自壊する招かれざる客、そして
最初に何が起きたか解らなかった。
そしてすぐに気が付いた。
体の浮遊感、自分の手が掴むはずのものが虚空になっていたこと、逆に自分の手首を掴む感覚、そして手首を中心に回転する自分。
独り言ではなく、自分に向けられた言葉。
投げられたのだ、あの一瞬で。
手首から五指が離れる。
浮遊感が更にはっきりとする中、体を丸めながら捩じり、自分が進む先に足を向ける。
梟が夜闇の中獲物を狩る時の様な音を立てて着地する。
目の前にいるのは標的。自分が標的にされて今の今まで殺されようとしていた、その事実を知ってなお、冷静で淡々と佇んでいた。
「驚いた。たかが学園の長と思っていたが、俺を呼ぶだけの意味がある。納得した。」
立ち姿は到底殺意を向けられている人間のそれではない、自然体だ。
しかし、その自然は聳え立つ山や流れる川、仰ぎ見る大空の様に、両の手には到底収まりきらないものだ。
「お褒めの言葉、と受け取っておきましょう。」
圧し潰される様な感覚。それは自分に向けられたものではなく、ただそこにあるだけで生まれる存在感。
「しかし、夜の学園に無断で侵入したこと。そして、淑女の首に後ろから無断で触れようとしたことは許されるべきではありません。この学園の長として、貴方に、然るべき処分を。」
死後、悪人は恐るべき存在に生前の罪をつまびらかにされ、沙汰を下されると聞く。
今、自分は死後の沙汰の最中だろうか?
「否、考えるのは後だ。生きていようと、死んでいようと、やることはたった一つ。全て掴む!それだけだ!お前の心臓、掴み取る!」
「試みることは自由です。ただし、出来るか否かは己が腕次第です。
さぁ、武器を構えるならどうぞご自由に。」
「この両の手こそが至高の武器。
たった2つ、生を受けた瞬間より有って、今の今まで研ぎ続けてきた最上級の業物だ。」
「そうでしたか。」
そう一言。構えも取らず、その場に立つ。
『身体強化』
無の状態から最高速度。
火花が散る様に、しかしその勢いは業火。足裏の衝撃と共に前に。
瞬く前に目前に。
相手の双眸がこちらを捉えている。
だが、こちらもプロだ。
足の指先が靴の中のそれに触れる。
カチリと小さく靴の中の機構が揺れ、靴裏から仕掛けが飛び出す。
それは小さな杭。
人に致命的な欠落をもたらす大きさも、蝕む毒も、殺すだけの鋭さも無い。
鋼線が取り付けられただけの代物。それは人を殺さない。だが人を殺すための道を作れる。
杭が突き刺したのは地面。そこから伸びる鋼線は走る男を離さない。
『身体強化』
魔力を絞り出す。
足、背中から自壊の音が響き、それが脳に危険を教える。
無視する。
限界まで強化。今動かすべき場所を使い潰す。
そうでなければ掴めない。
最高速度、その先へ。
激痛で飛びそうな意識、だからこそ感覚は鋭くなり、辛うじて自分の速さに喰らいついている。
体を反らす。杭を中心に体が弧を描く。回り込み、後ろへ。
背骨、足はもう使えない。使えるのは両手だけ。
『身体強化』
『強度強化』
自壊寸前。力を、爆発させる。
狙うは首。握り潰す。
目が合った。




