世の中そうそう甘くない
「ここだよ。ここであいつは俺にアレを渡しやがった!」
小石に八つ当たりをする。
大工風……『ボウイ』と名乗ったその少年が案内したのは裏路地の奥まった場所……ではなく表通りと裏通りの狭間であった。
「人数は?」
「一人だよ。でっかいポンチョでフード被ってオマケに変なお面を付けてたから顔は解らない。」
「男か女か解らないという話でしたが、言葉は交わさなかったのですか?」
「話したよ。指示書なんて渡されてもどうせ読めないしな。
話したけど、声が変な感じで、何かで声変えてたんだと思う。」
「ありがとうございます。なるほど、そうでしたか……。
ちなみに身長は?」
「え?いや……俺やあんたよりデカかったよ。よっと、多分……これくらい。」
そう言って近くの壁の凹みに足を掛けて登り、1点を示した。
大工風の記憶に間違いがなければ178.9㎝、ということになる。
「これくらいの高さ。
そう、そうだった!あいつ、この辺でコケそうになって手袋の先破って痛そうにしてたんだよ、ざまぁ!」
愉快そうに笑う。
そういう情報は先に言っておけ。
「あ、ここここ。ここに引っ掻いた後がある。」
身長を指した場所からさほど変わらない位置にそれはあった。
引っ掻いた跡に剥がれた黒い革の破片が付着していた。
血液無し、地面に物証無し、近くに人無し。
「話をした時間帯は?」
「今朝起きてすぐ。3~4時間くらい前かな。」
「…………そうですか。ちなみに、この後貴方はどう動いたか、覚えていますか?」
「覚えてるけど……」
「教えてください、出来るだけ詳細に。」
「そんなこと、なんの役に立つんだ?言っとくけど誰かに頼まれて動いたわけじゃなくて、なんとなく動いていただけだぞ?」
「それで構いません。役に立つかどうかは聞くまでわかりません。だから聞きたいのです。」
「あ、あ、わかり、ました。」
「出来るだけ詳細を教えてください。覚えていることはすべて、ですよ。」
「わかりました…………」
結果として、大工風の動いた動線を先程の裏通り寸前までなぞったが、クソガキにつながる手掛かりは見つからなかった。
その間、大工風の男はずっと、必死に考え、考えれば考えるほど怯えていた。
自分がいつでも殺せると思っているから。
今自分が生きているのは役に立つから。だから自分がいつ殺されるかとビクビクしていた。
必死に考え、思い出し、顔色を窺い、自分の有用性を絞り出していた。
それが無意味で無駄なことだと知らずに。
「すまんの。こちらでは見つからなかったのー。」
「ねぇねぇねぇ、商会の皆呼ぶ?勿論、迷惑にはならないよ。」
「いいえ、それは目立って警戒されてしまいます。
その代わり、手伝っていただきたいことがあります。」
そう言って大工風の男を差し出した。指示書付きで。
「こちらの方を、お願いします。」
世の中そうそう甘くない。
「………え?」
さてー、どうなるかなー?




