王国の旗 2
連絡を受けて妹のアイシャも走り込んできた。
「ディアンお兄様!」
アイシャにまだ教えていない事は多い。
父と母は、今、アイシャにも伝える事を決めた。
ディアンの身に起こった事。
そして、武器について。
それから。父のこと。滅んだ国の生き残り。
母は本当は貴族だったこと。母の国が父の国を滅ぼしたこと。
駆け落ちは本当。
だけど死んだと思われているから生きている。
母の国には、母似のディアンとアイシャ、父似のイーシスも、行かないように。約束を。
そんな話を、皆で聞いた。
初めてこの話を聞いた妹アイシャは、混乱していた。母に抱き寄せられていた。
僕たちは生きているのが奇跡なのか、とディアンは思った。
そもそも、父と母のところから。
生き残った者と死んでしまった者の差って何なのだろう。
その後が大きく異なりすぎる。
***
『戻ってきた』
という盾の幽霊の言葉に、見てみれば、部屋の入口に、どうやって戻ったのか、槍と斧が立てかかっている。
槍の先端に、小さな赤い布が引っかかっている。
ディアンは口を開いた。
「海の底で、赤いものを、見た気がする。旗みたいな。それで大勢の騎士が現れて、こっちだ、って、楽しそうに、弓を持った騎士が僕の腕をつかんで引っ張ってくれた。イーシスって呼ばれていた。でも、腕はお父様が引っ張ってくれていたんだ。よく、分からない」
「ディアン」
と母がまた目を潤ませた。
「ディアンとイーシスの名前は、俺が、英雄の名前からもらったんだ」
「名前をつけさせてあげるってお父様に言ったの。プレゼントにね」
「ディアンは剣の騎士からもらった。俺が剣が得意で、憧れていた。イーシスは、俺たちの先祖の英雄だ。弓が得意だ」
「あなたは弓じゃなくて剣を得意にしたの?」
「・・・兄がいたからな。とても優秀で懐の深い、良い兄だった。代々の武器は1つきりだ。兄が弓を使うのだから、俺は剣にした。その方が兄と一緒に戦えると、考えたんだ」
「そう。初めて聞くわ」
「そうだな。言ったのは初めてだ」
『槍の持ち帰った赤い布が、英雄たちを導いてきた、俺たちの国の旗さ。ボロボロで見る影もないけどな』
妖精の笛がどこか茶化して教えてきた。
イーシスが立ち上がって槍と斧の元に歩む。
「旗も、ディアンを助けてくれたんだ」
槍から取り上げた赤い布は、本当に穴だらけの、細く長くなった小さな布だった。
「幽霊は見えるか、ディアン?」
「見えない。それでも、心は残っているって、ツィカと盾が話してる」
イーシスとディアンの会話に、また母が泣いた。
父まで泣きだしたので、子どもたちの方が困ってしまった。
***
4日ほど、父と母がディアンにべったりだった。
心配で溜まらない様子だ。
ディアンも、側にいてもらえて安心できた。
勇者の仕事について、何度も真面目に話し合いをした。
危険ではないのか、とかそういうことを。
ディアンもいろいろ考えた。
そして、結局続けたいと両親に話した。
ディアンには他に自分ができることがわからない。
役に立ちたい。
ディアンに合った依頼がくるはずだ。
今回、普通の仕事だった。
なのに、最終的に死にかけた。
それなら、きっとほかの普通の仕事も同じなんだろう。
だったら、勇者として、ディアンにできることで役に立っていたい。
***
ところで相棒ぬいぐるみのトピィだが。
色々あって、初めの村の上空、空の船で待機中だった。
ディアンの船は、ディアンが呼ぶと来る。
でも今、中にトピィが乗っているから、普通に移動に日数がかかる様子。
呼んで11日も経ってから帰ってきたトピィは、出迎えたディアンに驚き、飛びついて抱きつき、それからぬいぐるみの腕でポコポコ殴った。怒っている。そうだよね。
ディアンが詫びて事情を話すとトピィはまた驚いて、ディアンの肩や背中に張り付き離れなくなった。
トピィのためにも、危険な事は避けようとディアンは思った。
***
ところでイーシスだが、武器たちへのお礼として、完全な自由時間をあげたそうだ。
結果、槍はなぜか連日パンをこねだし、斧は麺を切り、盾は揚げ物の練習をしている。
変わった武器たちである。
妖精の笛はイーシスにずっと話しかける。
お陰でディアンも初耳の話をたくさん聞ける。
笛の創作なのか、実在したおとぎ話なのか判断がつかないけれど、面白い。
余程話が好きなのだろう。
さて今日は、ディアンはイーシスを誘って湖の傍に。
ディアンの背にはトピィ、イーシスの隣にはツィカもいる。
そんな中、ディアンはイーシスに打ち明けるように話した。
「僕、今まで偶然で武器を回収してきたけど、気持ちが少し変わった」
「どう変わった?」
「弓を探したい。僕たちの、お父様の、先祖の、英雄の弓だ」
「うん。それなら、僕は剣の騎士ディアンの剣も見たい。絶対お父様も喜ぶ」
とイーシス。
「うん。剣もだ。ただ僕は、お父様の英雄は、槍の騎士だと思ってたんだけどな」
「イーシスとディアンはまた別の冒険譚らしいよ」
「ふぅん」
「僕も、お父様の住んでいた国の話をもっと知りたい」
イーシスの言葉にディアンはうなずいて笑った。
「ツィカが教えてくれそう」
ツィカがニコニコしつつ、今は聞く姿勢のようだ。
「イーシス。弓なんだけど、僕が扱えるなら持ってみたいんだ」
「うん。その方が良い」
「探さないと」
「でも危ない真似は駄目だからな、ディアン」
背中のトピィが身を乗り出してウンウンと何度も頷いて見せたのを、イーシスが笑って頭を撫でた。
死なず助かって良かった。とディアンは思った。
自分が溺れた湖をふと見つめた。
たくさんの英雄がいて、たくさんの人たちがいて。
もう消えていて、きっと語り継ぎもなくなったことの方が多い。
今の暮らしも、自分たちが今生きていることも、いつかまるで無かったように消える。
そんな気がする。
ただ、そんな人たちが生きたからディアンたちは今生きている。
ディアンたちが生きたこともまた、これから先をどこかで助けたりするのかな。
「ディアン?」
不思議そうにイーシスが尋ねて、トピィがディアンの顔を覗きこんでくる。
「うん。なんだか色々考えてしまうんだ。無理はしないよ」
イーシスが心配そうだ。
「イーシスたちも無理しないで過ごして欲しい。僕がいうのも変だけど、大事だから心配だよ。皆無事でいて欲しい」
「うん」
***
赤い布の切れ端だが。
ツィカがイーシスに頼んだそうで、別の大きな布に、ツィカの言う通りの場所に母に縫い付けてもらった。
イーシスがよくいる、料理を作る部屋の奥の壁に掛けた。武器たちが時折眺めるそうだ。
母が刺繍でもしてあげましょうか、と言っているらしく、イーシスはそれでも良いのだけど、武器たちがどうしようかと、皆で悩んでいるそうだ。




