格好悪いなら
遅くなりました。申し訳ありません。
「………………」
腕を掲げさせられたまま、せめてもの抵抗とばかりに下を向いて黙っている。
拳を握りしめ、唇を嘴の様に尖らせ、鼻を啜っている。
「力を持つ愚者は、無力な愚者よりも悲劇を生みます。
力があればあるほどその悲劇は大きく取り返しのつかないものになります。
今のまま貴方が振る舞えば、無闇に力を振るった貴方は両親を、バトラー様を、レイバック様を、そしてカテナさんを傷付けることになるでしょう。」
「………………」
「このまま何もせず、大人しく死ぬまでそうしていれば、貴方は誰も傷付けずに済みます。」
黙っている分、静かで余計なことをしなくて、良い。
マイナスより幾分かマシだ。プラスにはならないがマシだ。
0なら損失は無い。
意味も無ければ価値も無い。
だが厄介事を生まずに終わってくれる。マイナスよりずっと良い。
このまま何もせず、貴族の子息として、人形の様に、張りぼての様に、像の様に、何も描かれていないキャンバスの様に、0であれば問題無い。
『役立たず』ならぬ『厄立たす』よりはマシだ。世のため人のためだ。
見限る方が、見捨てる方が、切り捨てる方が適解な事が世の中にはある。
「そこで黙っていれば、貴方はカテナさんを必要以上に傷付けずに終わりです。
そこで黙っていれば、貴方はカテナさんをこれ以上笑顔に出来ずに終わりです。」
「………………」
「カテナさんを泣かせたまま、貴方はそこで黙って目を背け続けるつもりですか?
それは、とっても、恰好悪いですね。」
嗚呼、シェリー=モリアーティー君よ、最後の一文があまりにも、あまりにもたどたどしいぞ。
やるなら徹底的に、迷うくらいならやるな。
一度家庭教師として腹を括ったなら、それとして相手の心を掴め、振舞う時に躊躇うな、最早後戻りは出来ないのだから。
「コホン…既に起きてしまった事を悔いて下を向いても何も解決しません。
泣いて視界は曇り、疲弊し、時間は永劫喪われていきます。
俯いて、何もしないで、時間が尽きるのを格好悪いまま待ちますか?
それとも前を向いて、足掻いて、時間が尽きるまで、好きな人のために手を伸ばしますか?」
『好きな人』という言葉に僅かに反応した。
「勿論、後者が絶対格好良くなれるとは言いません。報われないかもしれませんし、無駄になるかもしれません。
しかし、貴方の好きな人は、今の貴方を好きでいてくれると思いますか?
果たして貴方の好きな人は、それを本当に笑顔で受け入れてくれると思いますか?
貴方は、貴方の好きな人に、今の貴方の姿を格好良いだろうと誇れますか?」
「………………………………………………出来ない。」
「なら、やってみませんか?どうせ同じ格好悪いなら、より誇れる格好悪さを。
カテナさんに誇れる貴方になりましょう。」
手を差し伸べる。
クソガキだった頃の悩みは、大人になれば些事になる。
それはクソガキの悩みが些事になるほど大人になって苦悩を経験したからだ。
しかし、当事者にとっては強大な人生一番の悩みだ。馬鹿に出来るものではない。
「わかった……」
手を取った。
当事者にとって一番の悩み。そんな時に少し唆せば、御覧の通りだ。
御し易くて助かるよ。
ド級の外道と見せかけ人の心の機微を馬鹿にしないで寄り添おうとする大人……と見せかけやっぱりそこを利用する外道屑野郎の教授。
今回やったのはシェリー君です。当然教授の様な邪悪さはありません。




