クッキーと似つかわしくない強欲
夜明けを迎えた。
招かれざる賊連中は外へ。あぁ、陽が射してきたから凍死はしない。ただ、体が鈍くなって最低限の動きしか取れず、二度同じような、下らない真似が出来ない程度に消耗させているだけだ。
「茶は要るかい?」
「いえ、お構いなく。」
「アタシが飲みたいのさ。それに、助けてくれたお嬢ちゃんに茶の一杯も出さずにいるなんて、面の皮が厚過ぎる。婆だからってそりゃ無しさ。」
そう言いながら地面に散らばった荷物を避けて茶を淹れ始める。勿論、花瓶ではなくティーポットで。
あっという間に、香り立つ鮮やかな琥珀色の茶が出された。
「砂糖とミルクは自分でね。」
シュガーポットとミルクピッチャーまで用意された。
「では、頂きます。」
カップを手に、先ずはそのまま口にする。
終始暖かい部屋の中に居た。
消耗という消耗は無かった。それでも切迫した状況、ストレスフルな環境に曝されていたのだ、緊張感はゼロではない。
「あぁ、とても、美味しいです。」
茶のお陰で肩の力がやっと抜けた。
にしても、小娘相手に随分と良い茶葉を使ってくれたものだ。
「婆の手製で良ければクッキーもあるけど、食べるかい?」
皺だらけの口角が上がり、籠に盛られたクッキーの山を見せる。
もうここまで来ると断ることが無粋になる。
何より、結局一晩中飲まず食わずで大立ち回りをしていたシェリー君にとって、それは魅力的な提案だった。
「是非、いただきます。」
シンプル、そこから漂う惜し気もなく使われたバターの香り。
口に含むと広がる木苺の甘酸っぱさ。
薄く焼かれたクッキー生地の中にこれでもかと埋め込まれたチョコの塊。
3種類のクッキーは幸せをもたらしてくれた。
シェリー君の人生において、クッキーに付随するエピソードには拭いきれない嫌なものがある。
汚く貪り喰らう暴食。
理不尽に向ける憤怒。
論拠無き虚ろな傲慢。
これらが混じりあった記憶が、クッキーの美味を損なわせることはなかった。
「美味しそうに食べてくれるね。嬉しいよ。」
老主人は笑った。
「警備官の巡回がもうすぐ来る。この道は毎日来るんだ。
したらあいつらを渡して、お仕舞いにしようかね。」
2杯目を飲み終わった老婆が天井を見上げてそう呟く。
「であれば、それまではここにいてもよろしいでしょうか?」
「何時までだって居て良いさ。なんなら住むかい?」
冗談で言っていない。
「お心遣いありがとうございます。
しかし、目的のある旅故、お気持ちだけ、頂戴いたします。」
「そうかい、残念だね。
じゃぁ……お礼は何にしようかね?
老い先短いとはいえ、命の礼がお茶とクッキーじゃ釣り合わない。
お礼をさせてくれないかい?」
シェリー君は善行の対価を求めようとしない……いいや、望まない。
普段なら。
「では、2つ。お願いしたいことがあります。」
この日は少し違っていた。
「なんだい?望むものを言ってみな。」
老主人はそれに無条件で応える気である。
投稿が遅れて申し訳ありません。




