その必死は誰が為
一級の警備官だと解っていた、それなのに。
推理力と洞察力はあの二人との会話で知っていた、それなのに。
『残念ですか、初めから貴女が本当のこの家の主だとは微塵も考えていませんでした。』
あまりにも、甘かった。
シェリー君が自称家主に見送られた後に先ずやったこと。
ある程度歩き、家からこちらの姿が見えなくなったところですぐさま気絶する二人の縄を確認した。
「これで、よし……。では、改めて家主の方に会いに行きましょう。」
「気を付けるように。」
足音を消して、明かりの漏れた扉の向こうで聞き耳を立てている自称家主の傍らで、薪を避けながら急いで倉庫に侵入。
倉庫の中には人一人。他に目立った装置や魔法の痕跡はない。本人に特殊な薬物が投与された形跡も無い。
「体温が少し低くなっているようですが、一先ずは無事です。」
倉庫からシェリー君が推理した通りの背の低い老婆を抱えて脱出……しなかった。
「外は風が強く寒い。現在無事でも老人の体力なら、ここに置いておいた方が良い。」
「しかし……」
「家主を始末せずにわざわざ縛って置いているというのなら、用済みではないということだ。
今も家に明かりを灯して居る……目当てのものを未だ見つけてないのさ。
それなら、強盗と我々に浪費させられた時間を取り返すべく、話を聞きに来る。
欲に目が眩んだ人はその時……」
闇夜以上に盲目になる。
そうして、現在に至る。
「残念ですが、貴女も前の二人同様に、然るべき場所へ向かって頂く必要があります。」
背後は取った。向こうにはシェリー君の動きを見せている。この状況でまともに逃げられると考える余地はない。
「はぁ、残念。私も運の尽き……なのかしらね。」
声色と口調が変わり、項垂れ、背中を曲げながら肩を落とす。
それが合図だった。
偽主人の肘を突き破って光るものがシェリー君に向かう。
月明かりに照されたそれは金属製の鋭利なスパイク。
毒は塗ってないが、乙女の柔肌を刺し貫く殺傷性はある。
振り返らずにこちらを攻撃出来る。不意討ちとしては上等。が……
「当たらなければ殺傷力は全てゼロです。」
当たらない。
そもそも、この偽主人にとってあの二人とシェリー君の存在は完全なイレギュラー。陽が昇れば警備官も来る。
撤退のタイミングはとっくに過ぎている。
それなのに残って本物の主人を問い詰めようとする輩が潔く諦めるわけがない。
『H.T……』
懐に手を伸ばす動きをした。
が、それは手を叩かれて失敗に終わる。
「さっきそれは見た!使われちゃ私に勝ち目はないだろうさ。だから、使わせない!」
振り返った偽主人が必死の形相で襲って来る。
彼我の戦力差は明らか。だからと言ってここで大人しく捕まる様な輩はそもそもこんな風に往生際悪く残ったりはしない。
けれど、こちらもこちらで必死だ。
「時間は、かけられません!」
シェリー君が懐から再度取り出す素振りを見せる。
「させないって………」
それを叩き落とそうとして、体が硬直する。
そのあと、何故か意識が途中で途切れた。




