淑女と小さな淑女の別れの挨拶3
重苦しい沈黙が漂う。
破ったのは淑女だった。
「では、行くのですね。」
それは、こうなってしまった、止められなかったという落胆の様であり、知っていたという諦めの様でもあった。
「はい、行ってまいります。」
シェリー君はもう覚悟が出来ている。
「そうですか。
では、良い機会です。存分に世界を学んで来なさい。
そして、卒業前に試験があるので、勉強は怠らないように。
また、不測の事態で遅れることは許しません。
万全の状態で受験するように。良いですね。」
「それは……」
「良いですね。」
「……はい、必ず、必ず万全の状態でこの学園へと帰ります。」
まぁ、これは淑女なりのエールというやつだ。
「時間を取らせましたね。」
「いいえ、では、行ってきます。」
席を立とうとしたシェリー君を淑女が手で制す。
「最後に。ミス=モリアーティー、貴女は淑女の零の慣例について知っていますか?」
「いいえ、お恥ずかしながら過去の資料を調べたのですが、十分な知識を得ることは叶いませんでした。」
そう、ショーマス=ゴードンについて調べるだけでなく、幾つかそちらの制度の資料も探した。
だが、無かった。
いや、あるにはあった。だが資料の数が余りに少なく、手に入った資料の状態も修理をしてなお最悪。統計や報告書をまとめた形跡も無かった。
お陰でそちらの情報は無いも同然だ。
「当時、淑女の零に向かう者に対して、学園に残る同級生や教師が無事戻ることを願って餞別を贈るという『習わし』や『しきたり』とでも言うべきものがありました。
贈るものは様々、筆記用具や書物、魔石や自作した魔道具、純粋に祝うための花束や栞、緊急時を考えた非常食や護身用の武器を贈る者もいました。
しかし、今籍を置く学園の生徒は皆、淑女の零について知らず、それを知る手立ても無いに等しい。
廃することも考えましたが、旅行く者への餞はあるべきと考え、勝手ですが私から贈ることといたしました。
不要であれば置いていっても構いません。」
そう言って机の上に置いてあった革袋を手渡す。
近くで見て、そして何より触れてその正体を確定させることが出来た。
「これは……『鞭』ですか?中を拝見しても?」
「構いません。」
その言葉に甘えて袋の中身を取り出す。
案の定『鞭』。しかも、革の袋も中身も、一目見て最高の品であることが解るほどの上等な逸品だ。
「どういったものか訊いても宜しいですか?」
ごもっともな質問だ。
「私が普段使っているものとは違いますが、同じ職人の手掛けた作品です。」
当然の如くだったな。
だが、シェリー君の表情が変わった。
「本当に、こんな高価なものを、受け取って宜しいのですか?」
そう、一見して解るほどの一級品。
加えて、淑女の扱う鞭を手掛けた者の作だという。
上等も上等。最上級の品だ。
庶民感覚の庶民たるシェリー君にとって、純金で出来た剣を渡されたにも等しい。
「クローゼットの奥に隠れるように未使用品が余っていたのです。遠慮する必要はありません。
私はもうこの型は使っていないので処分するはずだったもの。誰かの手に渡ればそれは意味あるものに変わります。
護身用として十全に扱えなくとも、品質は保証されているのでロープ代わりくらいにはなるでしょう。」
嘘だな。




