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A wise girl kisses but doesn’t love, listens but doesn’t believe, and leaves before she is left.

作者: ぴよちゅん

 私は妊娠したという。


 お医者さんにそう言われてお腹を抑えてみても何も感じない。

 何も感じないけど間違いじゃないって分かった。

 そしたら私は選ばなきゃいけない。

 産むか堕ろすか。

 父親に告げるかどうか。

 ばかだとは分かっていても、私は産みたかった。何があっても。こんな私に宿ってくれたあの人との子供を。

 今この子を殺してしまったら二度とあの人との繋がりは持てない。それも分かっていたから。


 だけどあの人はどうだろうか。

 私もあの人も、まだ学園に通うれっきとした学生だ。

 貴族ばかり通う由緒ある学園で、婚約者でもない女との間に子供が出来てしまう。スキャンダル以外の何物でもない。

 この国での地位が高いあの人はそのぶん敵も多いんだと笑っていた。貴族社会のことはまだよくわからない私でも、このスキャンダルが公になればあの人がただじゃ済まないのは簡単に想像出来る。

 あの人にそんな重荷を背負わせていいのだろうか。

 答えはNOだ。

 あの人にはこれから輝かしい未来が待っていて、もしかしたら私のことはつきまとってくる女と適当に遊んだだけかもしれなくて、あの人の周りの人達もきっと黙ってない。


  だからこうしよう。子供は産む。だけどあの人の子供だってことは絶対に誰にも悟らせない。


  重大な決断をいきなりたくさんしたせいか私の頭の中はぐちゃぐちゃで気持ち悪くなって、妊娠を知った次の日、学園で倒れてしまった。

 保健室の天井を見つめながらこれからのことを考える。

 怖くて怖くて仕方ない。

 これからたくさんの人に嘘を吐いて騙さなくちゃならない。

 あの人にも軽蔑されるだろう。

 本当は子供だけをつれてどこかの田舎で静かに暮らしたい。

 でもそれはできない。

 だって私は……



「ローラ!」


「エド、ワード…様?」


「君が倒れたって聞いて…大丈夫なのか?具合は?怪我を?それともなにか病気なのか……?」


「………」


「ローラ?」



 大きな音を立てて保健室のドアが開けられ、この国の王太子、エドワードが慌ただしく入室して来た。

 王族らしからぬ乱暴な振る舞いと護衛も連れない一人での来訪に彼がとれほど私を心配していたかが伝わってくる。

 私はベッドから半身を起こし、心配そうに顔を覗き込んでくる彼に無言で抱きついた。

 エドワードの胸に顔を沈めて背中に腕を回すと目に涙が浮かんでくる。

 でも涙がエドワードの高そうな服に染みを作り、申し訳なくて離れようとした。

 だけど私の背中にいつもの彼の腕が回され逃げられなくなる。

 ああ、いつもこうだ。

 エドワードは私が悲しい顔を見せるとよくこうしてくれる。

 エドワードの婚約者、ビクトリアにせっかくのドレスをだめにされてしまって泣いた時もこうだった。

 小さい子をあやすように優しく優しく頭を撫でる。

 エドワードはこのお腹の中の子を知ったらどんな反応をするか分からない。

 けれど私はもう彼から離れるなんて出来ない。



「どうしたんだ…。何かあったのか?まさかまたビクトリアが…」


「……違うわ。私、エドワード様と離れたくない…ずっと一緒にいたいの……」


「私もだ…。しかし、どうしたんだローラ。いつもはこんな…」


「エドワード様……私、子供が……」



  気を抜くとついしゃくり上げてしまって上手く喋れない。

 でもここまで告げればエドワードは理解したようで息が止まった。

 二人の間に長い沈黙が落ちる。

 エドワードの顔が見れない。

 何を言われるのか分からなくて怖い。



「ローラ……」



 今、私のお腹の中には小さな命がある。

 それはとても弱いけど、でも私にとってはとても大きな存在。

 この子を守る為なら何でもする。何でも出来る気がしてくる。

 不思議、これがお母さんになるってことなのかな。

 エドワードは私にどんな反応をするのかな。

 エドワードが口が開く。

 私はもう涙が止まらなくなっていた。



「ローラ、……子供ができたのか?」



 エドワードは凄く気まずそうな顔をしていた。

 だめかもしれない。

 冷えきっているとはいえ、彼にはまだ婚約者のビクトリアがいる。

 だから困っているんだろう。

 下を向いて小さく頷いた。



「すまない…な。俺、いや私、だな、その子の父親は」



 もう逃げ出したくてしょうがなかった。

 エドワードは凄く困っていて、でも私は彼になんて言えばいいのか分からなくい。

 ぐちゃぐちゃになった頭では良い方法が見付からない。

 でも、ひとつだけ分かっていることがある。



「ローラ、落ち着いて欲しい。俺は」


「エドワード様、聞いて?」


「……どうした?」


「あのね、私たち、別れましょう」


「……ローラ?」


  エドワードは私がそう言った瞬間、とても悲しそうな顔になった。

 だけどすぐにそれは怒りへと変わったようだ。

 俯く私の肩を掴んで自分の方へ向ける。



「エドワード様……?」


「な、ぜっ…そんなことを言うんだっ…」


「だって、私…」


「俺が……嫌になってしまったのか……?ビクトリアのこともきちんとけじめをつけないまま今日まで有耶無耶にしてしまって……」


「そんなことない!エドワード様のこと、嫌いになんて…っ」


「では何故だ!」



  掴んだ肩を揺さぶられる、こんなに怒ったエドワードは見たことない。

 こんなに焦っているエドワードも見たことない。



「だって…!エドワード様、私に子供できたら嫌がると思って…!私は元はただの平民で、今だって男爵の娘で、……公爵様の令嬢のビクトリア様に比べたら頭も良くないし美人でもないもの……。重荷にはなりたくなくて…だから、だから別れた方がいい、っ…て思って…」


「馬鹿なことを言うな…!」



 肩が引かれてエドワードの胸の中に倒れる。

 私はびっくりして目を見開いた。

 エドワードは私の髪の中に顔を沈めて震えている。



「……そんな馬鹿なことを言わないでくれ、ローラ……」


「だって、その方がいいじゃない…。エドワード様には迷惑かけないから……だから私一人で育てた方がいいって……」


「ローラ、君が俺の前からいなくなるなんて考えられない……!子供は俺の子だろう?なら別れるなんて言わないでくれ、一人で育てるなんて言わないでくれ!」


「でも……」


「ビクトリアのことなら何とかする。心配させまいと君には黙っていたが……かの公爵の不正の証拠を今みんなて集めていたんだ。近いうちに彼女との婚約は破棄するつもりだ」


「ほんと……?ほんとにほんとう?」


「本当だ。だから結婚しよう、ローラ。君のことも子供のことも俺が必ず守るよ」


「うん……っ。エドワード様がそう言ってくれるなら私もエドワード様とずっと一緒にいたい。ずっとずっとこれからも」



  エドワードの背中に腕を回す。

 エドワードの言ってくれたことが嬉しくて、涙が次々と溢れてくる。

 嬉しくて。

 ほんの少し申し訳なくて。


 私は顔を赤くしたエドワードへ向いて、にっこりと微笑む。

 二人ともに自然な柔らかい笑みが漏れ、そしてそっと唇を重ねた。



 *



 それを知らされた時、俺は非常に驚いた。

 エドワード殿下がローラに惹かれているのは周囲にもまる分かりだった。

 だが殿下は少々ヘタレで、公の場以外での女性の扱いはてんでなっちゃいないから関係は当分は友人止まりだろう、とたかをくくっていたのだ。

 昼にローラと楽しくお茶を飲みながら、嫌そうな顔をしつつも夜に婚約者のビクトリア孃を連れて夜会に参加しているのもその思考を裏打ちした。

 だから取り巻き一同で呼び出された時も直に近づく卒業式の打ち合わせかと思ったのだ。

 面倒な仕事は出来るだけやりたくない、クリフォードの奴にでも回してくれないかな、あいつは宰相の息子なんだからそーゆーの得意だろ。

 そんな呑気な考えで殿下の部屋のドアをノックしたさっきまでが嘘みたいだ。

 入れと殿下の許しを得て部屋に入ると、そこにはベッドの上に腰かけたローラと彼女を守るように脇に佇む殿下がいた。

 殿下はローラの金の髪に指で触れ、絡めながら微笑んでいる。

 思いがけない甘ったるい空気に、俺とクリフォード、ビクトリアの兄で公爵の息子のウィリアムの三者の息を飲む音がした。



「遅くなりまして申し訳ありません、エドワード殿下。お呼びと窺いましたが……」


「ああ。急に呼び立ててすまなかった。実はお前達にどうしても知らせたいことがあってな」


「知らせたいこと?」



 クリフォードとウィリアムは二人で目を見合せている。



「殿下と我々にとって重大な知らせということでしょうか」


「まさかビクトリアと我が家の」


「いや、残念ながらそちらの話ではない。無論、公爵の尻尾は必ず掴む。だが、今日は違う。このローラにも関係のある知らせだ」



 エドワード殿下は今までに見たことないほど幸せそうな顔をしている。

 きっととても良いことなのだろうとはやや朴念仁の気のあるウィリアムですら察したようだった。

 クリフォードは手を口元に添え、考え込んでいる。



「アイザック、分かったか?」



 無言で立ち尽くす俺に嬉しそうに殿下が話を振った。

 その瞬間、俺の顔も心も盛大に軋みを上げる。

 あんまり大きく軋むものだから誰かに気付かれたのではないかとみんなの顔を見るが、全員『知らせたいこと』の方に気を取られてか俺の変調は気付かれない。

 からからの喉から声を振り絞っておどけた笑顔を張り付けることが出来たのは、幼い頃からの反射的行動に過ぎない。



「まさか……ローラが、妊娠、したとか?」


「ああ!よく分かったなアイザック!」


「そうなの……ちょっと恥ずかしいけど……」



 どうか、そんな馬鹿なと笑い飛ばして欲しいという願いは通じなかった。

 ローラに子供が出来た?

 もちろん父親はこの喜びようから見て殿下に間違いない。

 わぁおめでとうと言いたいのに声が出ない。

 だってあの殿下の。

 それに彼女は、俺と……



「おめでとうございます殿下!」


「おめでとうございます。これで国の行く末も安泰でしょう」



 クリフォードとウィリアムが跪いて祝辞を述べる。

 俺の身体も勝手にそれに合わせて膝を折った。

 それで精一杯だった。

 全員朗報に沸いていて誰も無言の俺を気にも留めない。

 だから俺はずっと彼女を見ていた。



「ああ…、お前達の忠誠に感謝する。私は本当に幸せ者だ」


「我が妹とはいえ、ビクトリアの所業は目に余ります!妹のような女を王妃と戴くなどとても認められません!我等は殿下の幸福をこそ祈っております」


「英断でございます。貴族の地位を利用し奢侈に耽るビクトリアと、教会や病院に通い平民の福祉の為に活動するローラ、民もどちらを望むかなど分かりきったことです」



 殿下はクリフォードとウィリアムに満足そうに頷き、幸福に満ちた笑顔でローラの金髪を一筋すくって唇を寄せた。



「ありがとう。改めて誓わせて欲しい。私は悪辣な公爵令嬢ビクトリアとの婚約を破棄し、このローラと我が子と共に国を守って行く、と。……ローラ、愛しているよ」



 俺にはもう殿下もローラも、二人の皮を被った違う人間にしか見えなかった。

 それなら昨日まで想像もしなかった状況に作り笑顔を貼り付けるしか出来ない俺も、違う人間の皮を被っているのだろう。



「俺も同じ気持ちです、殿下。……あなたとこの国に忠誠を」



 ただ俺は部屋に入った時から一度も目を合わせようとしない彼女だけを見詰めていた。



 *




「やあ、おはよう。ローラ嬢」



 毎朝いつも、私に声をかけてくれるアイザック様。

 女性に声を掛けてばかりで婚約者もまだ決まってないなんてだらしないとか、軽薄で騎士団長の息子とは思えないとか言う人もあたけれど、そんなのはあの人をよく知らないやっかみ。

 軽いだけじゃないの、頭の回転が早くて貴族社会に慣れない私の失敗をなんでもないことのようにフォローしてくれたり。

 王子や他の高位貴族相手には本気を出してないけど剣を振ったら誰も敵わないくらい強い。

 あの人が笑いかけてくれると、こう、胸の中がとても甘くなる。

 それがとても心地よくて、いつまでも眺めていたくなる。

 結ばれることはないってことくらい分かってた。

 でもいつも私の心の片隅にはアイザック様がいる。

 例えばキレイな青空を見た時に、この空をアイザック様も見ているだろうか、とか。

 天気が良い日だとつい学園の訓練所に行ってアイザック様の姿を探してしまう、とか。


 元は平民の私が身の程を弁えず、アイザック様やエドワードに近付いたのは理由があった。

 私の父はこの国の男爵だけど母は隣の国から流れてきた踊り子だった。

 私を身籠って父に捨てられた母は隣の国に戻り、私を産み育てた。

 でも女手ひとつには限界があり、病気になってしまった母を助ける為に、私は気まぐれに手を差しのべてきた貴族様と契約した。

 いずれ父が政略の道具に使える娘を欲して私を引き取った時には、高位貴族に擦り寄って情報を流せ、と。

 たかだか平民の母子の面倒を見るくらい貴族様には大した手間でもないし、そこまでの期待は向こうもしていなかったと思う。

 なのにまさか王子が引っ掛かるとは思ってなくて、密かに報告を送ったらひどく慌てた文体の返事が送られてきた。

 とりあえず可能な限り王子を籠絡せよって。

 後ろ楯は用意するから身体を使ってもいいって。


 そんな私がアイザック様を好きだなんて思うだけでもおこがましい。

 おこがましいのは分かってる、分かってるけど私はこれで諦めるからと自分に言い訳をして、たった一度だけあの人にとり縋った。

 あちこちで女性との浮き名を流していた彼にはそんな大したことじゃないだろうから。

 そして何事もなかった顔をしてまた学園生活を送ったの。

 これでいい。

 妊娠したのは本当に驚いたけど、アイザック様もみんなも、私の気持ちなんて気付かなくていい。

 私だけでいい。

 優しいエドワードはなんだかんだと言っても、幼なじみのビクトリアを完全に切り捨てるつもりはなかったこと。

 私が妊娠したと告げた時、地位あるものとして冷静に判断する為に私と距離を取ろうと考えたこと。

 でも私が先に別れようと泣けば、自分から離れることはあっても離れられたことのない彼は狼狽えて、私を守るとその場で決断するだろうってことも。

 この子の父親のことも。

 知っているのは私だけでいい。

 A wise girl kisses but doesn’t love, listens but doesn’t believe, and leaves before she is left.

「頭のいい女の子は、キスはするけど愛さない。耳を傾けるけど信じない。そして捨てられる前に捨てる」



-Marilyn Monroeマリリン・モンロー-




ローラ(Lola)


妾腹の男爵令嬢。元平民。輝くような金髪。性格は天真爛漫。

その後、女子を出産。王妃になるも、不義の子を王族と僭称した罪で母子共々処刑(密かにエドワードが逃がしたが)。



アイザック(Isaac)


騎士団長の息子。明るい茶髪。一見チャラいけど身持ちは固かった。

生涯独身。



エドワード(Edward)


王太子。丁寧に手入れをされた金髪。お人好し。打たれ弱く、短慮な面もある。

ローラと偽王女を処刑した後は、周囲の反対を押しきってローラとの間に生まれた長男を王太子に指名した。



ウィリアム(William)


公爵の息子、ビクトリアの兄。青みがかかった銀髪。ちょっと朴念仁。国と王子の為に、心を痛めながら実の父である公爵と妹を追い詰める証拠を集めている。が、無意識下で自分を認めない父と出来の良い妹を押し退けたい思いの方が強い。



クリフォード(Clifford)


宰相の息子。黒髪。真面目で賢い馬鹿。ウィリアムと協力し、公爵を糾弾する準備や卒業式の準備に忙しい。



ビクトリア(Victoria)


公爵令嬢、ウィリアムの妹。青みがかかった銀髪。名前しか出てこない。

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