日頃の訓練は大事という話
炎や熱が絶えず生み出される設備やその近辺で最も金と手間をかけるべきものは耐火、防火、それに消火設備である。
万一火が点いたら全てが台無しになる。命まで灰になる。だから金と手間をかけてそれを防ぐためにあれこれ考える。
それを考えられない輩は、あるいは解っていて軽視した輩は万一の場合に人を山ほど殺すことになる。
事故を防ぐには自分が注意をすれば良い。
しかし、事件を防ぐには見えぬ誰かを警戒する必要がある。
火の無い所に火を点ける厄介な手合いの手を捻る必要がある。
「消火完了。」
手にした消火器を置き、大きく息を吐く。
町の設備を扱う前に安全講習は受けていた。
本来一回で全員受講するはずだったのに、受講生を二つに分けて二回開催になったそれが、役に立った。
青空教室、そして退屈な講習だったが、誰も彼もが講師の言葉に真剣に耳を傾けていた。というのも……
「では、講習を始めます。
……先ずは身を以て知ってもらうとしましょう。」
講師は集まった村の人間を見てそう言うや否や、手に持っていた小さな塊を受講者の近くに幾つか投げ捨てた。
それがシューシューと何かが漏れる音を響かせ、異臭を放ちながら火柱を産み出すまでに時間は大してかからなかった。
「消火訓練開始。火は人の予定や都合なんて気にしませんからね。」
それから暫くして、参加者が慌てふためきながらもやっとのことで消火を終えた後、言った。
「君達がこれから使おうとしているものは、警戒しようが、侮ろうが、条件さえ揃えばこの町一つと村を一晩で焼き殺せる危険なものです。
予習するように言って渡したマニュアルの一番大事な『消火』の項を読んでいない者、そもそも講習にマニュアルを持ってくるように何度も言ったのに持って来ていない者。
貴方達は受講する以前の段階にいます。
明日。今日と同じ時刻に講習をするのでそれまでに予習をしておいて下さい。
勿論、マニュアルは必携ですよ。」
終始にこやかで穏やかで、しかし有無を言わせない様に皆が少しだけ恐怖を覚えた。
手に何も持っていない者と持っているが消火中立ち尽くしていただけの者が席を立って予習に向かった。
「では、講義を始めますから、席を直して座って下さい。マニュアルが濡れたり燃えたりした人は言ってください。」
穏やかなまま、講習が始まった。
誰も彼もが必死に講習を受けた。
そんなこんなで、複数回の不意の消火訓練を行い、予習復習テストを経て、やっと町の設備を扱えるようになった。
「お疲れさまでした。
皆さん、短い間でしたが、その間に覚えたことは決して忘れないようにしてください。
『きっと役に立つ』なんて言いたくありません。そんな事はあって欲しくありませんが、覚えておけば『その時』が起きる可能性を減らせますし、『その時』が起きたら自分と誰かを守れる可能性は大きく上がります。」
その言葉を肝に銘じて、講習後もマニュアルは何度も読んだ。
『その時』をイメージして何度も消火器の場所や避難場所、燃えやすい物の場所を確認した。
だから今回、揺らめく火の明かりが見えたのとほぼ同時に体が勝手にやるべき事をやってくれた。
慌てていたし、怖くもあったが、出来る範囲で最良最速の動きが出来た。
その結果、燃える炎は何も奪わず、ボヤ騒ぎで事が済んだ。
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