シェリー君の始末2
ニッコリと笑っている。だがその内心は表情とは真逆のものだった。
「教授、この状況を切り抜ける方法に心当たりは無いでしょうか?」
動揺著しい。淑女の言わんとしている事が伝わった。
「無いな。素直に怒られるといい。
君は真面目な優等生だ。よく学んでいる。だが『怒られる』という事を一度体験して学ぶべきだ。
罵詈雑言を浴びせかけられる訳ではなく、理不尽に怒られるのでもなく、怒られるような事をしてそれを怒られるに足る人間から怒られるべきだ。」
「どういうことですか?」
「そのままの意だ。君が今出来るのは、かの淑女の問いに対して答えるか答えないかの2つだけ。もう逃げ道なんて無い。諦めたまえ。」
現状、私が全力を駆使したところで目の前の淑女を降す事は出来ない。
望まれない邪悪な手段を選んだ場合、その限りではないが、その手段は生憎と選べない。
「どうしましたか?過剰症は答えられてもその逆は答えられませんか?」
最後通牒が飛んで来る。
シェリー君は少しだけ逡巡して、諦めたように口を開き始めた。
「『魔力欠乏症』・『魔力枯渇症』。あるいは俗に、『魔力の枯渇』・『魔力不足』とも、言われています……」
「先程同様に説明を。」
「……承知致しました。」
そう。これは特別講習という名のシェリー君へのお説教だ。
シェリー君がしでかしたことがどれだけ危険かを再確認させ、危険性を知っていながらやることがどれだけ愚かかを教えるための、だ。
「魔力欠乏症は、文字通り魔力の欠乏によって起こるもので、判別方法は、専用の魔道具を用いるか、危険ではありますが……過剰症同様に動力の無い魔道具を作動させるという方法が、挙げられます。」
「魔道具の作動による判別が危険な理由は?」
「文字通り魔力の欠乏によって起きる疾病なので、魔道具の作動による魔力消費が症状を悪化させる可能性が高いからです。」
「症状……というのは?」
「軽い目眩や立ち眩みなどがあげられます。」
「それは軽度の場合の症状ですね。では、重度の場合は?」
「……」
言い淀む。答えは簡単だ。学んで覚えている。更に言えば最近実地で見た。そして何より、自分で今も体感しているのだから、知らないわけがない。
「強烈な倦怠感、全身の痛み、意識の喪失、多臓器不全を起こして死に至るケースもあると聞きます。」
「原因は?」
「何らかの疾病や疾患、特定の薬物や装置、それに特殊な環境……過剰な魔法の行使でも起こります。」
「対処法は?」
「魔力の自然回復を待つか、あまりにも酷い場合は外部から魔力を流し入れるという方法があります。
ただ、外部から流し込まれた魔力の吸収効率は非常に悪いのでこれを対処法と数えるのは一般的ではありません。」
「その理由は?」
「魔法ではない魔力は中性の状態であると言われていますが、それは総じて0であるというだけで、詳しく分析すると+や-の数値が多く観測されます。
この+や-は個体や環境によって大きな差があり、一つとして同じものがないとされています。
なので、中性の魔力と一口に言っても別物で、外部から同じ中性の魔力を流し入れても異物として排除されるか、体内で中性だった魔力のバランスを崩してしまうことも考えられます。」
自称そこそこ天才がやっていた魔力を回復させる手法。あれは単純明快な手法に見えて、その実精密な技術と大胆な思考によって構築されていたのだ。
「付け加えて言うのであれば、この魔力の個体ごとの差異は犯罪捜査や高度な警備システムにも利用されています。
今のところ、学術的理解に関して問題は無いと言えるでしょう。学業を疎かにしていないことが伝わります。」
今のところ、解答に致命的なミスはない。だが、淑女はこれで終わらせない。
「だからこそ、大きな問題があります。」
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