淑女と小さな淑女の別れの挨拶1
スバテラ村の一件が終わり、そうして無事迎えた春休みのある日のこと。
「失礼いたします。」
シェリー君は学園長室に呼ばれていた。
それはこの前無断で侵入したあの部屋のことではない。
校舎の一画、使われずに放ってあった小さな部屋を改装しただけのもの。
それがアールブルー学園現学園長、ミス=フィアレディーの座す学園長室だ。
「ついにこの時が来ましたね。」
前もって淑女から『淑女の零』の説明は受けていた。そして、シェリー君は参加に同意した。
宿舎の部屋は片付いている。荒らされたところで痛くも痒くもない。
商会を通して旅支度の準備も完了。これに関しては無償提供しようとした阿呆三人を商人が『商人が無償で何かを渡すのは怪しまれます。』と言って止めたお陰でそれなりの品質のものが相場より僅かに手頃な価格で買えた。
そうして、これからゴードン家に出発……というところで呼ばれたのだ。
「肩に力が入っているよ。」
「…………それは、当然ですね。」
自分に言い聞かせるように、呟く。
「説明によれば、一年の間、ここに戻ることはない。
折角別れの挨拶の機会を用意して貰ったのだから、存分に利用するがいいさ。」
「そう、ですね。
折角の機会を頂いたのですから、応えなくては、ですね!」
肩に力を込めて、5秒。 力を抜く。
無意識に入った力を抜く事は出来ない。力が入っているという自覚が無いからだ。
けれどこうして敢えて力を入れて、それを意識した後で抜けば、力自体は抜ける。
流石にドアの向こうから漂ってくる威圧感……そんなものはあるべきではないがその幻覚を感じているシェリー君の緊張を完全に払拭出来ないもののノックをする覚悟は出来た。
ノック。
「失礼いたします。」
「どうぞ。」
扉を開ける。
部屋の中は至って簡素だった。
大きな窓からの明かりで照らされて部屋は明るい。のだが、部屋の中で輝くものは極端に少ない。
華美ではないが高品質な書棚と机と椅子、それに来客用のソファ。あるのはそれだけ。
あぁ、伝え忘れていたものが2つほどある。
一つは机の上に新品の革袋、中身はここからでは見えない。
二つは椅子に座した淑女。当然、その表情は厳しい。
「よく来ました、そこに座りなさい。」
「…わかりました。」
一瞬臆したが、それが高圧的な命令や怒りではないと理性に言い聞かせてシェリー君はソファに腰を下ろした。
「これから出発というところで呼び止めたこと、謝罪します。」
「いいえ、気になさらないで下さい。私もミス=フィアレディーにお礼がしたかったので、丁度良かったです。」
「お礼?」
「はい。平民が『淑女の零』に参加するのは初めてのことだと聞きました。反対意見や問題も多数あったと聞きました。
しかし、ミス=フィアレディー、貴女が便宜を図って下さったお陰で私はこうして滞りなく準備を終えられました。ありがとうございます。」
シェリー君が頭を下げる。それに対して淑女は表情一つ動かさずに答えた。
「貴女がショーマス=ゴードン氏に対して行った行動は称賛に値するものでした。
そして、彼がそれを高く評価して私に淑女の零を提案した。
私は貴女の行動と彼の言い分に理があると判断して、それに相応しい対応をしただけ。
当然のことをしたまでです。」
相も変わらずこの淑女は揺らがない。
《引用サイト》
https://www.nivr.jeed.go.jp/center/report/h3iskd000000257r-att/rirakusiryou7-2.pdf
https://www.ce.nihon-u.ac.jp/nue/wp-content/uploads/2020/07/aaf2087a651b3aaa2a4d76b4eebef6b7.pdf
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