コックは知っていた
スティーブ=レイバックはシェリー=モリアーティーから事情の説明と提案、というかお願いをされた時、正直なところ迷った。
自分の姿形を装うのは良い、こんな面、幾ら真似しても一文の得にもならない。そのまま街を歩いたら、もしかしたら失禁して逃げる奴がいたり、ナイフを構えられるかもしれないが、家の中ならまぁ構わない……。
その姿形で坊にモノを教えるのも良い。あの嬢ちゃんがそれ以外のことを、悪さをするとは思っていない。というか、悪さに向いてない顔をしてる、ありゃぁ悪さの仕方を知っていても実行できない性質だ、信頼して大丈夫だ。
実況解説役を引き受けるのも、良いだろう。夕食の仕込みは予めしておけば良い。良い席で坊を観れる。そんくらいやっても大した手間じゃない。
だが、手柄をこっちに渡してそのまま自分が教えたことを隠し通す気でいたのは、頂けないと思った。
「嬢ちゃん、そりゃぁいくら何でもないんじゃないか?
そりゃぁ、怒ったばかりの今は気まずいだろうし、隠した方が良いかもしれんが、最後の最後まで隠す必要なんて無いだろう?
決闘で勝つなり負けるなりした後でなら、教えても構わんだろう?」
「いいえ、これが良いと思います。『自分の力主体で勝った』それは非常に大きな達成感と得難い経験になります。そこに私は、必要ありません。
そもそも、そんな風に恩着せがましくする必要もありませんから。」
笑っていた。それは諦めや自嘲ではなく、本当に必要が無いと思っている人間の表情だった。
正直、気乗りはしなかったが、嬢ちゃんの頼みを断るのも忍びない。
だから表向きは同意して、あくまで嬢ちゃんの顔を立てることにした。
ただし、嬢ちゃんの耳の届かない実況席でうっかり口を滑らせて自分は教えていないことを暴露しても仕方ないし、坊が自分で違和感に気付いて答えに辿り着いても、俺は関与しない。し得ない。
そうなったら嬢ちゃん、すまないな。
ま、俺がやったって事にするとは言ったが、嬢ちゃんがやったことをバラさないとは言ってないし、良いだろう。
さぁて坊はどうするか?
結局、坊は騙されてた訳だ。
プライドを傷付けられてそっぽを向くか、それとも、漢を見せるか。
ここから先は俺の知ったことじゃない。
あくまで俺は一介のコック。俺が考えるべき事は仕込み終えた料理の仕上げと、折角の勝利祝いで何を作るかだ。
上等な肉を焼いてもいい。
デッカい肉を揚げてもいい。
ケーキを焼いて、フルーツをクリームで飾り付けてもいい。
兎に角、今日の主役達を労い称えるために、俺はコックとして闘おう。
ここからが闘いだ。
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