この先の道には未知が満ち満ちていると心得よ
それからの旅程は順調に進んでいった。
特に盗賊山賊に出会う分けでもなく、奇妙な生物に襲われる事もない。
攫われて人質になる事も、商会を立ち上げるような事態もなく、爆発も炎上もその他面倒事も起こらなかった。
異常が無いのが異常だ、何かの前触れか、だって?
馬鹿を言わないでくれ、これが本来女学生の日常であるべきだ。
何が悲しくて生命の危機と不本意な竹馬の友になって修羅場を潜り抜けねばならない?
これが本来あるべき姿、これが本来のシェリー君に有るべき日常。
「私は、今非常に緊張しています。」
肩に力が入っている。
「見ての通りだね、どうかしたのかね?」
「緊張は口にして紛らわすものです。そして、私は同時に楽しみでもあるのです。」
肩に力が入りながら、口角にも力が入っている。
「ほぅ、良い事だ。ちなみに聞くが、それは何故かね?」
「ショーマス=ゴードン様から頂いたお話、ご子息の家庭教師になるというお話。
私は教授から未だに教わる身、未熟者です。」
未熟でも相当な経験を経て成長してはいるがね。
「今まで、私は人に何かを教えるという経験がありません。学園では教わることがあっても、学ぶことがあっても、誰かに教えるということはありませんでした。」
僅かな表情の曇り、それは期待と喜びに塗り潰されて消えていく。
あの学園で、シェリー君が誰かに教えるという機会は確かに生まれ得ないな。
努力家で特待生で、乞われれば請ける性格で、教えるとすれば丁寧で誠実に正確に教える。
だが、そんなシェリー君を疎ましく思う連中は、頭を垂れて教えを乞うなんてプライドが許さないと突っぱねる。
代わりに石を投げる。許さないと罵倒する。拒絶する。
他者にものを教える経験が生まれる環境は、あそこには無い。
「私にとって、この淑女の零は未知です。失敗すれば、私は居場所を失います。
危機的状況下で、極限状態で、とても余裕なんてありません。家庭教師なんて、初めてで、そこで失敗したら、もう私に後はありません。
けれど、心の奥底で、何かが、あるのです。不快ではなく、奇妙な感覚。多分、私は楽しみなのです。
一歩進む度に未知。けれど、そこにあるのは危険や怖いことだけではないのかもと、何か素敵なことがあるのではないかと、想像してしまうのです。
今までの道も大変で、時に苦しいこともありましたが、それでも、素敵な出会いが沢山ありました。
もしかしたら、この先にある未知には、そんな素敵なものが、あるのかもしれないと。
家庭教師も、どんな方に教えるのか?私に教えられることがどれだけあるか?どう教えようか?私が力になれたとしたら、どんな風に力になれるだろうかと、考えてしまうのです。」




