公開告白
高校2年生の高木晴海は全力で駅の階段を駆け下りる。
発車寸前のその電車を逃せば、学校に遅刻することが確定してしまう。
朝からありえないほど悪いことが重なりすぎた。
目覚まし時計が壊れて鳴らなかったので寝坊し、スカートが破れていることに気づいて新品を探し、今日絶対提出のプリントを鞄に入れていないのを思い出して取りに帰り・・・。
今までこんなに悪いことが重なったことなどなかったような気がした。
母には、悪いことが重なったときほど慎重に行動するように言われたことがあるが、慎重に行動していたら今日は遅刻することになってしまう。
電車はドアが開いているが、まだ発車ベルは鳴っていない。
ぎりぎり間に合うと思った瞬間、予想外のアクシデントが発生する。
男が階段を昇ろうと斜め前から姿を現したのだ。
「きゃっ!」
思わず悲鳴をあげる晴海。
晴海はその男と正面からぶつかった。
男に覆いかぶさる形で晴海は床に倒れこむ。
男が手に持っていたカードの束が床に落ち、いくつものカードが地面に散乱する。
晴海は倒れこむ形だが、初めて男性とそのような密着する体勢になったことに動揺し、すぐさま飛び退く。
「すみません」と男は小さく言う。
「私の方こそ、ごめんなさい」
慌てふためきながら晴海は謝る。
その時、発車のベルが鳴り響く。
晴海は我に返り、床に散乱するカードを見る。
自分ではなく他人が男にぶつかってカードが床に散乱したならば、無視して電車に飛び込むが、さすがに自分がぶつかって散乱したのであれば、拾わなければと思う。
電車の扉がゆるゆると閉まっていくのを恨めし気に晴海は見つめる。
晴海は電車の扉が閉まったのを確認し、カードを拾い始めると、男も同時にカードを拾い始めた。
拾いつつ、柄の入ったカードを裏返すと、それはトランプだった。
晴海は内心で大きくため息をついた。
男の方をちらっと見てみる。
男は動きやすそうなジャージ姿をしており、帽子を深く被っているので、どのような顔なのかはよくわからない。
不可抗力とはいえ、こんな顔もよくわからない見知らぬ男とあんな体が密着するような体勢になるなんて本当に最悪だと晴海は思った。
トランプカードを全て2人で拾い終わると、男は「本当にすみませんでした」と小さな声で言い、階段を昇っていく。
晴海はイヤホンを耳にして、音楽を聴きながら思う。
遅刻は確定だ。一刻も早く今の最悪な出来事を忘れよう。
晴海は電車に乗り、高校の最寄駅に着き、駅から学校までの歩道を歩いていると、事故が起こったのかパトーカーのサイレンの音が聞こえる。
少し歩道を進むと、反対側の歩道にトラックが乗り上げて停止している光景が目に入り、晴海は驚く。
幸い怪我した人はいなさそうで、救急車は来ていない。
晴海は学校に着き、教室の後方の入口からこっそり入ろうとする。
「高木、遅刻っと・・・」
物理教師はそれを見逃さずにつぶやく。
クラス中の視線が晴海に集まり、笑い声もあちらこちらから聞こえた。
「寝坊しちゃいまして・・・」
晴海は申し訳なさそうに言うふりをして、自分の席に座る。
物理の授業が終わり、休み時間になると隣の席の友達である翔子が笑いながら話しかけてきた。
「夜更かしでもしたの?」
「朝からありえないくらい悪いことが重なったの」
「それは災難だったね」
晴海はふと今朝の交通事故を思い出す。
「そういえば朝、学校の近くの歩道にトラックが突っ込んだような事故現場見たんだけど」
「ああ・・・たしか始業チャイムが鳴る少し前に大きな音がして、パトカーの音が聴こえ始めたけど、そんなことになってたんだ」
翔子はあくびをする。
男子たちの何人かが今年入学してきた1年生で自分の部活に入った可愛い子の話をしているのが聴こえる。
「それより、噂の1年3組の超イケメンを朝、見に行ったんだけど、席にいなかったから欠席みたい」
翔子は悔しそうに言う。
そう、今年超イケメンが入学してきたという噂が女子の間で広がっているのだ。まだ4月からそう経っていないのに2年生までその噂が広まっているというのだから、物凄いイケメンなのだろう。
晴海も中学生の頃までは自分がイケメンから告白されることを夢見ていた。
しかし、晴海には幼馴染の男の子などいなく、これまで男子と深く関わったことなどない。
さらに、美人でもなく、これといった個性や秀でたところがない自分にイケメンが告白してくる可能性は皆無だと、高校1年生の頃には自覚していた。
中学生の頃までの自分の荒唐無稽な願望は、今では笑い話だ。
「目の保養にもなるし、明日の朝、一緒に1年3組に見に行ってみようよ」
翔子は身を乗り出して晴海を誘う。
「いいよ。明日の朝ね」
そして2限目の数学の授業が始まる。
2限目の授業が終わり、休み時間になる。
物理や数学など理系教科は本当に苦手だと思いながら、晴海は首を回す。
もちろんそれ以外の教科についても得意な教科などなく、成績は平均的だ。理系の教科の成績は平均より少し悪い。
3限目の授業である英語の教師は短気なので、チャイムが鳴ったときには着席して授業を受ける準備ができているように、トイレに行く人を除き、ほとんどの人は教室で過ごしていた。
晴海も翔子と芸能人に関しての話をかわしていた。
すると、教室のドアをノックする音が響き、「失礼します」という声が教室内の全員の耳に入る。
全員の視線が教室の前方の入り口に集まる。
そこには黒髪の美青年が立っていた。
美青年は教室内を見回し、誰かを探しているように一人一人の顔を見ていく。
晴海と翔子の近くにいた女子のひそひそ声が聞こえる。
「あの子が噂の1年3組の男の子でしょ」
美青年はそんじょそこらのアイドルや俳優では敵わないくらいの整った顔立ちで、特別な存在であるかのようなオーラを放っており、晴海も目を見張る。
「凄っ・・・」
晴海の口から無意識に言葉が漏れる。
「あれが・・・確かにマジでイケメンだね・・・」
翔子も唖然とした表情でつぶやく。
教室内の全員は美青年が次にどういった行動をとるのか注視している。
晴海は美青年と自分の視線が合ったと思った瞬間、美青年は教室内に入ってくる。
今、私と目が合って、教室内に入ってきたような・・・。
歩いてこちらの方に向かってくる美青年を見て、晴海は不思議に思う。
美青年は机の間をするすると抜けていき、晴海たちのいる方へ歩いてくる。
そして晴海の前に美青年は立つ。
教室内の全ての視線が美青年と晴海に集中する。
晴海は自分が何かやらかしたのではないかとたじろぐ。
美青年は緊張したようにも見える面持ちで口を開く。
「1年3組の白石総真と言います」
白石総真と名乗ったその美青年は少し間を置き、覚悟を決めたかのように、続けて言う。
「一目ぼれしました、俺と付き合ってください」
「え?・・・・・・・」
晴海は呆然と言葉を発する。
白石総真の発した言葉の意味がまったく予想外のものだったので、自分は意味を間違ってとらえているのではないかと、その言葉の意味を何度も晴海は反芻する。
教室内の空間は完全な沈黙を保つ。
晴海が固まったまま何も言葉を発しないので、白石総真は少し焦ったような表情になり、慌てて言葉を発する。
「すみません。俺のことよく知らないのに困りますよね。あの・・・友達からでもいいのでお願いします」
そう言って白石総真は頭を下げた。
晴海は何がなんだかわからなかったが、友達という言葉は理解できたので、「はい・・・友達からお願いします」と呆けた顔で答える。
総真はその言葉を聞くと、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます! あの・・・メアド教えてもらってもいいですか?」
晴海は慌てて自分の鞄の中に手を入れ、震える手で携帯を探す。
携帯を見つけ、赤外線受信で互いのメアドを交換する。
メアドの交換が完了すると、「じゃあ、俺はこれで失礼します」と総真は晴海に頭を軽く下げ、教室から出ていった。
次の瞬間、教室内は歓声でどよめいた。
その空間の中、晴海は熱に浮かされたような状態で呆然としていた。