集敵・殲滅の旅
名前を名乗るべきであるという誠意。
名乗るべきではないという理性。
この板挟みの状況でシェリー君が出した答え。それは……
「私の、名前は……モリ-……アーティー……です。」
伏し目がちに、申し訳なさそうに、途切れ途切れにして名乗る。
「モリー=アーティー嬢、貴女の勇気と慈愛に感謝する。
今は手持ちが無い故、これにて失礼する。だが後程、必ずお礼をする。
では、また会おう。」
あれよあれよという間に馬車に乗り込み、大男と御者は賊を運んで道の向こうへ消えていった。
「……申し訳ないことをしてしまいました。」
頭を抱えていた。
正直なんの捻りもない偽名で、悪意も感じられない。
それなのに罪悪感を抱えている。
意味の無い事だ。何せ嘘はお互い様なのだから。
「不義理な主人だと嗤うがいい。」
頭を抱えていた。
抱えてもなおその巨体は馬車の空間の多くを占めている。
「いいえ、そんなことは致しません。
『本名を名乗れば怖がられるかもしれない。大事になるかもしれない。』という主の優しいお気持ちあってのことと推察致します。
改めて礼をする時に告白すれば、かのレディー=アーティーもきっと、その気持ちを汲んでくださるでしょう。」
従者の言葉を聞いて、少し意味ありげな表情を浮かべた。
「そうか……レディー=アーティーか……」
『ボイリス=ハウンド』なんて名前の貴族は存在しない。
彼はある意味で相応しい名前を即興で自分に付けただけ。偽っていた。
「モリー=アーティー、モリー=アーティー…………名前はモリアーティーだろうか?」
御者に聞こえない程度の小声で呟く。
彼女が『モリー=アーティー』なんて名前じゃないことは直ぐに気が付いた。
それは、嘘を嗅ぎ分けてきた経験……ではなく、彼女があまりにも露骨過ぎる誤魔化し方をしていたから。
嘘や誤魔化しが下手……というよりも敢えてそういう動きをして『気付かれるように振る舞っている』様に見えた。
「気を遣わせたか……重ねて申し訳ないことした……あぁ、にしても……うぅむ……」
それはそれとして、と思考を切り替えて自称ボイリス=ハウンドは唸りながら。
「心根もさることながら、あの才覚は素晴らしいものだ。本調子ではなかったとはいえ、ワシの一撃をあぁも容易く避けるとは……」
こちらが不覚にも後れを取った賊を一人で相手して制圧してしまった。しかも全員生きたままで、だ。
「また会えたら、その時は………どうした、敵襲か?」
馬車が急に止まった。今回は横転こそしなかったものの、何かがあったことは解る。
「敵襲では、ありませんが……戦闘の跡が前方に……」
ドアを開けて周囲の様子を見回す。
確かに周辺に争った形跡が見られる。
だが、不思議なことに争っていた跡はあれど、争っている人の影も形も無かった。
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