最初はこれでいい
他の著名な学者や教育者の方ではなく、自分が呼ばれている段階で想像出来ていました。
そして、落とし穴の存在でそれは確証に変わりました。
私は、このままの振る舞いでは対話すら叶わないでしょう。
隠れている相手を見つける。それだけなら教授から教わっているので問題ではありません。
けれど、見つけても会話にならなければ、私は何も出来ない……
であれば、『自分からやって来ざるを得ない状況』を作り出してしまえば良いのです。
『人間は不合理な生き物だ。それがたとえ罠だと解っていても、安い挑発でも、それが無視出来ない事柄であれば、乗る。
どれだけ澄ました顔をしていても、どれだけ余裕綽々でも、冷静であっても、それを突く事が出来れば、相手は同じ舞台に勝手に上がってくれる。』
その時の教授は、とても……はい、とても悪い顔をしていました。
彼の行いは非常に悪いことだと思います。それは、弁護しません。
けれど、初対面ですらない彼の行動には一つ、純粋で素敵な点がありました。
泥を投げつけた時、彼のその『点』の意味に気が付きました。
彼がもし、私の思う様な人物なら。
彼がもし、望んでいるものが、力があるのなら。
手を取り合うことが出来れば、私は彼に渡すことが出来るでしょう。
彼の望む力を。
力をより良く振るうための知識を。
そして知識を夢の実現に結び付ける方法を。
私は、私の意思で手伝いがしたいと思いました。
『私が渡した知識と経験は、もう私のものではない。
今の所有者は君だ。
好きに使って良いし、好きなだけ渡すと良い。
知識は使っても渡しても減らないのだから。』
背中は押して頂きました。
その言葉の意味に思うところが無い訳ではありませんが、思い切りやることにしました。
彼は今、私に良いようにしてやられて、腹を立てているでしょう。
彼の中で私の存在は『いつも通り追い出す数いる家庭教師の一人』から『徹底的に負かして追い出す敵』に変わりました。
今も彼は泥を落とされながら、その目を私に向けています。
向けられる感情の名は敵意。
それは私にとって向けられ慣れた感情。
けれど、不思議と彼のそれを厭なものだとは思いませんでした。
最初はこれで良いのです。無関心では対話すら出来ませんから。
「よく来てくれました、シェリー=モリアーティー君。ようこそ、ゴードン家へ。
改めて、私はこの家の当主をやっているショーマス=ゴードンです。」
泥だらけのクソガキを乾かして、あっという間に食事の時間になった。
「こちらこそ、改めて、アールブルー学園より参りました、シェリー=モリアーティーと申します。
この度のご助力、誠に有難う御座います。」
「いやいや、これは助けて貰ったお礼で、家庭教師を引き受けてくれる分だけ私は得をしています。
君が無事学園を卒業出来る様に私も願っていますよ。」
「ありがとうございます。」
シェリー君は笑顔で返す。
あぁ、まぁまぁ、よくもまぁ御貴族様だ。
あの巨大馬を早々に見せて、あのクソガキのお守り分だけ得をしていると抜かして、下手に欲の皮の突っ張った守銭奴より性質が悪い。
シェリー君はお陰で逃げられなくなった。
「待たせてしまって申し訳ない。さぁ、食事にしよう。」




