淑女と小さな淑女の別れの挨拶4
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革袋を手に持って、中の鞭を取り出して間近で見て、それは明らかになった。
未使用品が余っていた?
これは加工されて間もない完全な新品だ。汚れや傷一つ無く、埃をかぶった跡や時間経過で劣化した形跡もない。よほど頑丈で高性能な場所に丁寧に置いておいたのだろうさ。
あぁ、もう一つ。奇妙な、本当に奇妙なことがある。
それは新品なのに、妙に使い込まれている。使われた痕跡が無い。だが同時に、この鞭は使い込まれている。今まで革袋に巻かれて入っていたのに、それを取り出した時に真っ直ぐに鞭が伸びていた。
もし淑女の言葉を信じ、今まで使われずに放置されていたのが事実なら、鞭は革袋の中に丸めて押し込まれていた時の形、伸び切ったバネの様な形状を覚えているはずなのに。
それはまるで、誰かが手袋をして、傷一つ付かないように細心の注意を払いながら、何度も新品の鞭を振るって直ぐに使えるように馴染ませたようだった。
「……では、有難く、頂戴いたします。期待に応えるべく、精進いたします。」
結局、その革袋を両手で受け取った
「では、暫しの別れを。ごきげんよう、シェリー=モリアーティー。」
手を差し出された。
握手を、ということだ。
「ご、ごきげんよう、ミス=フィアレディー。」
その手を戸惑いながらも何の疑いも無く、無警戒に取ってしまった。
「油断大敵です。」
「…っ!」
淑女の顔付きが鋭くなる。シェリー君はそれに対して一瞬、反応が遅れた。
『直接触れる』
それは魔法の行使において最も手っ取り早く確実。その上最も強力な方法。シェリー君の奥の手を使う上での重要な要素。それをやられた。
淑女の手を介して流れ込んだ魔力はシェリー君の全身に流し込まれる。
『人の体内で魔法を直接発動させる』なんて方法を一度考えた。
だがすぐにその方法は没とした。
相手の体内の魔力の流れに干渉されながら自分が意図した魔法の行使をするというのはあまりにも難易度が高く、その上膨大な魔力が必要となり、あまりに非効率だったからだ。
「人に触れるなとは申しません。けれど、油断が貴女を脅かす事を忘れないように。」
淑女の魔力がシェリー君の内で法則に基づき、一つの形を組み上げる。
山や川の様に強大で圧倒的でありながら、芸術家の絵画の様に精緻なそれはシェリー君にある魔法をかける。
『身体強化 』
『強度強化 』
全身に駆け巡る力の嵐は瞬く間に凪に変わった。
「………………」
体内で炎が爆ぜることはなく、雷が落ちるわけでもなく、主要臓器が凍り付くこともなく、だがその荒々しい贈り物は刺激が強過ぎた。
手を離した後も眼を丸くしながら硬直しているシェリー君に「学びなさい。そして、行きなさい。」
そう言って机に戻って作業を始めた。
「あ……ありがとうございます。
失……礼、しました。」
体をなんとか動かして退室した後、シェリー君は壁伝いに荷物を取りに戻った。
餞別が必ず一つでなくてはならない。とは誰も言っていないのです。
鞭は確実に使える一手。そしてもう一つ(二つ)渡したものは、使いこなせれば……




