妖精なんてないさ、おばけなんてないさ、魔法の世界で?本当に?
魔法のある世界なら妖精がいても不思議ではない。
闇の中に潜み、光に照らされる獲物の品定めをしている?とんでもない。
闇の中で息を殺していた。
防音の魔法を使ってしまったのが裏目に出た。
ここに足を運ぶことはないだろうと思っていた。
だから今のうちに片づけてしまおうと思っていたのに。
急に来たものだから慌てて隠れてしまって、今も心臓の音が聞こえないかと気が気ではない。
蹴破った場所から見ていた。
この人は、とても強い。そして、賢い。見付かったら大変なことになる。
「……行きましょう。」
誰に言うわけでもなく彼女はそう呟いて、照らされた光から外れて厩の闇の奥へと、もう一つの入口へと消えていった。
音が遠退いていって、扉の開く音。防音魔法の外へと出て行ったらしく、急に足音が消えた。
フェイントも懸念された。だから、動かない。
耳を澄ます。音は無い。完全に、去った。
「く………フー!フー!フー!フー…………」
呼吸を忘れていた。気が抜けてやっとそれに気が付いた。
「フー…フー…フー…ふー…ふー…ふー…ふぅ……。」
抑え込まれていた熱が全身から放出され、汗が噴き出る。心臓は相も変わらず早鐘を打つ。
生え際から伝う雫が眉を通って瞼の上へ。
酸素が肺に流れ込み、それが血管を通って全身に送り込まれる感覚。
「最低限片付けて、終わりにしましょう……」
立ち上がり、前を向く。
瞼の上に溜まっていた水溜まりが目へ。
瞬きをした。
「私も、お手伝いしますよ。」
早鐘を打っていた心臓に背中から直接手を入れられて握り潰された様な感覚。
全身に送り込まれていた熱い血液が一瞬で凍り付いて止まったようになる。
息が、出来なくなった。
「こんばんは。
先程は気付かずに通り抜けてしまい、申し訳ありませんでした、バトラー様、ですよね?」
背後から少女の声が聞こえる。
さっきまで熱かったのに、急激に寒くなった。凍えて震えが止まらない。なのに、汗が滝のように流れ落ちていった。
《人の背後に立つ方法》
防音魔法の領域内で、相手が光に照らされたこちらを注目している状態で、暗闇の中へフェードアウトします。
暗闇の中に潜んでいても、明るい方を注視していれば結局目は適応しないので、暗闇へ消えるとこちらの動きを視認出来なくなります。
だからわざと足音を鳴らして聴覚情報に頼らせ、足音を消して出て行った様に見せかけます。
そうしたら後は簡単。足音を消してH.T.(無い場合は『幻燈』で代用)を使って姿を消して、相手の後ろに回り込みましょう。
「幽霊に遭遇した様な趣深い表情だ。」
「私もおばけは苦手なので、その表現は控えていただけると助かります。」
魔法のある世界ならおばけがいても不思議ではない。




