英雄の弓 3
「あの。本当に」
とディアンは口を開いた。嘘だとは思っていないが、それでも思わず確認してしまった。
「お父様の形見で、お父様が、土の中から拾って、それで命拾いした、弓なんですか」
「そうだ」
隠密的なシラが少し不思議そうだ。
「そう、ですか。すみません、驚いたもので」
ディアンは胸の想いを飲み込んだ。
こんなにボロボロ、捨てる他無いほど壊れていても。
大事な弓なのだ。もう、他の人の想いの詰まった。
「あの、触ってみても、良いですか? 僕、弓を使うから、それで触ってみたい」
「あぁ。良いよ。こんなボロボロで良いなら」
隠密的なシラが快く許可してくれて、ディアンはそっと弓の欠片に触れた。
慎重に持ち上げてみた。ほんの一欠けら。
「トピィ、見て。トピィも触らせてもらう?」
ディアンの声掛けにトピィはじっとディアンを見てから、頷いてぬいぐるみの手を出す。
ディアンはそっと乗せた。落ちないように気を付ける。
そうか。これは、ディアンよりも、シラたちにとっての特別な弓だ。間違いなく。
「ありがとう。大事なものを触らせてもらった。お返しします」
「どういたしまして」
「シラ、案だが、溶かして新しい弓に作り直すのは?」
「それは、まだ思い切れないな」
「そうか。普通の修復は、これは無理だろうな・・・」
「そうだな。分かってるんだが、な・・・」
会話を聞きながら、ディアンはトピィの頭を撫でて考えた。
弓はもう、こんな風なのだ。
そうか・・・。
ひょっとして。剣や、他も。
壊れていたり、もう誰かのものになっていたり、ディアンたちの手には届かないものになっている、かもしれない。
そうだな。
集まって来た武器が、奇跡なだけなのかもしれない。
***
結局、荷物の披露だけになり、オリピアについては、勇者だから何も貰わなくても大丈夫、他の人には言わない、と皆で約束し合った。それで大丈夫だと思える人たちが集まっているとディアンも思ったし、他の勇者も同じみたいだ。
報告はオリピアがする、と約束してくれたので、これで解散する事にした。
「出会えてよかった、また会おう」
「道具の注文の話、よろしくな」
「はい。たくさんの事を教えてくださりありがとうございました! また!」
「次に会った時はなにか奢らせてくれ! 本当にありがとう!」
それぞれが便利な移動手段を持っていて、鍾乳洞を出た海辺で別れの言葉をかけあってそれぞれの空の船や陸の船に乗り込んだ。
***
さて。
「一旦、家に帰って、お父様とイーシスに弓の話をしようかなと思うんだ。どう思う」
と相談してみると、トピィも少し考えたようにしつつ頷くので、ディアンは家に戻る事にした。
オリピアの事は秘密だが、ディアンが話したいのは、勇者の仕事で他の勇者3人に会い、道具を見せ合い、注文も入り、そして父の家のマークの入った破片となった弓を見たということだ。
8日ほどかかって家に到着。ドルド国は広いので、国内の移動でも場所によっては日がかかる。
そして、父とイーシスを呼んで、今回の勇者の仕事で、弓を見つけたことを話す事にした。
ディアンの説明を聞いて、父もイーシスも、そして、イーシスについてきた妖精の笛ツィカも黙っている。
「僕も、生き残りで、お父様の家に代々伝わっている弓のはずで、マークが同じだって、とても言えなかった。もう、違う大事な弓になってたんだ」
様子を見て改めてそう伝えたディアンに、
「そうだな」
と父は言った。
「それで、正しかった。そうだな。もう失くしたものだ。戻って来たものがあること自体が、奇跡なんだ」
父が、少し床を見つめるようにして、笑みを浮かべようとしている。
「だけど。そうか。でも、相応しい働きだな。土の中に埋もれていたのを、その勇者の父親を助けるために現れて、命を救ったんだ。さすが英雄の弓だ。そう思わないか」
「うん」
とディアンは頷く。
「そうだね」
とイーシスも頷いた。
「見れなかったのは残念だけど、でもそれが普通だね」
「だけど・・・そうか」
父が、ディアンの持ち帰った話を噛みしめるようだ。
「そうだな」
と繰り返す。
少し目を閉じるようになって、頷いている。
『残念だが仕方ないな。それに俺たちみたいに腐ったり恨んだりしないで、もう他の英雄を助けてるってすげぇな。カッコイイと俺も認めるやつだ』
とツィカが呆れたような褒めたような口調だ。
『あいつは、国が亡ぶ時も、最後まで戦って一緒に散ったんだ。土の中に埋もれてさ。動く力も使い果たしたんだぜ、たぶんな』
「そっか」
とイーシスがツィカの言葉に頷いて、ディアンを見た。
「無理に集めようとしない方が良いのかもしれない。そう思えてきた。剣も探さなくて良いかもしれないって。ディアンは?」
「うん。集まってくるものだけで良いのかもしれない」
「危ない」
父が目を開けていた。少し前かがみになって、眉間にシワを寄せている。
「俺が注意しておくべきだった。ディアン、イーシス、武器を集めようとしてたのか?」
「うん」
「イーシスの弓とディアンの剣が見てみたいと思ったんだ」
「駄目だ。悪い。話してなかったな」
父の顔が険しい。
「弓の事は知らなかったが、剣は多分、えー、どういえば良いのか」
父の眉間の皺が深くなっていく。
「俺の国を滅ぼしたお母様の国、イツィエンカという国だが。宝は大体、イツィエンカの王家が持っているはずだ。王家までいかなかった品が、町に流れたり誰かに買い取られていたりだ。お父様の陶器の人形も元々売られていたものだ。とはいえ、恐らく剣は王家にある可能性が高いだろう。逃れていた武器がある方が奇跡だ」
「え、そうなんだ」
「じゃあ探すのも危険? 僕たち、お父様とお母様に似ているから、行ってはいけない国だろ」
「そうだ。貴重な品は王家が横取りをしたはずだ。行くな。探さないように」
「それって泥棒だろ」
「酷いな」
「酷い話だ。ただ、お父様から見て酷い国だが、お母様から見て自分の国、つまりディアンとイーシスはその両方の立場なんだ。ドルド国にいる限り関わりを持ってもらいたくないが、複雑な立場なんだぞ、お前たち」
「うん。そうだね」
「どちらにしても、僕たちはイツィエンカにはいけないけどね」
「親の事情に巻き込んで悪い。だがまぁ、駆け落ちして生き延びたからお父様もお母様も幸せで、お前たちも生まれて来てくれたという事で許してくれ」
「うん。大丈夫だよ」
「お父様とお母様が生きていてくれて良かったよ」
『出来の良い息子たちだなぁ』
とツィカの声は父には聞こえていないが、父は感極まったように立ち上がり、ディアン、次にイーシスを抱きしめた。
「お前たちがいてくれて幸せだ。良かった」
と父は心からの様子でそう言った。
「ディアンもイーシスも、どうか手に入るものを大事にして過ごしてくれ」
***
さて、他の武器のところにディアンとイーシス、ツィカとで行った。
ディアンが改めてした話、弓がボロボロ、というところで、盾の幽霊はショックを受けたようだ。
悔し涙を拭っている。
ツィカは肩をすくめる様にして呆れている。
槍と斧は、一番初めに出会った時以来、ディアンにも幽霊は見えない。
ただ、特に槍に至っては多くの手が出るように、自力で動き回るほどの魔力的な力がある。
そんな槍と斧は、特に変わりはない様子。
「武器があるから、他のも見たいと思ったのが、僕の欲だったのかな」
とイーシスが呟いた。
「そういう欲で、戦争が起こったり」
「僕は、欲が全部悪いとは思わない」
とディアンは言った。
「知りたいとか、助けたいとか、そういうのも全部欲だ。人は、何かしら欲を持って生きてると思う。武器を集めたいのも、僕たちは知りたかったし見たかった。祖先を近くに感じたかったし、お父様に喜んで欲しいと思った。それを悪いとは思わない」
「そっか。難しい」
「無理をしてまで欲しい時に、問題が起きたりするのかな」
例えば、事情を打ち明けて、隠密的なシラから、弓を貰おうとしたり?
隠密的なシラは、とても良い人だから、破片をくれた可能性はあるけど。ちょっとそんな話はできなかったし、ディアンも打ち明けられなかったけど。
とはいえ、相手がシラではない人で、ディアンたちがどうしても弓を欲しかった場合。
争いになる。戦争と同じかもしれない。
「ディアンはもう、剣も諦めるつもりでいる?」
「うん。僕は、確認もしない方が良いと思った。僕たちはお父様が喜ぶと思って剣を見たかった。それを、確認しようとして向こうの国に何かがばれてしまって、それで家族を悲しませり不幸にしたら意味がないし、最悪だ」
イーシスが少し感心したような表情になって、頷いた。
「まぁ、そうだな。僕は見たかったけど。でもディアンの言う通りだ。命をかけてまで見るものじゃない。僕については料理の手伝いを期待していたところは、無くなって残念だけど」
それは分かる。ディアンも頷いた。
「手伝いは残念だよね。でも、槍と斧と、ツィカと盾だけで物凄いよ」
「うん。凄い。もう武器じゃない。料理人たちだ」
「そう言う意味ではこの武器も、本当は違う家の人が持ち主のはずだ。でももう、全部イーシスが持ち主に変わって、新しい使い方をして愛着を持ってる」
武器からも慕われている。間違いない。
ディアンの言葉にイーシスは頷いた。
「お父様の時から色々変わってる。変わっていって当たり前だね」
ディアンとイーシスで、自分たちの話を聞くために集まっている武器を改めて見まわす。
なお、旗だけは別の部屋の壁にあるのでここにないが。
伝説は残っていく。
どんどん新しい時間を積み重ねていく。
「弓の事が分かったのは、良かったよ」
とディアンは言った。
手に入らないものがあるっていうのも、分かって良かったと思う。
世界は複雑で、知らない事が多くて。
そんな中で、自分が手にできるものは、まるで奇跡だ。きっと全てそうなんだろう。




