家庭教師初日、手始めにかくれんぼを。
貴族社会は治安が悪い。
その辺の盗賊山賊が虫の様に湧く往来の真ん中も相当治安が悪いが、それとは別方向で治安が悪い。
学校を社会の縮図なんて抜かす気はさらさら無いが、あの学園の醜態痴態を見ての通り、連中に法律や倫理なんてものは無い。
逆に権利主義的思考や拝金主義的発想や独善的な傲慢さなら、売ってインフレさせるほど有る。
そんな連中がそのまま育ってみろ、悪化することはあっても、善い方へ変わるものか。
だから、立派に大人になった連中が誘拐・裏切り・姦計を繰り広げる……そして、それらは表出して新聞でも見られる。
簡単に解る様に具体例を挙げてみせよう。
あの豚嬢を思い出してみろ、追い出される直前にシェリー君に渡したあの趣味の悪い首飾り。
あの豚嬢が急ごしらえであんな暗殺する気満々な小道具を作れるとでも?
違う、元々持っていたんだ。衣服や化粧品と同様に、それは奴らにとって日常にあって当然のものだから、用意出来た。
死や身の危険というのは、貴族にとって直ぐ傍に有るもの。
先刻の表情から解る様に、この家とて例外ではない。寧ろ力があるから積極的に狙う阿呆共が居る。特に子どもは力が弱く、悪意の練度が低い。
掻っ攫うならあのモンテルというクソガキが一番だ。
「そう考えると、この『かくれんぼ』は貴方にはぴったりですね。」
隣に、あの家庭教師がいた。
カテナにはいつもの場所で待っている様に言っといた。
場所は誰にも言っていない。足跡だって残していない。空を飛んで上から探したとしても森に隠れてここは見つからない、見つかりっこないんだ。
なんで見付かったんだ?いつも通りの朝食なら、未だ食事が終わって30分と経っていないはずなのに!
「足跡を残しておくと追跡されると気付いている点は高く評価すべき点ですね。
上空も時折見ている様子だったので、空からの可能性という本来なら低い可能性にも気を配る点は素晴らしいと思います。
さぁ、かくれんぼは見つけたらそこで終わりですが、今回は追い駆けっこ、鬼ごっこのルールも混ぜて行いましょう。さぁ、私から逃げてみて下さい。」
「知るか。」
迷い無く木から飛び降り、着地した直後、更に迷い無く崖から飛び降りる。
ここは家の裏にある森の中、一見すると森の中で一際背の高い木が群生している場所だ。
けれど本当は違う。森の真ん中の地面が少し山の様になっていて、そこにも木が生えているから、森の一部が飛び出て見えているだけ。崖下はしっかり地面で、ちょっとやそっとの魔法や受け身程度で飛び降りてしまえば大怪我をする。
だが、崖下にも木が生えているから、木々のどこに太くてしなる枝があるかを知っていれば、そして上手く落ちれば、枝に引っかかる事もなく、そしてケガをする事もなく、落下の衝撃を分散して安全に降りられる。
そう、それが出来るのは自分だけだ。
「ばーか!」
慣れている、余裕綽々とばかりに空中で身を翻して崖上にあかんべーをして見せる。けど、崖上には誰もいなかった。




