残る後始末その8-8
貴族の人間は誘拐する価値がある。そうでなくともその場で殺すだけでも価値がある。
前者は身代金や脅しの道具に、好事家に売り付けて屈辱を馳走することが出来る。
後者の場合も政敵が消えて都合が良い人間にとってはプラス。そうでなくても殺した人間の政敵に『自分がやった』と売り込むことが出来る。
だから成功失敗にかかわらず、貴族の誘拐や襲撃は珍しいことではない。だがその大半は失敗している。
それを見越して、貴族の家はその位に応じて私兵がある程度認められているからだ。
襲撃されても返り討ち。その後、捕まった者は人としての人生を送れない者もいた。
それ見て震え上がる者、敵討ちに走る者、更に武装して襲い掛かる者…………
貴族と襲撃者は厭ないたちごっこを繰り返していた。
だから貴族の子女は護身術として武術や魔法を習う。
だから貴族の子女は箱入りで籠の鳥の世間知らずが多い。
少なくとも頑丈に作った箱や籠の中は外よりずっと安全だからだ。
世間には狙う輩が数多いるから箱や籠で閉ざす。
結果、世間知らずの我が儘傲慢が生まれてしまい、害悪を撒き散らしているのだが、それでも拐われるよりはマシ……という判断だ。
余談だが、貴族が多く在籍する学園の長や信頼の置ける者の内、少なくとも誰か一人は荒事という面において非常に強い。そうでないと毎日誘拐犯や襲撃犯に煩わされるからだ。
貴族の家や学園で貴族の子女に手を出すことは容易ではない。警備は厳重、情報は遮断されて、どうやっても分の悪い賭けにしかならないから。
何より、学園一つに手を出すことはそこに籍を置く氏族全員を敵に回しかねない所業。誰も手を出そうとしない。
けれど、今回は違った。
世間知らずのお嬢様が世間に放り出されて護衛も無し。しかも積極的に世間と関わろうと金と力を誇示している。
普段は中々狙うことも出来ない上玉がそこかしこに掴み放題の状態で散らばっていた。
家畜が鍋と薪と火と調味料を持って目の前で自分を調理しているようなもの。
ビジネスチャンスだった。
隙だらけな連中の行き先を少し流してやるだけであっちこっちから金が流れ込んできた。
復讐の良い機会だった。
お前達と違って私はここに来る前からずっと戦ってきた。誘拐されたことがある、殴られて石を投げられて、泥水を啜って吐いたものを飲み込んで商人として生きてきた。私はそれを誇りに思う。
けれど、だが、それをあいつらは『醜い拝金主義者』だの『卑しい商人風情』だのと嘲笑した。
我にあり、だ。
成りあがる時だと思った。
邪魔な連中を消して、それで得た金を使って私が上に立つ。
それの何が悪い?
「淑女の所業ではありません。」
「商人の所業でもありません。」
二重に否定された。




