歩みは未だ
馬車を見送った直後に戻る。
向こうの崖の上でコソコソしていた連中は消えた。
何を企んでいるかは明らかだが、敢えて追求はしまい。
「どうかしましたか?」
「いや、矢鱈と足の速い三羽烏が羽ばたいたのを確認しただけだ。」
「カラスなのに、足が速い……ですか?」
「あぁ、珍しいと思って見ていたんだ。
さぁ、今はカラスの話は置いておこう。何せ少し時間を無駄にしたんだ。その分急ぐとしよう。」
「あの時間は有意義だったので『無駄』と断じることについて異論はありますが、急ぐことには賛成します。」
そう言って放置していたバッグを取りに戻って、再び歩き出した。
暫く歩いていくと、道の先に荒らされた形跡があった。
わざわざ道無き道から暴走馬車が突っ込んできて、その辺に潜んでいた不届き者を炙り出しつつ投網で文字通りの一網打尽にして引き摺った様な、そんな跡だ。
「何かが、あったようですね。」
ゆっくり歩きながら周囲を見渡す。
凄まじい蛇行運転のせいで周囲の草むらが前衛的な幾何学模様を描いていた。
「だな。だが心配は要らない。前の髭大男の車輪の痕跡は『何か』が起きた上にある。
もっと言えば止まった様子も争った跡もない。
ここで何かが起き、終わった後で馬車が通った。心配には及ばない。
念のため警戒しておく……というスタンスで行けば良い。」
「油断は、致しません。」
「だろうね、今の君はいつも以上に消耗しているのだから。襲われてしまえば非常に面倒なことになる。」
シェリー君の表情がぎこちないものに変わった。
「先程飛び出した時、早速かの淑女から教わったものを使おうとしただろう。
速いが制御が難しく、何とか軌道修正はしたものの、消費魔力が莫大で満身創痍。結果から見れば大失敗だ。
目の前の一人を救うために満身創痍の一手を打って二手目は打つ手無しではお話にならない。」
「返す言葉もありません。申し訳ありません。」
「私に申し訳なく思われても困る。
まったく……偶然この辺り一帯の治安が安定しているから良いものの、そうでなければ淑女の零はここで無事目出度く終了と相成っていたのだからね。」
そう考えると、非常に不愉快で不本意で業腹ではあるが、あの三羽烏は十二分にシェリー君の役に立ったと言える。
この荒れ方からしてこの辺りにいたろくでなしの数は一人や二人ではないのだから。
「あの魔法は、非常に難しいです。」
「その通りだ。」
「今の私では御覧の通りの有様です。」
「はっきり言って情けないことこの上ないな。」
今回は反省を促すために遠慮無く物言いをすることにした。
「ぅ……けれど、使えるようになれば、そうなれば間違い無く大きな武器になります。」
シェリー君は魔力に恵まれている訳ではない。だが、理論と細やかな魔法を扱うという点においてはその根気と研鑽によって評価に値する能力に仕上がっている。
それでもなお、かの淑女の超絶技巧と魔法の造詣はシェリー君の理の外にある。
その片鱗でも使えるようになれば、それは強大な力だ。
特にあれは、シェリー君の『魔力量』という問題を解決するための理想的な解法だ。
流石は淑女といったところだ。厄介この上ない。
だが、あの技術をモノにするには今のシェリー君では経験も魔力も足りていない。
そして何より、考え方と使い方が間違っている。
あれを作り、使っているのが淑女だとすれば、その用途は淑女の考え方に基づいていることになる。
どう考えて作り出し、どうやって使っているのか?
あの技術の本質を理解出来ない限り、あれは永劫君のものにならない。
さぁ、どうする?
根本から貴女は間違っています。淑女たる者、常に余裕を持って物事を迎えるべきです。
力が入り過ぎです。呼吸をするように、心臓が動くように、自然で優雅な立ち振る舞いを意識なさい。




