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鴉羽のチケット

 いいね、沢山ありがとうございます。

 「オマタセシマシタ……」

 クソガキがやって来たのは一時間後のことだった。

 「大丈夫ですか?」

 過労と酩酊が合わさったような表情で千鳥足。事情を知らなければ薬物使用さえ疑ってしまえる有り様だ。

 「実母が新しいドレスを着てはしゃぐ姿を延々見せられる苦行をご存知ですか?」

 恨みがましくシェリー君(犯人)を見やる。

 「両親の顔すら知らないので、なんとも……」

 「申し訳ありません。」

 当人が全く気にしていないからこそ刺さるカウンターが飛び出して、クソガキがやってしまったという顔をした。

 「大丈夫です、気にしていませんから。

 さぁ、今日も始めますよ。

 折角なので、今日は決闘茶会の時の再現で模擬戦をしてみましょう。」

 クソガキに渡したのはメリケンサック。そして、自分が構えたのは……

 「木剣?」

 あの日使われたのは鉄剣だった。

 「鉄製だと当たった時に痛いから、こうしました。」

 「でも……」

 「大丈夫ですよ。何発打ち込んだところで折れませんから。」

 挑発的な発言にクソガキの表情が僅かに歪む。

 口調や態度を改めても所詮本質はクソガキだ。

 「怪我をしても、知らないですよ。」

 「明日に響かせるようなことはしないので安心してください。」

 「絶対に勝つ。」

 闘志を宿してクソガキがシェリー君へと立ち向かっていった。




 人の価値基準は金銭的価値だけではない。

 どんな高価な指環よりも愛する人から幼き日に貰った指環が輝いて見えるように。

 怪盗()を出し抜くために探偵が用意した世界にたった一つの贋作(真作)が真作よりも素敵な唯一無二の贈り物(真作)であるように。

 値札には書かれていない価値がそこにはある。

 だからこそ、親切心は時に予想外の価値を生む。

 無論、その逆もあり得るがね。

 自分にとっては『思い出を風化させて欲しくない。』という自己満足の末の小さな行動だったとしても、相手にとっては夫と息子を引き留めて、子どものように喜びはしゃぐ大きな出来事足り得る。




 「……あった。」

 それは遠い昔、まだそれの価値を知らなかった頃の話。

 お転婆で下町に遊びに行った時の話。

 『困っている者を見たら手を差し伸べるのが貴族の務めだ』と大人が言っているのを見て、自分もそれをやってみたいと思った時の話。

 大したことではない。座り込んでいる老婆に対して、ただ水を一杯。

 近くの家の人から貰って渡しただけだった。

 それを受け取り、美味しそうに飲み干したのを見て、私は満足していた。

 『ヒヒ、お嬢ちゃん、ありがとう。お嬢ちゃんはとっても良い子だね。』

 なんと応えたかは憶えていない。子どもの頃の話だ、浅慮で今思い出したら顔から火が出るような事を口にしていたに違いない。

 だけど、その後の言葉は憶えていた。


 『良い子は報われるべきさ。

 良い子は素敵であるべきさ。

 そして、良い子は皆が羨む姿であるべきさ。

 だから、アタシャは良い子にこれをあげよう。

 これは、良い子が一番素敵になるための手伝いをする、魔法のチケット。

 良い子が本当に素敵になりたいと思った時、良い子の名前をこれに書いて、空に向けて飛ばすといい。

 そうしたら、名前を書いた良い子が素敵になる手助けをしてあげるよ。』


 未だ子どもだった頃は、その意味が解らなかった。

 だから、それは綺麗な宝物として引き出しの奥に仕舞っておいた。

 少し大きくなって、噂からその宝物の正体を知った時は、使おうと思わなかった。

 自分の力だけで、その人の心を射止めたいと思ったから。

 そして今、引き出しの奥に仕舞ってあったそれを手にする。

 長年仕舞ってあったのに、不思議と記憶にあるまま、色褪せていなかった。


 布のような紙の様な不思議な質感のチケット、その中心には漆黒の中に煌めく虹が美しい鴉羽が織り込まれ、チケットと一体化していた。


 今、初めてそれに名前を記す。

 子どもの頃はそれを見てうっとりしていた、宝物だった。

 物心ついてからは、それが本当に価値有るものだと知って、たった一つの切札とした。

 そして今、それを迷い無く使う決心がついた。

 もう自分は十分報われた。

 もう自分はとても素敵にしてもらえたと思う。

 もう自分は皆が羨むかなんて気にならないほどに幸せだ。

 だから、素敵になる手助けは、私でなく、私の思い出を再び輝かせてくれた良い子へと。

 窓を開けてそれを空へと飛ばす。

 風も無いはずなのに、それは空高くへと昇っていく。

 遠く、遠くに、見えなくなった。

 宝物は一つなくなってしまった。

 けれど、もっと素敵な宝物を私は手に入れたのだから、惜しくない。


 『シェリー=モリアーティー』


 その名が空に飛び、鴉の巣へと向かう。

 善意はとても高くつくことになる。




 『鴉羽のチケット』

 その鴉達に定住の巣は無い

 その鴉達はかわれる事をよしとしない

 その鴉達は己の黒羽に誇りを持ち、相応しい者にだけその羽を託す

 ある者の生誕を飾るために

 ある者の旅路を飾るために

 ある者の戴冠を飾るために

 鴉達は飛び、その頭上に羽を降らせる


 実はもっと後、全く別の場面で別の人達と登場させる予定だったこのチケット関連の話、今やってしまいます。

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