ラズベリーパイ/ブルーベリーパイの作り方
冷たい風が煉瓦に吹き付ける。
音は聞こえてくるが、内側は暖かい。
「あ、思い出しました。」
風の音だけが響いていた3人の沈黙を破る。
「私、とても大事なことを忘れていました。」
目を丸くして驚くような表情を浮かべた少女に対して大の男2人が硬直する。
「それはなんなんです?」
「名前です。」
「え…………え?」
「いったい何の名前なんです?」
2人ともキョトンとする。
だがこちらはそんな2人に対して大真面目な表情で続ける。
「こんな夜分にご迷惑をかけて、こうして暖まで取らせて頂いたというのに、私は名前を名乗っていませんでした。
どうか、私の非礼をお許し下さい。」
奥まで押し込まれた椅子に深々と座っていたシェリー君がするりと青髭男の牽制を抜けて立ち上がっていた。
『気流操作』
床を覆う雑多な物を静かに、踏まないように風で片付け、2人が正面になるように、歩き、そこで止まる。
「私の名前は、シェリル=モディリアーニ。
今は休職中の警備官です。
危うく凍え死ぬところだった私を助けてくださった命の恩人お2人のご尊名を伺ってもよろしいですか?」
爪先で床を鳴らし、大仰なお辞儀をする。
カンという中身の詰まった木材を打つ音を響かせ、笑顔を向ける。
それに対する男2人の反応は、実に愉快なものだった。
「休職中?」
「警備官?」
暑くも寒くもないというのに、脂汗を流して震え始めた。
どうしたのかね、急に風邪でもひいたのかね?
「えぇ、大捕物に次ぐ大捕物続きで、張り切りすぎて休みを取るのを忘れてしまい、上司から『休暇を取らないなら休職だ、それも出来ないなら謹慎にしてやるぞ!』と怒られてしまいまして……休職になってしまいました……。」
屈託無い笑顔。
だが、男達にとってそれは大鎌を携えた死神に見えていた。
「お名前を訊いても構いませんか?」
不思議そうな顔を浮かべて、笑顔で訊く。
「あ…………あ…………」
辛うじて我に返った青髭が声を出そうとするが、思考がまとまっていない。
風に乗って足下に飛んできた1枚の絵に視線が向いた。
「ぶる……」
「ぶる?」
「おれ……いいえ私の名前はブエル=ベリル。
そっちはラズ、ラズ=ベリルだす。」
少女相手に名乗るだけで声が裏返るとは、よほどのあがり症のようだ。
ブエル=ベリルの足元には日焼けしてあちこちが汚れた紙が落ちていた。
『ラズベリーパイ/ブルーベリーパイの作り方』
年季の入ったレシピだな。
「ブエル様とラズ様ですね。本当にありがとうございました。助かりました。」
改めて頭を下げた。




