猛者の剣
ディアンの親友ルルドには2人、妹がいる。名前はドルノとノルラ。
この2人は他国に留学中だが、その期間も終わり、帰ってくることになった。
親友ルルドの迎えの空の船に、ディアン、イーシス、そして妹アイシャも乗せてもらい、揃って2人のお迎えに行った。
親友ルルドの妹、ドルノとノルラの留学先は、父の国を滅ぼし、母が逃げ出した国、イツィエンカ。
親友たちはイツィエンカの貴族一族だ。
ディアンたちはその国には絶対に降りなかった。降りて様子を見たい、という気持ちはどうしても湧いたが、親との約束だ。
そして、ドルノとノルラと合流。
そのまま船で無事に家に帰ることができた。
家では両親たちが用意していた豪華な食卓を皆で囲んだ。
帰国したドルノとノルラの向こうの国での土産話を皆で聞く。
姉妹は、王の孫と仲良くなってきた。結果、その母の王太子妃にも可愛がってもらったようだ。
彼女たちの母ケーテルが姉妹の話に答えている。
「えぇ、マーガレット様はお父様とお母様のとても親しいお友達なの。ドルノの力になって下さったのね」
「王太子妃マーガレット様も、初めはマナーなどが慣れず困ったとおっしゃっていたの。お母様たちに励まして貰ったって。私たちに、王太子妃マーガレット様は、イツィエンカにいる間は自分をお母様のように思ってくれていい、って言って下さったの。この話を聞いた屋敷のお祖母様ったら感動して泣いてしまったわ」
「私もドルノお姉様も、特別に作らせたっていうブローチをいただいたの! 王太子妃マーガレット様が私たちの味方だって皆に見せびらかしなさいって!」
「まぁ」
「権力者だな」
話を聞いて彼女たちの両親が少し苦笑している。
ディアンはふと、自分の父は渋い顔をしているのに気が付いた。
イツィエンカが、父の国を滅ぼした国だからだろう。
敵国の王家の話だ、複雑な気持ちが増すのだ、きっと。
あれ。でも。
親友ルルドたちの母、ケーテルは、父と同じ国の出身のはずだ。
なのに、王太子妃と仲が良いなんて。
ディアンは不思議に思ったが口に出すことは決してしない。
***
さて、イーシスや武器たちと同じ場所に、ノルラも常にいるようになった。恋人だからだ。
ノルラはお菓子作りをする。
イーシス曰く、武器たちはノルラに非常に好意的らしい。
次の勇者の仕事が入る前にと、ディアンは様子を見に行った。
途中で会ったドルノと一緒だ。
そこで不思議な光景を見た。
ノルラの傍に、斧の幽霊が現れていた。
一番初め、嘆いていた時にしか現れていなかったのに。
王冠を被った勇ましい男性の姿が、上半分だけ。
目を細めて、ノルラがずっと身に着けている、向こうの国の王太子妃からの贈り物、というブローチを眺めている。
それから、ディアンが来たのに気づいたらしい。
ディアンを見てから言った。
『これはシャトエールの、王妃の冠に使われていた宝石である』
その一言を残して姿を消した。
さらにディアンは驚いた。
ディアンの傍、ドルノの方に、槍の幽霊が現れていたのだ。
じぃっとドルノを見つめて、ゆっくり頷き、何か口をモゴモゴ動かし、また頷く。
そして、ディアンではなく、部屋の中、盾の幽霊を見やって、また頷いてから消えた。
何だろう。
ディアンは困惑し、盾の幽霊を見た。真剣な顔をしている幽霊と視線が合う。
盾の幽霊も近づいてきてから、ディアンの傍にドルノがいるのを少し見つめて、そしてディアンに教えた。
『英雄ディアンの愛剣を、この娘は見たようだ』
えっ。
ディアンは、驚いて、隣のドルノを見た。
ドルノはディアンの動きを不思議そうに見つめている。
『尋ねてみろ。馬の絵のある、見事な剣を見たのではないか、と』
ディアンは少し思案してから、隣のドルノにこう尋ねた。
「ドルノちゃんは、イツィエンカにいたけど、変わったものとか、宝物とかも、色々見てきた?」
「え。・・・そう、ね?」
とドルノは不思議そうに答えた。
『鞘に見事な絵の描かれた剣だ』
ディアンは疑問を隠しながら、会話を続けた。
「ドルノちゃん、向こうの国の王の孫と仲良くなったって言っていたから。王家ゆかりの品を見せてもらったりしたかなと、思ったんだ」
ドルノは少し微笑んで頷いた。
「えぇ。ディアンくんは宝石や宝物に興味があるの?」
「伝統あるものが気になったりするんだ」
変な誤魔化しになった。
ちなみに、盾の幽霊から『馬の絵が見事な剣だ』と何度も言われるが、今そんな具体的な事を聞くのは流れとして変な気がする。
一方のドルノは少しはにかみながら答えてくれる。
「そうね・・・お茶会に誘ってくださって、美しい陶器や食器を見せてくださったわ」
「ブローチも王太子妃から貰ったものだよね」
「えぇ」
「ドルノちゃんは身に着けないの? ノルラちゃんはずっと着けてるね」
「私は、大事なものだから、普段は置いておこうと思うの。私とノルラで性格が違うのよ」
「そっか。・・・そうだ、例えば、綺麗な剣とか見たり、したかな」
「剣・・・?」
ディアンの話題の誘導に、ドルノは少し考え、何か思い出したようだ。
ディアンを見て頷いた。
「そういえば、剣も見せていただいたわ。外側を少しだけなのだけど。セクウェル様がお部屋に案内してくださった時に、壁に、馬の絵が描いてある剣が飾ってあったの。小さい時にセクウェル様が特別に貰った剣なのですって」
それだ。
「どんな剣だった? 馬の絵が見事って、どう良かったのかな」
ディアンの質問に、ドルノは少し不思議そうにしたが、教えてくれる。
「幅が広くて、鞘の装飾が素晴らしかったの。違う色の金属を組み合わせて馬の絵が描いてあったのよ。宝石もついていて煌びやかなのだけど、馬は荒々しく表現されていたわ。目を留めたのは、少し、セクウェル様の部屋に馴染んでいない・・・時代や文化が違うものだったから、つい見てしまったの」
話に高揚を覚えるディアンの側に、妖精の笛のツィカが近づいてきた。
『宝石なんて。勝手につけられたんだぜ』
真剣だ。
『鞘から抜くだけで風が吹く。悪い風向きだって変えられる。英雄ディアンの片腕の剣だ。よりによって、敵国の王家がっ!』
憎々しげな顔に変わる。
『違う。ツィカ』
盾の幽霊が、少し遠くのノルラのブローチに視線を向けながら、ツィカを宥めようとした。
『剣は、我らの国の縁者の手に渡っている。宝石を、この娘たちに分けた同じ手で。宝を渡す相手が選ばれている。・・・国が無くなり、多くが失われてなお、残ったものが生きている』
どういうことかと聞きたかったが、今はドルノとノルラもいる。
彼女たちの母親ケーテルと約束している。決して彼女の子供たちに、滅んだ国の生き残りだと知らせないと。
だから今、ディアンが質問するわけにはいかない。
ただ。
向こうの国の王家に、中に、滅んだ国の血を引く人がいる。そう察した。
色んな場所で、皆生きている。
繋がる思い出を集めたり、配ったり。
そんな事を密かに行なっているのかもしれない。
***
数日が過ぎた。
親友ルルドに、勇者の仕事に使う空の船を見てもらっている時に父が来た。
「ディアン。出来たから、弓を試してみてくれ」
ディアンは、弓の威力をもう少しあげたい、と父に相談していた。父が性能を上げられないか見てくれていたのだ。
ちなみに、武器自体は町で買ったもの。今の弓は3つ目。
ディアンの力に合わせて買い替えるからだ。
「弓に、魔法をかけた。それから矢筒は、これに変えられないか? 矢を複製する魔法をいれたのと、収容数を増やしたから今までより使えはずだ」
「矢筒まで。ありがとう、お父様」
「弓が、ここに宝石を組み込んだが、邪魔にならないかが気になる」
父が心配して確認してくれる。
ディアンは外に向けて弓を放った。
ヒュン、と飛んでいく。
「大丈夫、邪魔にならない。本気でもう少し打ってみる」
「あぁ」
ディアンは矢に魔力を乗せる。1本の矢に、魔力の矢が5本ついて飛ぶ。
矢が大地に刺さる音が重く聞こえた。確かに威力が上がった様子だ。
「威力が上がってる。ありがとう、お父様!」
「良かった。だが、いずれ、弓自体を強くした方が良いぞ」
「急に使い勝手が変わるとやりづらいんだ」
「だろうな。でも使い手の成長に合わせて、使うものも少しずつ変えた方が良い」
「うん」
ディアンは頷いて自分の弓を見つめる。
「改良前提で、最高の弓を買ったらどうなんだ?」
と親友が聞いてきた。
「何が一番いいか分からないから、その時の僕に合うのを買うんだ。値段のこともあるし」
「そっか」
使用者の体や技量や、求める効果も変わるから武器も変わる。
「伝説とか、先祖代々のなら、それを使い続けるかもしれないけど」
ポツリとディアンは呟いた。
すると親友は少し首を傾げた。
「新しいのより凄いなら良いけどさ」
大体は新しい方が性能が良いよな、とその態度でも語っている。
そうだよね。
「自分にあったものが一番だ」
と父が優しく言ってきた。
「うん」
***
「そうだ、この前、弓が効かない生き物退治があって、大変だったんだ」
ディアンはふと思い出した。
父はディアンの大変だった、という言葉に厳しい顔になる。
「お父様、僕に剣を教えてくれないかな」
すると父の顔が意外そうなものになる。
そして少し考えるようだ。
「俺のは、大分変なクセがついてると思うぞ。一応それなりに使えるが。それでも良いのか?」
「うん」
「そうか。なら、分かった」
頷いて、父が嬉しそうに笑った。
「じゃあ剣を取りに行くか。俺が使うのは長剣より少し短い。ディアンに合うと良いんだが。ひょっとしてルルドくんも興味あるか?」
「うーん。どうしようかな」
「使わないに越したことはない。だが扱える方が良いと思うぞ」
「イーシスもやりたいかも」
「それ言い出したら皆がそうかも」
***
『平和だなぁ』
伝説の武器が並んでいる。
妖精の笛ツィカが頬杖をついて呟く。
『踏み込みをもう少し』
近くで盾の幽霊が真剣だ。遠いので声が届いているはずはない。
槍と斧も、窓の外を眺めるようだ。
外の広場で、ディアンとイーシス、ルルドが剣の扱いを学んでいる。
男ばかりなのは、女は短剣が良いかと別枠になったから。
窓からの風が、壁面にかけてある旗を揺らす。
イーシスがお客さんから聞いて興味をもった、食べたい料理が書き込まれている。
この国付近の地図も大きく書き込まれ、このあたりに何の料理が、と増えていく。
滅んだ国、かつてシャトエールと呼ばれた場所には、ツィカの話した郷土料理も書き込まれている。
『ここが我らの新天地だな』
賑やかな声を聞く彼らの様子は穏やかだ。




