツィカだ。こうみえて、凄いんだ。本当はさ。俺は、やれるヤツなんだ、よぅ』

「・・・ふぅん」

ディアンは困って、頷きを返した。


『ディアン。お前、どうして、体がだるくなったり、よぅ、もう嫌だって、なって、帰ったり、しないんだよぅ。なんで、駄目なんだよぅ』

身体を震わせるように、相手は悔しそうだ。

ディアンは困った。

一方で、気がついた。幽霊のように見える男の足元に、まだら模様の笛が落ちている。


「ひょっとして、きみって」

『ツィカだっていっただろぉ? 俺の名前はよぅ』


「ごめんなさい。ツィカ。ツィカは、ひょっとして、その笛の・・・」

幽霊なのか、という聞き方はどうもしにくい、とディアンは思った。


『・・・俺は、凄いんだぜ。本当は、もっともっと、凄いんだ。俺が声かけたら大勢がやる気になってよ、大きな山でも飛ぶように超えていける。俺は武器じゃねぇけど、仲間をやる気にさせてやる。力を与えられるんだ。危ない時には止まれって知らせてやる。皆ビクッと止まってよ、それで助かったって俺に感謝してくれる』


「そう・・・。あの、ツィカ。ここの沼がおかしいから調査して欲しいって頼まれて、僕は来たんだけど、ツィカには思い当たるところがあるかな」

ディアンは少し慎重に聞いてみた。


『俺のせいさぁ』

と男は言った。暗い目をして笑っている。

『ふっ。俺はな』


「うん」

ディアンが聞く様子に、男はまた笑った。


『ディアン。良いやつだな。俺の話をさぁ、聞いてくれるか』

「うん」


***


男の話はこうだった。


自分は凄い笛だった。だけど、戦争で壊されそうになったので力を使って逃げた。


この場所に落ち着いて、周囲に己の力を与え始めた。

結果、普通の木は大きくなり、見事な森に成長。


しかし、見事過ぎて、伐採されてしまったそうだ。

自分が力を注いで育てた巨木を切り倒され、そればかりか、焼かれた。


男はすっかりやる気を失った。今度は周りを腐らせ始めた。

あっという間に周囲は沼になっていく。

そして、男の本体である笛も、沼の中に落ちてしまった。


自分は凄いのに。上手く行かない。何やっても駄目だ。

そんな中、やる気に満ち溢れた者たちが来るのが鬱陶しく、全て自分と同じになれ、腐ってしまえと力を使った。


だけど、ディアンが普通にたどり着いた。


『どうしてお前は来れたんだ、俺の力が効かないなんて』


一方、ディアンには、ひょっとして、と思うことがあった。

自分だけ例外、という事が過去にもあったせいだ。


「ツィカの元いた国って、ひょっとして、シャトエールという国かな。僕、その国の血筋なんだ。それで効かないとか?」


ディアンの言葉に、男は目を剥いた。

『シャトエールのディアンなのか!』


「名前はディアンだけど・・・」

困ったディアンに対して、男の目が輝き始めた。


『そうか、俺、仲間に誓った! 絶対に危害を与えるなんてことはしない、俺は味方だって! そうか、ディアン! お前は、仲間なんだ! だから、腐らせる力も効かねぇんだ!』


やっぱり昔に滅んだ国の関係でディアンが例外になっていたらしい。


「あの、じゃあ、ここで周りを腐らせるのは止めてくれる? とりあえず、その国の生き残りになったお父様のところにきみを連れて帰るから、それでどうかな」

『やったぜ! そうしてくれよ!』


ディアンは沼にできた窪みに降りて行き、男の足元にあるまだら模様の笛を取り上げた。

小さい、貝殻でできているようなツルツルした手触り。穴が3つ開いている。


「笛を吹くと、どうなるの」

『なんでもできるぜ!』


本当かなぁ。まぁ、今は良いか。


「この場所を元に戻して欲しいんだ」

沼地の窪みから這い出たディアンが頼んでみると、

『・・・ちょっと、いや、無理って言うか、そんな気分になれない・・・』

男が俯く。


そうなのか。心配だな。


「でも、ツィカがここを離れたら、酷くなるのは止まるのかな」

『まぁな』


こうして、ディアンは、どうも情緒不安定なツィカと名乗る男とその笛をもって、空の船に乗り込んだ。


***


ディアンは、品物の由来を聞くために家に帰り、父に笛を見せた。


しかし、父は首を傾げた。

「いや、知らないな」


傍で、ツィカと名乗る男が驚き動揺しているが、どうも父には見えない様子だ。


「ツィカっていう名前かもしれなくて、多分、勇気づけたりしてくれるみたいなんだ。英雄のディアンの仲間だって」

ディアンは、ツィカからの情報を提供してみたが、父は眉をしかめて考えた後、やはり申し訳なさそうに言った。

「分からない。笛の話もあったのかもしれないが、俺が覚えていないのか、単に有名じゃない話だったのか」


父の言葉に、幽霊のツィカがショックのあまりか、よろめいて床に座り込んだ。


『俺はできるやつなんだ。俺は本当は凄いんだ』

とブツブツ呟き始めている。

なんだか不味い。


ディアンは急いで、

「そっか、ごめんなさい、分かった、ありがとう」

と父に断りを入れて、笛をもって部屋を出た。


後ろに、幽霊のツィカもついてくる。


完全に項垂れ、トボトボ歩きながら、

『俺は、俺は凄い、俺は凄いのに』

とブツブツ言っていて怖い。


困ったな。あの場所を沼地にしてしまう力を持つものを、家に持ち帰ってしまった。

どうしよう。


実は、空の船で家に帰る間に、トピィがツィカに怯えてディアンの背に隠れていた。ディアンはずっと背中にトピィを乗せているような状態だった。


つまり、家に置いておくのも不味いけれど、相棒トピィの事を考えると、勇者の旅にツィカを連れて行くのもやりたくない。ディアンにとって、ツィカよりトピィの方が大事だから。


「ディアン。どうしたんだ」

「あ、イーシス。うん・・・」


「その後ろの、誰?」

イーシスが不思議そうにして、ディアンの後ろに視線を向けている。


「ひょっとして、見えてるの。僕の後ろの男の人」

「うん。具合が悪いのか? 俯いて辛そうだけど」


救いの手が現れた! ディアンはイーシスに相談する事にした。


***


「うーん」

話を聞いたイーシスは、おもむろに、まだら模様の笛を洗い始めた。

その途端、幽霊のツィカの方も滝に打たれたようになっている。本体の笛と連動しているらしい。


そして、イーシスは洗い終わった笛を一通り確認して、ピィ、と吹いた。

途端、幽霊のツィカがびっくりしたように目を丸くした。


笛から口を話して、イーシスはディアン、そして幽霊のツィカに目を向けた。

「僕はイーシスだ。ディアンに、昔に滅んだ国の武器を貰って、すごく便利で助かってる。ツィカっていうきみが、僕を助けてくれたら良いなと思ってる」

イーシスの言葉に、ツィカの目がますます丸くなる。


イーシスが真剣に尋ねた。

「僕を助けてくれるか? ツィカは何ができるんだ」

『なんでも! 俺には何でもできる!』

ツィカが両手を広げてアピールした。


ディアンはイーシスに言った。

「本人が言ったのには、仲間を力づけて、山を超えさせたとか、危険を知らせて足を止めさせたとか」

『そう! 皆が力づけられる! 俺の言葉に!』


「僕がもらって良いかな」

「大丈夫か? イーシスのところ、お客さんたちも来るのに」


ディアンは心配になったが、イーシスは笛の様子を確認し、またピ、と音を出した。

そしてディアンに言う。

「前の槍が、本当に助かってて。今じゃ、配膳もしてくれるんだ」


「凄いね」

「一番初めの斧も、今では、自分で勝手に薪を割ってくれるんだ」


「・・・凄いね」

「うん。それでも仕事がし足りないみたいで、終わったら台所の方に転がってきて、この前は大きめの魚の頭を落としてくれた」


「使いこなしてる」

ディアンの感想にイーシスは笛を眺め、幽霊ツィカを見やり、言った。

「だから、ツィカも絶対やってくれる。そうだろ?」

『俺はやるぜ! 俺はやる! なぁ、聖王の斧も、神槍イシュタルグもここにあるのか! 俺は、俺も仲間だ! 「妖精の笛」のツィカ様だ!』


自己主張の強さにディアンは心配になったが、イーシスは笑んでツィカに頷いた。

「ツィカ。頼もしいよ」

『俺は凄いんだぜ!』


イーシスって凄い、とディアンは思った。


***


3日後。


「2時間煮込んだ後の状態にして欲しい」

『やってやるぜ!』


イーシスが鍋の上に、笛を差し出す。すると、幽霊ツィカ自らが笛を吹く。


すぐにイーシスが鍋の中を確認し、スプーンで味見。

「さすが。できてる」

『照れるぜ!』


イーシスがニッコリ褒める傍、ツィカが胸を張る。瞳は生き生きしている。


「ディアンも食べてみて。2時間煮込まないと味が染み込まないんだけど、出来上がってる」

イーシスが鍋から皿に肉を入れてくれた。

ディアンは食べる。


「美味しい。さっきいれたばっかりって絶対思えない」

『俺のお陰だな!』

得意そうに飛び跳ねる男の姿に、イーシスがニッコリ笑う。


楽しく暮らしてくれそうで良かった。

ディアンはホッとして、皿の料理を平らげた。

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