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思えばこそ、辛く、痛く

 消えたシェリー君達が現れたのは群れが消えていった直ぐ後だった。

 「……………」

 屋敷と牧場を隔てる二層構造の壁の近くに現れた。

 クソガキとオドメイドの2人を抱えたシェリー君は疲労困憊、というか気絶寸前だった。

 「あ、ありがとう、ございます、お体は、大丈夫ですか?」

 オドメイドは動揺があるが、メイドの矜持とばかりに気丈に振舞って礼を言い、シェリー君に付き添った。

 「……今日は戻る」

 普段なら、苦虫と渋いブドウの皮を口一杯に放り込んだその表情を見て嗤うところだが、今回は口角が上がる気がしない。

 直前まで死にかけていたというのに、それを救われたというのに、救った恩人が今酸欠で気絶寸前だというのに、背を向けるその様はクソガキと言えど……


 パン!


 破裂音が響いた。クソガキの頬をオドメイドが思いっきり引っ叩いた。

 魔法は一切使っていない上にメイドの細腕から放たれたそれは殺傷性なんて無い。

 だがそれでも音は鳴るし、何よりクソガキにとって、それはどんな痛みより堪えるものだった。

 「カテナ、なにを?」

 叩かれて直ぐは呆然としていたが、伝わった痛みと音で少しずつ思考力を取り戻し、誰に何をされたかにやっと気付き、再度呆然とした。

 「貴方様は今、モリアーティー先生に助けられました。

 彼女1人なら、あの群れに襲われても平然と避けられたでしょう。」

 正解だ、オドメイドの評価が上がった。

 「それなのに、我々を助けるためにこんな風になったのです。

 助ける義務は無いのに!我々を助けてくれたのです。

 そんな恩人に対して、貴方様は、何をしているのですか!

 私の主、モンテル=ゴードン様は恩義に報いることさえ出来ない方だとは思いませんでした!

 見損ないました!」

 おぉおぉ、オドオドしていると思っていたが、その評価は改めよう。

 今までの言動から、このメイドはあの当主ではなくこのクソガキを主人と仰ぎ、仕えている。今、その主人に手を挙げ、どころか『見損なった』と暴言まで吐いた。

 理由は何であれ、この状況でそれをやれる胆力はなかなか見どころがある。



 「なんで……?」

 クソガキが下を向いて、ぶつぶつ口ごもるように呟く。

 それはすぐに爆発した。

 「なんでだよ、なんでカテナまで!なんでだよ、なんでだよ!」

 涙目で喚くクソガキ。オドメイドはそれに対して動揺する表情を一瞬だけ見せ、そして抑え込んだ。

 「主の間違った行いを正すのも従者の役目です。どうか、自分を省みて下さい!」

 決してオドメイドは譲らない。

 ボロボロのグチャグチャになったクソガキはこの場の視線に耐えられなくなり

 「ふざけんな!」

 屋敷に戻ろうとして……

 「ブラララララララ!」

 怒りのまま扉に手をかけた瞬間、横から高速で走ってきた一際大きな血だらけの大馬にぶつかり、吹き飛んだ。

 「シェリー君が眠っていて良かった。これを見ずに済んだ。」

 吹っ飛んだクソガキが牧草に思いきり叩き付けられた。

 「ブラララララララ!」

 あぁ、安心するといい。コイツには見覚えがある。

 一頭だけ妙に大きくて獣の目をしていた個体だ。

 今も目が血走っているが、これは元来のそれで、薬によるものではない。


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