誘拐事件の支度
観念したウェイターが懐から一通の手紙を取り出す。
「拝見します。」
押された封蝋を剥がして中身を確認する。
『クソガキを誘拐した。返してほしければ家庭教師が一人で所定の場所まで来い。』というものだった。
「モンテル様!」
オドメイドが手紙を覗き見て錯乱しかける。他人の手紙を覗き込むのは貴族のところのメイドのマナーとしてはどうなのかと思うが、今は置いておく。
「落ち着いて手紙を見てください。この手紙、封蝋印が押されています。」
封蝋、公的な文書や手紙を第三者に覗き見られないように封じ、未開封を証明するための蝋だ。
そして、この封印に使われた蝋はそれなりに上等なものだ。
「封蝋は誘拐犯が要求時に使うような代物ではありません。さらに言えば、私に一人で来るように命令しているだけで金銭などの要求がこの手紙には一切ありません。
不自然過ぎるのです。
そして何より、この字を書いたのは誰でしょうか。見覚えはありませんか?」
泡を食ってパニック状態だったオドメイドが手紙を手渡され、目を通し、冷静さを取り戻す。
「この文字は、モンテル様の字です。いつもの字です!間違いありません!これはどういうことですか!?」
誘拐されたクソガキから届けられた封蝋つき直筆誘拐報告の手紙。
脅されて書かれたわけではない。
誰かが偽装したわけでもない。
なら話は簡単。
「彼は私を倒すために狂言誘拐を仕掛けていたのです。」
そう、話は非常に単純で簡単だった。
時間は昨日に遡る。
「コックのデザートタイムに招待したいんだが、どうかな?」
部屋をノックしたのはコックだった。
「喜んで。」
厨房から声が掛かることはあったが、わざわざここまで呼びに来るという点に疑問を持ったシェリー君はデザートタイムにお呼ばれされることになった。
「明日、出掛けるときに、誘拐事件が起こる。攫われるのは坊だ。」
緑色のお茶を淹れ、甘く煮た豆の一口大サンドイッチ……最中を出した後、コックはそう言った。
「誘拐事件、ですか。」
穏やかではないワード。
だが悲しいかな、シェリー君は似たような出来事に遭遇している。なんなら当事者だった。もっと言えば立てこもり事件を乗っ取って主犯になって、今も堂々と逃亡中の身だ。
この程度では今さら驚かない。今も出された茶を飲んでいた。
「驚いてないようだな。」
「はい。レイバック様からこうして事前予告がなされたということは、誘拐事件は誘拐事件でも、人質が主体となって誘拐されたフリをする『狂言誘拐』。
そうなのでしょう?」
参考サイト:https://www.hankoya.com/shop/sealingstamp/
子どもっぽいのですが、『あちらのお客様からです。』をバーでやる、『名乗るほどの者ではありません、それではこれにて』を自然な流れで言う、に並び、封蝋印の押された手紙(招待状)を受け取るというのは夢だったりします。
また封蝋印付きの手紙が登場したら『またかね、好きだねぇ。』と呆れてください。




