本名
目が覚める。
暗闇の中、最後に目を閉じた時、次にこの目が開くことは無いと思っていた。
散々生きてきた。
人に迷惑をかけたし、多分人の役には少し位立ったこともあるかもしれない。
もうやることも大して無く、残りの時間を無為に生きていた。
だから、この時が潮時なのだと思って目を閉じた。
けど、今目の前にあるのは見慣れた天井。ここ数十年見知った天井だった。
老いて役に立たなくなったこの身にも未だ役目が残っているらしい。
「気付かれましたか。良かった……。」
こんな老婆が目覚めたのを見て、安堵する小娘がいた。
襲われて、倉庫に押し込められた直後、知らない顔が自分の家にいたら嫌なものだが、そうは思えなかった。
震える温かく柔らかな手で皺くちゃな婆の手を握っていて、その安堵の表情に裏は無く、ただ、この老いぼれの目覚めを純粋に喜んでいたのだから。
「誰だい?」
起き上がる。体の節々が痛いし上手く動かないが、それは今に始まったことじゃない。
「あぁ、未だ起き上がらない方が良いかと。低体温症気味だったので。」
「低体温症……あぁ。」
自分が置かれていた状況を思い出した。
いつも通りの一日が終わる頃、珍しく来客があって、旅人だって言われて怪しいと思っていたけれど、若い娘がこんな真夜中に一人野宿ってことになったらただでさえ悪い寝覚めが更に悪くなる。
だからって扉を開けた結果……
「アンタは?」
私を倉庫に放り込んだ張本人じゃないことはよく知っている。じゃぁこのお嬢さんは恩人だろう。
そう思ったのだけれど、どうも勘違いさせたらしい。
「あ、怪しい者ではありません……いいえ、十分怪しいですね。
私は旅の途中こちらに伺いまして、そうしたら二人組の強盗が……あぁ、そういえばその二人は貴女が監禁された後で偽の主人を監禁したのでしたね……。
えぇっと……見知らぬ小娘が勝手に上がり込んでいて、家は荒らされた状態。
状況としては十二分に怪しいのですが、怪しい者ではないと信じて頂くことは出来ませんか?
最低限、害する意はありません。」
聡明そうだし、私に対して向ける目も優しい。けれど、馬鹿な娘だね。
自分が犯人だと疑われていると勘違いして慌ててる。しかも疑われたことじゃなくて、アタシを不安にさせたと思ってそれを苦にしている。
「解ってるよ。アンタが助けてくれたんだろう?アタシはアンタを問い詰めたい訳じゃない。
アタシを助けてくれた命の恩人の名前を聞いて、お礼を言いたいと、そう思っただけさ。
名前を伺っても良いかい、アタシを助けてくれた心優しいお嬢さん?」
顔がパッと明るくなった。
「シェリー、シェリー=モリアーティーと申します。」
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GWなんて!とへそを曲げていたのですが、応援して下さる皆様のおかげで今年のGWは中々良いものになりそうです。




