明るく楽しく健全な脅迫から導く家庭教師
「カテナさんは誠実で、真面目で、慈愛に満ちた方とお見受けします。
そんな彼女が、真面目に勉強する貴方の姿を見たら、きっと、喜ぶでしょう。」
甘くて美味しい飴玉。
それが毒ではないと保証した覚えはない。
他から向けられる鞭より、銃より、切先より。厄介なのは自ずから向かってしまう毒の飴。
それは拒絶出来ない誘惑の毒。口にした以上、もう逃げられない。
「授業を受ければ私はその事を口外しません。
そして、授業を受ければ貴方は望むものを手に入れる機会を得る。
貴方にとって利はあっても損はありません。そうでしょう?」
「…………お前に何の得があるんだよ。」
「先ず、私はここに学校の授業の一環で来ています。ここで家庭教師の仕事が対外的にもしっかり出来る。それだけで十分な得です。
更に、当主のショーマス様には一度助けられたので、その恩を返せます。」
「うぅ………………」
「そして貴方を見て、貴方に何かを教えること、貴方の成長を見られること、それが楽しそうだと、そう思いました。」
「……………………ふん。」
揺れ動く。迷う。苦悩する。
だがそれは、誘惑から逃れようとする悪足掻き。だがもう遅い。
「わかった。明日から家庭教師を…………ぅぅ、オネガイシマス。」
よし、堕ちた。
「さぁ、それではもう寝る時間です。
明日に備えて、早く寝ましょう。」
「わかっ、りました。センセー、オヤスミナサイ。」
「はい、おやすみなさい。」
せめてもの最後の抵抗とばかりに棒読みだったが、あれは虚しい形だけの抵抗だ。
魔法だろうが銃弾だろうが飴玉だろうが満漢全席だろうが、相手の手札に動揺して崩されれば、もう負けだ。
憎悪や怒り、それは惑わなければ最短距離を自壊覚悟で進む刃。
それを降ろしてしまった段階でもう手はない。
「明日からは本当に、本当に忙しくなることでしょう。」
心躍るとばかりに屋敷の廊下を軽やかに歩く。
「無理はしないように。
危険は避けるように。
自分最優先で。
自分最優先で。」
「……危険を避けるために明日からの授業を行うのですよ、教授。」
「無理と自分最優先の文言を無かったことにしないように。」
こうして、張り切ったシェフの遅めの夕食へと向かったシェリー君。
先ず、クソガキを向き合わせることには成功した。
だが、ここからは右を見ながら左を見て、正面の一大事を片付けるような厄介な事態。
無理しない範囲で存分にやるといい。
無理しない範囲で。
屋敷の中を音もなく歩く。
獣のように、しなやかに、呼吸の音さえ、衣擦れの音さえ聞こえない。
今日が無事終わった。
終わってしまった。
予想外の事が重なり、思うようにいかなかった。
苛立ちや腹立たしさがある。が、予想外の事のお陰で自分のやろうとしたことも覆い隠された。
静かに、静かに、慎重に閂を外した。
潜んだ者を知る者はあれど、その悪意に気付く者はない。
そんな中、家庭教師が始まる。
授業、始まります。色々やりたいことありますが、未だ授業スケジュール空きがあるので科目リクエスト受付中です。




