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神槍イシュタルグ

「霧が深くこのままでは全てを狂わせてしまうほどの何かがある。ただ、適任とは思えないのだが、ディアンくんなら何とかできるという、私にも不思議だとは思うのだが、そういうことで」


ディアンは、そんな連絡を貰った。つまり、勇者の仕事の依頼である。


先日の斧の時も微妙な内容だと思ったが今回も微妙な内容である。

いやむしろ、今回はなんだかディアンに対して失礼な気が。

前に仕事を振って来た人とはまた別の人からのようだ。


そんな風に感じつつも、真面目なディアンはすぐにお仕事に向かった。

ちなみにディアンの空の船で直行できず、途中から現地の移動手段をつかう事になった。最終的には荷物を抱えて徒歩移動。


黙々と歩いて、霧の濃い谷にたどり着いた。

道中の村で、『霧が深くて訪れる人がめっきり減ってしまった』『通ろうとしても違う道に出てしまう』という話も聞いた。地図も他の便利な道具も全て役に立たないそうだ。


知恵のある人が一度、ロープで道を作ろうと試みたが、ロープを途中で結んできたはずなのに、全て解かれた状態になっていて、つまり全くの無駄に終わった、という話も聞いた。


とはいえ、行方不明になったり命を落としたりという人は出ていない。単純に迷子になって、思った場所に出れないと。


ディアンは、まずはその不思議を一度体験して調べよう、と考えた。

一歩先から真っ白、という場所に至り、意を決して踏み込んだ時だ。


サァア、っと、霧が道を開けた。

どんどん霧が分かれてできる道が延びていく。何かが霧をかき分けているかのように。


前にもこういう体験をした気がする、とディアンは思った。


敵意も害意も感じないどころかむしろ歓迎されている気がものすごくする。

ディアンは全く苦労せず、何かに助けられている気がしながら、谷の底にたどり着いた。


そこには、一本の槍が真っ直ぐ真っ直ぐ、刃先を天に向け立っていた。


ディアンと槍の間には何もない。

ただ、周囲には真っ白な霧。

その霧を、無数の細く長い手が抑えているように見える。


天から人の姿をした者が降りてきた。

それは槍の上に立ち、一度止まる。そして、槍の前、つまりディアンの正面にふわりと降り立った。

長いひげの老人だった。頭には大きな厳めしい装飾の王冠をつけている。幽霊のようだ。


あぁ、と、ディアンは頷いた。


王冠の中央に、見たことのある文様が描いてある。


つまり。この目の前の槍は、今は亡き国に関わる品なのだ。


『よく、生きていてくれた』

長いひげの老人が話しかけてきた。両手を広げながら。

『よくぞ、無事でいてくれた』

感極まったらしく、老人は涙を流し始める。


ディアンは話しかけた。

「僕の父が、生き残りなんだそうです。父には4人の子どもがいます」

『素晴らしい。あぁ、なんと喜ばしい』


空から光が差し始めた。

光に照らされた霧が虹色に輝くように見えた。

あまりの美しさにディアンは目を細めた。


恐らく嬉しいのだろう、周りの細い腕が天に向けて手を伸ばし始める。光を歓迎するかのように。ゆらゆら揺れている。

奇妙だけれど、ディアンには全く恐ろしくない。


「父のところに、その槍を持って帰ります。それで、良いですか」

とディアンは老人に言った。


『あぁ。こんな日が来るなど。まさか、こんな日が迎えられようとは』

歓喜の涙を流し続ける老人にディアンが近寄ると、老人の姿は宙に溶けていった。周りの白い手も。


槍がディアンのすぐ前に。

握り込む。しっかりとした重みを感じた。そしてとても冷たかった。金属で出来ている。


霧はすっかり消えていた。

空から美しい光が注いでいる。


***


すぐに家に戻ったディアンは、父に槍を見せた。

「お父様! この槍を見つけたんだ」


父はディアンの予想通りに驚いた。

すぐには言葉が出ないらしい。

槍を見て、そしてディアンの顔を見つめた。


「ディアン。この槍が、素晴らしい品だと、分かっているか?」

尋ねてくる父に、ディアンは頷いてみせた。

「うん。お父様が持っている陶器の人形って、馬に乗っていて槍を持っているよね。ひょっとして、この槍じゃないのかなって、思った。合ってる?」


ディアンの推察に、父は笑んだ。少し顔が赤らんでいて、泣きそうな表情にも見えた。

「あぁ。その通り。お父様も初めて見るが」

笑った声で、嬉しそうに槍にそっと触れた。

「これが・・・本当に、本物なら。『神槍イシュタルグ』だ。お父様がしてやった昔話をディアンは覚えているか?」


「うん」

ディアンは父の嬉しそうな様子に嬉しくなって、はにかんだように笑いながら頷いた。


そして多分、これは本物。


王家の文様。槍を見つけた時に見えた老人。その王冠に入っていた同じ文様。

何より、父の大事にしている陶器の人形が持つ槍の特徴に似ている。


***


昔、ディアンたちがもう少し小さい時に、父がふと話してくれたのは、勇ましい王様が活躍するおとぎ話。英雄譚だ。


王様が仲間を連れて大活躍する。


そして、その王様が持つ槍自体も伝説を持つ。

木々の中から槍をつかっても、枝の方が避けて行く。百発百中。

先祖の力が宿っていて、王様を助けてくれるのだ。


立派な王様も、若くて間違いを犯す時があった。

立派な槍の力が凄すぎて、王様は自分が偉くなったと勘違いしてしまう。大きくて強い獲物を見つけるたびに狩ってしまうようになったのだ。

まだ周りの皆は王様の間違いに気づいていない。けれど、退治しなくて良い動物まで殺すようになった。


そんな時、王様は立派で美しい毛並みの虎を見つけた。

王様は追いかけて槍を放った。

だけど、いつも命中する槍が、曲がって変なところに飛んで行った。

呼んでも手元に戻らない。

驚いた王様は槍を探しに行って気づいたのだ。


王様が殺そうとした虎は、人を襲うはずもない山奥で生きているものだった。

まだ小さな虎を育てている、母親だった。


王様は、敵でもない虎を殺そうとしただけだった。


槍は、わざと王様の狙い通りに飛ばず、虎の親子が住む岩穴の近くに刺さって王様に気づかせたのだ。

『お前はこれらまで殺そうとした。不届き者め』


『力を持つ者こそ節度を保たねばならぬ』


つまり、そういう教訓のある、おとぎ話。


***


という立派な伝説を持つ槍だった。


父が目を潤ませて感動し、家族だけでなく、親友の家族も呼び寄せて槍を披露したぐらいだった。


が。


「本当にいらないの?」

「うん」


ディアンは真面目に頷いて、その槍を弟のイーシスに託した。


「勇者で危険な時に、この槍なら助けてくれるかもしれないのに」

「僕は槍を持ち歩く事は無いよ。イーシスが貰ってくれると嬉しい」


ディアンの少し困った表情に、イーシスは少し首を傾げてから頷いた。

「分かった。湖の魚を捕る時に使おうかな」

「うん」

安心できて、ディアンは笑った。


***


ある時、勇者の活動でまた外に出ていたディアンの元に、イーシスから珍しく深刻な声で連絡があった。

「ディアン。不味い事になったんだ。助けて欲しい」


簡単に説明できない、という話に、ディアンは一旦家に戻ってイーシスに会った。


イーシスは、湖のフチに現れた遺跡を使い、家のお客さんたちに料理を振る舞っている。

ディアンはその遺跡の方に招かれた。


「槍のことなんだけど」

「うん」

イーシスは実に深刻な顔だ。ディアンの気も引き締まる。


「前に、魚を捕るのに使おうかって、僕は言ったんだけど」

「うん」

「一度だけ使った。そうしたら、想像以上に大漁だったよ。それで、お母様に酷く怒られた」

「え?」

ディアンはキョトンとなった。

「どうして」


「乱獲だって。取りすぎると元に戻らないって言われた。お母様が言うには、湖から魚がいなくなってしまうって。お父様の槍の話と同じ事をしちゃったんだ」

「そっか。でも、次から量に気をつければ・・・」

「うん・・・。だけど・・・。一度大量に獲ってしまったから。とりあえず凍らせて少しずつ使ってる。湖で新しく魚を獲るのは少し控えてる」

「あぁ・・・」


「そうじゃないんだ」

とイーシスが真顔で首を横に振ってきた。

ディアンはまたキョトンとした。


「ディアンに見てもらおうと思って、そのままにしてある部屋がある。来て」

「うん」

イーシスがまた歩きだす。この遺跡にはたくさんの部屋がある。


隣の部屋にイーシスが入って、ディアンを振り向いた。

複数あるテーブルの上に、食器や装飾、テーブルクロスが残っている。パーティでもしたのだろうか。


「昨日、団体でお客さんが来て、あえてそのまま」

「うん・・・」


ディアンに説明してから、イーシスが持ってきていた槍をそっと壁に立てかけた。


そしてディアンに目くばせしてから、イーシスには珍しい事に、深いため息をついた。

「あぁ、疲れた。大変だ。誰か片付け手伝ってくれないかな。ノルラちゃんも今いないし、一人ではさすがに大変だ・・・」


ちなみにノルラちゃんというのは、ディアンの親友の妹、イーシスの恋人である女の子。

今は他国に行っていて、イーシスは一人で頑張っている。


ん、とディアンの喉から声が出そうになったが、イーシスが声を出さないように、と人差し指を口に当てるジェスチャーをしているのが目に入って飲み込んだ。


イーシスがもう片方の手で、ディアンの視線を誘導する。テーブルの方だ。

ディアンも無言でうなずいた。


白い細い手が何本も現れていた。

テーブルの傍や上。ゆったりと動いている。

静かに見ていると、一つの手が皿を重ね始めた。一つの手はカトラリーをまとめる。一つの手はテーブルクロスをそっと持ち上げて、もう一つの手がそれを助けてテーブルクロスをそっと畳む。


ふわりと浮き上がっている多くの手が、静かに列になって部屋を出て行く。


イーシスが『声を出さないように』というジェスチャーを続けつつ、そっと廊下に出るのでディアンも倣う。


食器などを持った手が、向こうの部屋に消えていく。

少しして、シャー、パシャパシャパシャ、という水の音が聞こえ始めた。


イーシスが真顔で、ディアンに囁くように打ち明けた。


「手伝ってくれる。こっそりと」

「こっそり?」


「僕が声をかけると、慌てたみたいにパッと消えるんだ。一番初め、それで全部途中でぶちまけて大変だった。その片付けにも出て来てくれたけど」

「・・・ん? 不味い事って言ってただろ、イーシス。でも嬉しいことじゃないのか?」


「不味いだろ」

イーシスの顔が曇った。

「お父様があんなに嬉しそうに話してくれた、伝説の・・・お父様の英雄の、憧れの槍なのに。それを・・・片付けの手伝いに使うとか」


イーシスの真剣に悩んでいる顔つきに、ディアンも真面目になった。

一度頷いて、そしてそっと、まだ聞こえてくる水音に耳を傾けた。


「・・・鼻歌が聞こえる」

ディアンの気づきに、イーシスはさらに悩ましい顔つきになった。

「うん。機嫌が良さそうなんだ」


「なら、このままで良いんじゃないか。イーシスも助かってるんだから」

「だけど、お父様に申し訳なさすぎる」

「・・・だったら片付けを頼まないようにすれば良いだろ?」


イーシスは悲しそうに首を横に振った。


「・・・便利なんだ。本当に、不味いほどに。ディアン。分かってくれる?」

「・・・」


なるほど。


ディアンは理解して二度深く頷いた。


「分かる」

そして、もう一度頷いて言った。

「大丈夫。イーシス。怒られる時は僕も一緒に怒られてあげるから」


「ありがとう」

兄と弟はしっかりと手を握り合った。


ちなみに、この後、特に怒られることは無い。という事を、この時の彼らはまだ知らない。

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