英雄の弓 1
今までは、ディアンの元に偶然、伝説の武器が集まっていた。けれど、自分の意志で弓や剣を手にしたいと願った。
そこで、いつも勇者の仕事を自分に与えてくるドルド国の人に、ディアンから依頼を出す事にした。
つまりその武器を手にできる方法を尋ねるのだ。お金が必要。
そして連絡した結果、とりあえず、という雰囲気で、ディアンはドルド国の王宮に呼び出された。勇者の仕事を振ってくる人たちがそこにいるからだ。
依頼を出す時の手続きなどを細かく教えられた上、でこう言われた。
「本当なら、依頼にはそれなりのお金をお支払いいただくのですが、今回はちょっと・・・私にもどうして良いのか分かりませんし、いつも勇者の仕事をしていただいているという身内びいきもありますし、丁度掃除の手伝いをしてほしいと思っていたので、料金代わりに10日間ほど、このあたりの掃除をお願いしたいのです。草むしりもお願いします」
「はい。それで、僕が知りたい伝説の弓と剣について、教えて貰えるのですか」
「いやー、そういうわけではないんです。どこにあるかとか、そういうことを私たちが全て分かると思ってはいけませんよ、ディアンくん。分からない方が多いのです。ただ、他の人よりは分かる事もある、そういうところで、私たちが勇者の皆さんに向き不向きを勝手に判断してお仕事をお渡ししているわけです」
「はい」
「それで、ディアンくんの依頼を叶えるにはどうしたら良いのか、私には良く分からないのです。しかしですね、どうしたら良いだろうかと考えるためにも、無償と言うわけにもいきませんし、なんだかいてもらった方が良い気がするので、まぁとりあえず適当な感じで申し訳ないのですが、10日、掃除をお願いします。こちらも普通に助かりますし、良い事がある、かもしれない気がします」
「はい」
この人たちは基本的にこんな雰囲気でいつも仕事を振ってくる。
だけどその結果ディアンは武器にたどり着いてきたわけだ。
それに、仕事を料金代わりにしてくれる様子でもある。
他に打つ手が分からないので、素直にこの仕事を受ける事にした。
すぐに10日間過ごすために設備などの案内を受ける。
そして、真面目に掃除と草刈りに励みだした。
***
9日目が過ぎた。外は見事な夕暮れだった。
ディアンとはあまり関わる事のない人が急ぎ足で廊下を歩いていて、ディアンのすぐそばを通りかかった。
この場所には4人、目が見えない代わりに他のものが他の人より見える人が住んでいる。
そして、いつもディアンに連絡してくれるのはそのうちの3人。残りの1人が一番偉い。
通りかかったのは、その一番偉い人だ。
気配か何かで、ここに人がいることが分かったようだ。気づいた途端に驚いて、閃いたようにこう言った。
「急ぎの仕事が入って来たんですが、えー、きみは誰でしょう」
「ディアンです。遺跡のある湖の傍に、住んでいるディアンです」
「おぉ、ディアンくんか! 良いですね、良いところに。急ぎなんですよ。あー、ちょっと、ディアンんくん、あなたには向いていないな、でもまぁ、いないより良いよね絶対的に。ん? むしろ、役に立たないぐらい向いてない? いや、行くべきだ。なぜだろう。まぁ良い、行ってもらおう。ディアンくん、今から急いで荷物を持ち、3番倉庫に行って下さい。勇者の仕事です。他に勇者も2人が集まるはずです」
「僕、あと1日、掃除を頼まれているのですが良いのでしょうか」
「ん。掃除。いや、なら掃除を他の勇者に任せましょう。ディアンくんは今すぐ走って3番倉庫! 頼みました」
「は、い」
1番偉いその人は、本当に急いでいるようだ。走り出しそうになっている。
「いいですね、今すぐ! 絶対遅れないで! 本命の勇者がいくまで持ちこたえるのが役目ですからね!」
「はい」
あまりに突然すぎて困るぐらいの気分だが、勇者の仕事なのだからと、ディアンは自分に与えられていた部屋に戻り、部屋にいたトピィに説明しつつ荷物を束ね、トピィも連れて指示された3番倉庫に向かって走った。
***
指定された場所に、すでに2人が立って待っていた。
戦いが得意そうに見える屈強な大男の勇者が一人。
隠密行動が得意そうな雰囲気の、落ち着いた服装の勇者が一人。
二人ともが腕組みをして立っていて、ディアンが入っていくと、揃って不思議そうな雰囲気になった。
隠密っぽい男が尋ねてきた。
「ディアンくんか? 白いトラのトピィ」
「はい」
トピィを連れている事で、ディアンは有名になっている。
屈強な大男も尋ねてきた。
「弓が得意だと聞いた。弓が必要な仕事ということか」
「いえ、詳しい事を知らないんです」
どうやら皆、詳しい事を知らない気がする。
急いで集められた3人の様子。
屈強な大男は、ガルドと言う名前。戦地での活躍が多いという。
隠密的な男性はシラと名乗った。戦地での情報収集が得意だという。
ということは、今回は戦う内容の仕事なのだろうか。
隠密的なシラの船に3人が乗って移動中に、詳しい話が届いた。
海側から見ると、大きな穴が空いているところがあって、そこを進んだ先に邪悪なものが集まっている気配がしているそうだ。
勇者がその場にいるだけでも、事態の悪化を遅くすることができる、それが役に立つという。
一方でドロドロの怪物が住んでいるので気を付けるように。少しでも数を減らした方が良い。
ただ、一番厄介なのは一番奥だ。だけど、奥にはこの3人だけではいけないはずだという。
他の勇者にも指令を送っていてその人が適任なので、合流したら彼女の支援に回るように。
つまり後から来る勇者は女性のようだ。
彼女が来るまで持ちこたえるのがこの3人の役割だ。
***
指示通りの場所にたどり着いた。
ディアンには初めて見る景色が広がっていた。
隠密的な男性シラに言わせると、鍾乳洞というそうだ。
洞窟で、上から下から、土が垂れ下がったようになっていて、水も落ちて来る。滑るので気をつけて進まなければならない。
聞いていたように、ドロドロした変な生き物が襲ってくる。
大男ガルドが先頭を進んでくれていたが、一番初めに対応が分からず大きな歯で噛みつかれて血を流してしまった。
かなり危険な生き物だ。皆に緊張が走る。
大男ガルドが、剣でドロドロを跳ね飛ばすようにして壁にぶつけると、それで動かなくなったので、そう強くは無さそうだ。
などと思ったのに、ディアンはあまり役に立たなかった。
危険なドロドロの生き物に、矢が効かなかったから。
多分どこかに急所があるのだろうが、その場所が分からないので打ち込めない。
大男ガルドのように、全体を跳ね飛ばしてぶつけると、どこかにある急所もやられて力を失う様子。
つまり力業が必要。
ディアンはそこで支援に回ることになったが、隠密的な男性シラが支援も得意なタイプだった。
つまり、正直ディアンはいてもいなくても関係ないほどの状況である。
それでも何かできないかと改めて矢をつがえようとしたら、
「矢が勿体ないから止めておけ」
と大男ガルドに止められた。叱責では無く、優しさからくる気遣いの言葉だ。
「その矢が必要になるかもしれないしな」
と隠密的な男性シラにも気を遣われた。
申し訳ない気持ちになる。
明らかに、大男ガルドと隠密的なシラの2人は勇者としてもディアンより大分年季が入っている。
そして、2人は非常に思いやりのある性格だった。
道中、休憩の時にも、こんな場所ではこうした方が良い、といろんな話を教えてくれる。勇者の先生のようだ。
そんな風に過ごしながら、やっと奥にたどり着いた。
3人がその場所に違和感を持った。行き止まりだが、真ん中に亀裂が入っている。壁だ。向こうに何かがある。何か良くないもの。放っておいてはいけない感じがする。
「行ってみるか」
と大男ガドルが言い、隠密的なシラもディアンもそれぞれ返事をしたところで、下から水がせりあがってきた。むくむくと膨れて、巨大になる。
壁を守るような位置で、それは水のお化けになった。まるで腕のように動いて、勢いよく3人に襲い掛かってきた。
「ディアンは下がってろ! 応援が来たらここだって知らせてくれ!」
やはり弓が効かない相手に、勇者2人はディアンを庇う指示を出す。
「はい!」
実力のないディアンは指示に素直に従う方が良い。
返事をしつつも、ディアンはトピィの協力も得つつ弓から短剣に切り替えた。
一番後ろ、洞窟の入り口から誰か来ないかも気にしながら、後ろからくるドロドロの生き物を追い払う。
「くそ! 撤退だ!」
声がかかって、指示に従う。
2人の疲労が激しい。ちなみに、ディアンもだ。ディアンは大きな怪物の相手こそしていないが、あまり使わない短剣で、小さいながらも頻繁に現れるドロドロを追い払うのはかなり大変だ。
皆で回復薬や食料を出し合って休憩をとる。
「長期戦になりそうだ」
「俺たちは応援の勇者が来るまでの繋ぎだ。それまで持ちこたえてやろう」
「ということは、大きなあの水の怪物は僕たちには倒せないという事じゃないでしょうか。だったら、小さなドロドロを少しでも少なくした方が良くありませんか? 案ですが、ここまでの道を行き来して、小さなドロドロを少しでも減らした方が、僕たちの後に来る勇者の役に立ちませんか?」
「だが、少しでもヤツの体力を奪っておいた方が良いかもしれない。どう思う」
「待ってくれ、探ってみる。・・・敵はこのあたりに固まってきているようだな。入り口までの折り返しは必要ない。いても数匹だ。とはいえディアン君の意見も最もだ。水の怪物は俺たちには倒せない、そう国の指令にも出ていたぐらいだ。せいぜい体力を削るぐらいしかできない」
***
話合いをしながら、戦いと撤退と休憩を繰り返して9日が過ぎた。
3人とも疲れ果てていた。
とはいえ、小さなドロドロの数は大分減った。
3人ともが、この場の空気が少しマシになったという感覚がある。
ただ、壁の前の水の怪物には大きな変化がない。少しぐらいは体力を削れているのだろうが、終わりが見えない。




